まあ、気まずさはすぐになくなると後々楽ね
◇
……夜が明けて、日が昇りだした頃。
「……」
「……」
飾家のダイニングスペース(ここも和室)では、家人(風化、闇代の父娘のこと)と客人(優、狼、一片の三人)が朝食を摂っていた。―――のだが。
「……えっと、闇代?」
「……何?」
父親の呼び掛けに、ワンテンポ遅れて反応する闇代。風化はちょっと気まずげに、テーブルの中央を指差し、言った。
「お醤油、取ってください」
「……ん」
醤油を渡すと、彼女は黙々と食事を再開した。対して風化は口を開き掛けるも、結局噤んで、取ってもらった醤油を冷奴に掛ける。
一見、静かなお食事時の風景なのだが、これは明らかに異常だ。まず、普段は色々騒がしい闇代が、ただ食物を口に運んで咀嚼しているだけなのだ。
「狼、どうかしましたか?」
「……別に」
優も、我が子の異変に気づいたのか、割とストレートに声を掛けてみる。しかし、彼の返答は素っ気無いものだった。
これも、普段の狼から考えれば、特に気にするようなことでもない。だが、
「あっ……」
「うっ……」
闇代と狼の視線が、一瞬だけ交錯。すると二人とも、物凄い速度で目を逸らした。
「……」
「……」
そして、何事もなかったかのように食事を再開する。さっきからずっとこの状態だ。さすがに、親たちが気づかないはずもないだろう。
「えーっと……」
「あらあら」
それが、どうもシリアスな感じの気まずさだから、双方の親もどうすればいいのか分からない様子。
◇
……食事が終わって、しばらくしてから。
「……で、何で俺はこんなことを?」
狼は、大きな丸太を担ぎながら呟いた。
「それはこっちの台詞ダ」
丸太の反対側を担いでいる一片が、そう返した。二人は今、全長二メートルはある丸太を、協力して運んでいる。
「ほらほら、頑張ってください」
その上では風化が、運ばれてきた丸太を縄で縛って、矢倉のようなものを建てていた。四本の丸太を柱として地面に埋め込み、その真ん中辺りに別の丸太を括り付けて、アルファベットの『H』のような形にしてある。彼はその二つの『H』を、更に別の丸太で繋げている最中であった。
「てか、よくそんなとこで作業出来るよな」
狼が驚くのも無理はない。通常、こういう矢倉を建てる際には、その周りに足場(工事現場でたまに見かける、金属製のあれである)を設置するはずだ。しかし、この矢倉の周囲にそんなものはなく、風化は『H』の横線部分、二本の柱を繋ぐ丸太の上に、命綱もなく立っていた。地上からの高さは精々一メートル強だが、普通は怖くてやらないだろう。
「毎年のことですから」
因みに、風化の向かいには闇代がいた。彼女もまた、父親が縛っている丸太の反対側をロープで固定している。……父娘して、とび職人か?
「とりあえず、それもこっちに上げてください」
言われて、狼と一片は協力して丸太を立て、先端を風化の方へ向ける。てか、この丸太、見たところ五百キロはあるよな……。二人で運べるのか?
「よいっ、しょっと!」
けれど風化は、それを一人で、軽々と持ち上げてしまった。……除霊師って、何でもありなんだな。
風化はそれの先端を、対岸にいる闇代の方へ下ろす。闇代はそれを軽く受け止め、父親と一緒にロープで括り付けて矢倉を作っていく。
「ふぅ……骨組みはこれで終わりですね」
数分後、服の袖で額の汗を拭う風化。てか、服の袖で拭える程度の汗しかかいてないのか……。
そもそも、何故彼らが矢倉作りをしているのかといえばだが。何でも、この『虹ヶ丘町』には小さな祭りがあるらしい。小さいとはいえ、町を挙げての一大イベントで、毎年盆の時期に合わせて行われる。この矢倉は、その祭りに必要なのだ。
「それで、この矢倉作りは代々飾家の者が請け負ってるんです」
「それはさっき聞いた」
という説明をされて、狼と一片は男手として駆り出されたのだ。
「お陰で思ったより早く終わりそうです。向こうで仕出し弁当を配ってますから、三人とも受け取ってはどうです?」
と言われたので、狼、闇代、一片の三人は、弁当を配っているテント(祭りの運営本部)へ向かう。
「……」
「……」
「……」
しかし、三人の間に会話はない。まあ、一片は普段から無口なほうだし、狼も自分から口を開くことはあまりないが、ここでも闇代が静かに俯いている。これは、未だに今朝のことを引き摺っていると見える。
とか言ってる内に、彼らはテントについたのだが―――
「……何やってんだ、お前?」
「何って、お手伝いですよ」
何故かテントには、浴衣姿の優がいた。
「あ、お弁当ですか? はい、どうぞ」
藍色の衣を身に纏った優は、三人に仕出し弁当(コンビニで三百円相当の奴)を手渡す。
「いつの間に浴衣なんか……」
「持参しました」
準備がいいな。小父さん、びっくりだよ。
「闇代ちゃんのも、お父さんが用意してくれたそうですよ」
「えっ……?」
そう言われて、闇代が小さく声を上げる。すると優はにっこり微笑み、
「闇代ちゃんの浴衣です。闇代ちゃんのお父さんが用意してくれたらしいですから、お家に戻って、着て来て下さい」
その言葉に、闇代の表情がたちまち明るくなる。
「狼、闇代ちゃんの着付けを手伝ってくださいね」
「……ったく、仕方ないな」
狼は溜息を吐くと、
「ほら、さっさと行くぞ、闇代」
彼女の方に左手を差し出し、そう告げた。それを見た闇代はといえば。
「……うん」
やや恥ずかしそうに伸ばされた右手を、差し出された左手に重ねて、頷いた。
もうこれで、二人は大丈夫だと思う。優も一片も、そして遠くから眺めている風化も、そんな顔をしていた。




