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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
R―巡らせる。ナイツ
92/132

まあ、気まずさはすぐになくなると後々楽ね


  ◇


 ……夜が明けて、日が昇りだした頃。


「……」

「……」

 飾家のダイニングスペース(ここも和室)では、家人(風化、闇代の父娘のこと)と客人(優、狼、一片の三人)が朝食を摂っていた。―――のだが。

「……えっと、闇代?」

「……何?」

 父親の呼び掛けに、ワンテンポ遅れて反応する闇代。風化はちょっと気まずげに、テーブルの中央を指差し、言った。

「お醤油、取ってください」

「……ん」

 醤油を渡すと、彼女は黙々と食事を再開した。対して風化は口を開き掛けるも、結局噤んで、取ってもらった醤油を冷奴に掛ける。

 一見、静かなお食事時の風景なのだが、これは明らかに異常だ。まず、普段は色々騒がしい闇代が、ただ食物を口に運んで咀嚼しているだけなのだ。

「狼、どうかしましたか?」

「……別に」

 優も、我が子の異変に気づいたのか、割とストレートに声を掛けてみる。しかし、彼の返答は素っ気無いものだった。

 これも、普段の狼から考えれば、特に気にするようなことでもない。だが、

「あっ……」

「うっ……」

 闇代と狼の視線が、一瞬だけ交錯。すると二人とも、物凄い速度で目を逸らした。

「……」

「……」

 そして、何事もなかったかのように食事を再開する。さっきからずっとこの状態だ。さすがに、親たちが気づかないはずもないだろう。

「えーっと……」

「あらあら」

 それが、どうもシリアスな感じの気まずさだから、双方の親もどうすればいいのか分からない様子。



  ◇


 ……食事が終わって、しばらくしてから。


「……で、何で俺はこんなことを?」

 狼は、大きな丸太を担ぎながら呟いた。

「それはこっちの台詞ダ」

 丸太の反対側を担いでいる一片が、そう返した。二人は今、全長二メートルはある丸太を、協力して運んでいる。

「ほらほら、頑張ってください」

 その上では風化が、運ばれてきた丸太を縄で縛って、矢倉のようなものを建てていた。四本の丸太を柱として地面に埋め込み、その真ん中辺りに別の丸太を括り付けて、アルファベットの『H』のような形にしてある。彼はその二つの『H』を、更に別の丸太で繋げている最中であった。

「てか、よくそんなとこで作業出来るよな」

 狼が驚くのも無理はない。通常、こういう矢倉を建てる際には、その周りに足場(工事現場でたまに見かける、金属製のあれである)を設置するはずだ。しかし、この矢倉の周囲にそんなものはなく、風化は『H』の横線部分、二本の柱を繋ぐ丸太の上に、命綱もなく立っていた。地上からの高さは精々一メートル強だが、普通は怖くてやらないだろう。

「毎年のことですから」

 因みに、風化の向かいには闇代がいた。彼女もまた、父親が縛っている丸太の反対側をロープで固定している。……父娘して、とび職人か?

「とりあえず、それもこっちに上げてください」

 言われて、狼と一片は協力して丸太を立て、先端を風化の方へ向ける。てか、この丸太、見たところ五百キロはあるよな……。二人で運べるのか?

「よいっ、しょっと!」

 けれど風化は、それを一人で、軽々と持ち上げてしまった。……除霊師って、何でもありなんだな。

 風化はそれの先端を、対岸にいる闇代の方へ下ろす。闇代はそれを軽く受け止め、父親と一緒にロープで括り付けて矢倉を作っていく。

「ふぅ……骨組みはこれで終わりですね」

 数分後、服の袖で額の汗を拭う風化。てか、服の袖で拭える程度の汗しかかいてないのか……。

 そもそも、何故彼らが矢倉作りをしているのかといえばだが。何でも、この『虹ヶ丘町』には小さな祭りがあるらしい。小さいとはいえ、町を挙げての一大イベントで、毎年盆の時期に合わせて行われる。この矢倉は、その祭りに必要なのだ。

「それで、この矢倉作りは代々飾家の者が請け負ってるんです」

「それはさっき聞いた」

 という説明をされて、狼と一片は男手として駆り出されたのだ。

「お陰で思ったより早く終わりそうです。向こうで仕出し弁当を配ってますから、三人とも受け取ってはどうです?」

 と言われたので、狼、闇代、一片の三人は、弁当を配っているテント(祭りの運営本部)へ向かう。

「……」

「……」

「……」

 しかし、三人の間に会話はない。まあ、一片は普段から無口なほうだし、狼も自分から口を開くことはあまりないが、ここでも闇代が静かに俯いている。これは、未だに今朝のことを引き摺っていると見える。

 とか言ってる内に、彼らはテントについたのだが―――

「……何やってんだ、お前?」

「何って、お手伝いですよ」

 何故かテントには、浴衣姿の優がいた。

「あ、お弁当ですか? はい、どうぞ」

 藍色の衣を身に纏った優は、三人に仕出し弁当(コンビニで三百円相当の奴)を手渡す。

「いつの間に浴衣なんか……」

「持参しました」

 準備がいいな。小父さん、びっくりだよ。

「闇代ちゃんのも、お父さんが用意してくれたそうですよ」

「えっ……?」

 そう言われて、闇代が小さく声を上げる。すると優はにっこり微笑み、

「闇代ちゃんの浴衣です。闇代ちゃんのお父さんが用意してくれたらしいですから、お家に戻って、着て来て下さい」

 その言葉に、闇代の表情がたちまち明るくなる。

「狼、闇代ちゃんの着付けを手伝ってくださいね」

「……ったく、仕方ないな」

 狼は溜息を吐くと、

「ほら、さっさと行くぞ、闇代」

 彼女の方に左手を差し出し、そう告げた。それを見た闇代はといえば。

「……うん」

 やや恥ずかしそうに伸ばされた右手を、差し出された左手に重ねて、頷いた。

 もうこれで、二人は大丈夫だと思う。優も一片も、そして遠くから眺めている風化も、そんな顔をしていた。

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