HAPPY BIRTHDAY DEAR 闇代
……更に更に時間は流れ、今日は八月二十四日。場所は居酒屋『虹化粧』の店舗部分。さて、そこで何があるのかと言えば―――
「「闇代ちゃん、お誕生日おめでとう!」」
クラッカーの音と、数人の声が店内に響き渡る。そう、今日は八月二十四日―――闇代の誕生日だ。
「みんな、ありがとー」
友人たちからの祝福を受けて、照れながらも喜びの声を上げる闇代。因みに、彼女を祝うために訪れたのは、上風、紗佐、氷室の三人の他は、クラスメイトと商店街の皆さん(それぞれ、スペースの関係で数人だけ)。それから勿論、主催者である優に、同居人である一片、そして彼の妹である天もいる。
「じゃあ、恒例のろうそく消しに移りましょう」
司会進行担当も優。テーブルに並べられた料理や、ろうそくの立てられたケーキを作ったのも優。『飾闇代の誕生日を祝う会 Presented by 優』は今、ろうそくの火消しに入っている。
純白のホイップクリームでデコレートされたケーキには、闇代の歳と同じ数の、十六本のろうそくが立てられ、それぞれに火が灯されている。そして照明が落とされ、真っ暗なった空間に、ろうそくの灯りで闇代の顔が浮かび上がった。闇代がそれを吹き消すと、店内が完全な暗黒に包まれ、同時に拍手喝采が沸き起こった。
「それでは皆様、しばらくの間お料理とご歓談をお楽しみください。なお、次のプログラムであるプレゼント贈呈は、時間を置いて行います。では、ごゆるりと」
これで一応フリータイムに入ったのだが、それでも闇代の周りには人が絶えない。
「今日で闇代ちゃんも十六かー」
「ほんと、時間が経つのは早いねぇ」
これは商店街のおっさん(パート一)の台詞。他のおっさんたちは感慨深そうに頷いている。
「てか、闇代ちゃんがこっち来てからまだ三ヶ月も経ってないけどね」
「そういえばそうだねー」
こちらはクラスメイトの言葉。確かに、昔からいたかのように馴染んでいるからな、闇代。
「闇代さん」
「あ、天ちゃん。来てくれたんだー」
彼女を祝うために駆けつけた天。この二人、退魔師と除霊師の垣根を超えて、まるで親友のように仲良くなっているな。さすが、密かにアドレス交換しただけのことはある。あ、これは機密情報なので他言しないように。
「お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとー」
ほら、闇代もかなり嬉しそうだ。……ほんと、成長したんだな、闇代も。
「お兄様との約束が果たせるまでは出向かないつもりでしたが、闇代さんが十六になられると聞いて、参った次第です」
「そうだったんだ……態々来てくれて、本当にありがとう」
かつて敵だった相手に心からの祝福を受ける。それだけでこの日が、彼女にとって忘れられないものとなるだろう。
「それはそうと、闇代さん。十六になられたということは、すぐにでも挙げられるのですか?」
「何が?」
「式です」
式? って、何の? 闇代も同じことを思ったのか、首を傾げている。すると天は、微笑みながら補足した。
「結婚式ですよ。狼さんと、闇代さんの」
「え、えぇっ!」
飛び上がって驚く闇代。って、何もそこまでびっくりせんでも……。
「あら、その前提で一緒に住まわれているのでは?」
「それはそうだけど、そのぉ……ほ、ほらっ! 狼はまだ十六だからっ! 男の子は十八にならないと結婚できないのっ!」
何故にそこまで、顔を真っ赤にしてうろたえているのだろうか。天は、そんな闇代が可笑しかったのか、小さく笑い声を上げながら、
「ふふ、そんなに慌てるなんて……もしかして、何かありました?」
「なななな何かって何!?」
もしかして、自分がからかわれるのは苦手なのか? いやでも、今までそんな素振りは見せなかったし……しかし、普段の彼女なら周りが引くくらい肯定すると思うのだが。それがないということは……止めた。詮索面倒。ていうか野暮だ。
「それでは私はお兄様とお優さんへご挨拶に行って参りますから、また後ほど」
気がつけば、天はそう言って、闇代の前から消えていた。とはいえ、闇代の頬は紅潮したままだったが。
その後も色々な人物(紗佐とか上風とか氷室とかその他諸々)が闇代の生誕十六周年を祝福したのだが、面倒なので描写はカット。そしていよいよ、問題のプレゼント贈呈に移ろうとしていたのだが―――
「そういえば、狼は?」
そう呟くのは上風。そうなのだ、何故かこの場に、狼がいない。一番闇代と親密である彼が、今日は姿を見せていないのだ。
「さっき一片さんが探してたけど……」
なるほど、それでさっきから一片の姿も見えないのか。
「まったく。うるっちの奴、どこほっつき歩いてるのやら」
氷室が憤慨している。まあ、チャラい癖にもてない男子としては、もどかしい気持ちもあるのだろう。
「狼君……」
ただ、闇代の不安そうな表情を見れば、誰もが同じことを思いそうだが。
「探したぞ」
「わっ! ……なんだ、一片か」
狼は、『虹化粧』の裏口で蹲っていた。そこを後ろから一片に声を掛けられ、飛び上がっていたのだ。
「『なんだ』とは挨拶ダナ。こちらはお前の姿が見えず、今まで探していたというのに」
「そりゃ悪かったな」
そう返すも、言葉の調子がいつもより弱い。一片もそれが引っ掛かったのか、訝るように尋ねた。
「まさか、忘れたのか?」
「何をさ」
「プレゼント」
プレゼントとは、闇代に渡す奴だろう。しかし狼は首を横に振る。
「忘れてはいないが……決心がつかん」
「決心が必要なプレゼントなのか?」
「……ああ」
一体何を贈る気なのか。凄く気になるな、おい。
「実はさ、―――って思ったんだが」
「それは……ハードルが高いな」
これ(『―――』の所)は別に聞き漏らしたとかではなく、単なる自主規制です。
「とはいえ、この上ない案に間違いないが」
「けど、あの大人数を前にしてってなるとな……。一応、それとは別のプレゼントも用意したけど、こっちも色々あれでな」
うんうん、確かにそれは勇気がいる。どっちに転んでも大変だ。
「にしても、変わったものダナ」
そんな狼を見て、一片は思わずそう漏らしていた。
「何が?」
「以前のお前なら、そんなこと、考えつくこともなかったダロウ? それをやろうとしているのは、お前が変わったと言う他ない」
「まあ、あいつには色々世話になったしな。誕生日くらい、奮発しても……」
「尤も、それで奮発とか言う時点で自意識過剰ダガ」
それは言えてる。正しくナルシストだ。それが例え客観的事実でも。
「うるせえ。お前は妹といちゃついてろ」
「それはお断りダナ」
そうやって軽口を叩き合い、そして狼は一言、
「……ったく、やってやるよ」
「そうか」
どうやら、決心がついたようだ。
そしていよいよ、闇代の誕生日会は大詰めの、プレゼント贈呈式に入っていた。
「闇代ちゃん、こいつは俺らからだ」
「来られなかった奴からのも入ってる。遠慮なく受け取ってくれや」
「ありがとー」
まず、商店街のおっさんたちが『商店街詰め合わせセット(非売品、五万円相当)』をプレゼント。商店街にある店の店主たちが、色々持ち寄って作った特別パック。
「闇代ちゃん、もう一度になるけど、誕生日おめでとう」
「これはクラスのみんなからだよ」
「わー!」
クラスメイトからは、豪勢な花束。なんかすごく派手だ。その中には、各個人のメッセージカードが差し込んである。
「それじゃあこれは私から」
「受け取って」
「これは俺から。それとこっちは戸沢っちからな」
上風からはアロマキャンドル(最近凝っているらしい)、紗佐からは手作りクッキー(一片のお墨付き)、氷室からは某出版社の人気漫画全巻と、戸沢から預かった参考書(対旧帝大用)。てか、戸沢の奴、自分は出ないのにプレゼントは用意してるんだな。
「つまらない物ですが、私からはこれを」
天からはマッサージ器具を多数。……まあ、闇代の肩が凝るのかは分からないが。
「私からはこれを。闇代ちゃんとお父さんと一緒に作りました。」
優からの贈り物は、見るからに高そうなドレス。多分、フォーマル用のドレスだろう。型紙を闇代の父、風化が作り、優がそれを元に仕立てた一品。……ってかあの人、そんな技能もあるのか。
「とりあえず、間に合ったようダナ」
「あ、一片君。それに、狼君も……」
遅れながらのご登場。一片と狼が、ようやくやって来た。
「大した物ではないが、受け取ってくれ」
一片が手渡したのは、車のハンドルくらいの大きさがある包み。因みに中身は熊のぬいぐるみです。
「ありがとう、一片君」
「いや、俺よりこちらのほうが嬉しいダロウナ」
とても嬉しそうな闇代の前に、狼を押し出す一片。そして自分は、さっさと奥に引っ込んでしまう。……こいつ、結構気配りできるのな。
「……って、次は俺の番かよ?」
「というより、残っているのは狼だけですね」
他の出席者は皆渡し終えている。後は彼だけだ。
「……ったく、分かったよ」
そう言って狼が取り出したのは、青色の小箱。なんかほら、指輪とか入っていそうなの。
「えっ……!」
驚いている様子の闇代。周りの者達も、固唾を呑んで見守っている。
「知り合いに頼んで道具を借りて、自分で作ってみたんだよ。大した加工も出来なかったし、石もなくて不恰好だけどな」
開かれた小箱には、銀で出来た指輪が収められていた。彼の言う通り、石もなければ凝ったデザインでもないが、綺麗に仕上がっている。狼はそれを取り出すと、闇代の手を―――左手を取り、その指にはめた。
「こんなんでよければ、受け取ってくれ」
それは勿論、薬指。左手の薬指に、はめられた。……って、これは最早、求婚なのでは? と思ってしまう。
「……」
当の闇代は、感極まったのか硬直している。そこに狼は、更に追い討ちをかけてくる。
「それとだ……今日は特別な日だからな。特別出血投売り特売大大大サービスだ」
そして狼は、ゆっくりと顔を寄せて行き、
「……誕生日、おめでとう」
耳元に、囁くように祝福の言葉を述べ、
「……ちゅっ」
「……っ!?」
闇代の頬に、軽く唇をつけた。……彼からのプレゼントは、ほっぺにキスであった。
「……」
最早完全にフリーズした闇代。狼が顔を離しても、暫くの間そうしていたが、
「はっはっはっ、やるなぁ狼君も!」
商店街のおっさんが漏らしたその一言で、皆歓声を上げた。
「向坂君ったら大胆っ!」
「見せ付けてくれるぜ!」
「とうとうデレやがったなこん畜生!」
観衆が沸きあがる中、我に返った闇代は、右手でキスされた頬に触れ、左手の指輪を見やり、
「……狼君」
そして狼を見上げて、
「わたし……今、とっても幸せだよ」
若干赤くなりながらも、優しい笑顔を浮かべ、
「ありがとう、狼君」
そう、答えたのだった。
……まあ、この後二人がどうなったのかは、読者の想像にお任せしよう。ただ一つ言えるのは、狼のデレ期はこの一瞬だけだったということくらいだが。




