表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
R―巡らせる。ナイツ
91/132

夢から醒めるとそこは―――


  ◆◆◆


「……ママ」

 母親を、探していた。見慣れたはずの町を彷徨い、見たこともない人物の姿を追い求めていた。齢五つもいかないような少年が、たった一人で。

「……ママ」

 ただそれだけを口にして。けれど、それでも尋ね人は見つからず。やがて、幼い体力も限界を迎えた。それ以上歩き続けることが出来ず、立ち止まってしまう。

「……ママ」

 呼んでも、誰も返事をしない。その内、少年は、ぽつりぽつりと涙を流した。

「ママァ……」

 その後はただ、泣き続けるしか出来なかった。泣いて、泣いて、泣いて。それ以上、彼に何か出来るわけでもなかった。―――けれども、その泣き声は、案外早く止まった。

「どうか、しましたか?」

 優しく、柔らかな女性の声が聞こえ、少年は泣くのを止めて、顔を上げた。

「悲しいんですね」

 その問いに、彼は小さく頷いた。

「待ちましょう、一緒に」

 手が伸ばされて、そこでようやく、涙でぼやけた視界に映る相手の、その姿を捉えることが出来た。

「私の名前は―――」

 まず、大まかな色彩。髪は茶色くて長め。肌は色白。そして輪郭がはっきりとしてきた。ほっそりとたおやかで、だけど健康的でゆるやかなライン。唇はグロスでも塗っているかのようにふっくらと、しかし化粧っ気は感じさせず。鼻はそれほど高くなく、目元の彫りも深くない。どちらかと言えば、日本人に近い顔つき。そして、双眸に浮かんでいるのは、綺麗に澄んだ蒼。

「優です。優しいという字ですよ」

 まだこんな小さい子供に漢字の話を振っていたのは、その名の通り『優しい』人物であった。



  ◇◇◇



「がっ……!」

 男がまた一人、地面に倒れ込む。男の腹には、赤い染みが。その赤は、言うまでもなく血であった。

 そこは、人気の少ない通りに面するとある廃墟、その脇にある外階段の一階部分。丁度、通りからは死角になる場所だ。

 そこには、五人の人がいた。二人は子供、三人は男。男は全員、体から鮮血を垂れ流している。子供の内、一人はただ怯え、声にならない悲鳴を上げながら泣いている。そしてもう一人は、服の袖から合計五本のロープを出して、呆然と立ち尽くしている。

 彼は、両手に握り締めた凶器に目をやり、自覚した。

 ―――ああ、自分は今、


 人を、殺した、と。



  ◇◇◇



「うっ……」

 呻き声を上げながら、狼はむくりと起き上がった。ふと右を向けば、隣の布団で優がすやすやと寝息を立てている。左を見れば、一片が同じように眠っている。そこでようやく、自分が闇代の実家に来ていることを思い出した。昨夜はあの後、何だかんだで宴会状態になって、自分も酒を飲まされて、そのまま潰れたのだった。狼が今いるのは、彼らに宛がわれた客室だ。十分な広さがあったので、優、一片と一緒に使っている。並んで川の字状態なのもそのためだろう。

「……ったく」

 狼は小さく呟き、両隣の二人を起こさないように布団から出た。廊下に続く襖を開けて、夜風にでも当たろうと、外を目指す。とはいえ、まだ日が昇らないこの時間に玄関から出るのも躊躇われて、庭の見える縁側に向かって歩く。

 その途中、彼は誰かの気配を感じた。まるで、自分の向かう先に何者かがいるかのようだった。

「あれ、狼君?」

 その誰かとは、よく見知った、そしてこの家で生まれ育った少女、闇代であった。

「どうしたんだよ、こんな時間に?」

「狼君こそ」

 彼女は縁側の雨戸を開けて、夜の帳が下りた庭を眺めていた。狼はその隣に腰を下ろすと、ぽつりと漏らした。

「ちょっと、昔の夢を見てな」

「夢?」

「ああ」

 別に聞かれたわけではないが、狼は自然と、その内容を話していた。

「一つは、物心つくかつかないかくらいの夢でさ。あの頃俺は、母親を探して歩き回っていたんだ。そしたら、そこで優に会ったんだ。だからまあ、その時のことを思い出してたんだけどな。もう大分前のことなのに、結構鮮明に覚えてるもんだと思ったんだ」

 たまに見る夢ではあったが、ここ最近で一番はっきりしていたと、彼は言った。

「……一つは、ってことは、他にもあるの?」

 彼の複雑な家庭事情に言葉を詰まらせた闇代は、もう一つの夢について尋ねた。

「……ああ。出来れば、見たくなかった夢だけどな」

 話すのは後ろめたい。そんな風に思ったが、それでも狼は、彼女に話した。

「昔、上風と遊んでたときにさ、普段は行かない辺りまで行ってみたんだ。そしたら案の定、とでもいうべきか、見知らぬ不良たちに囲まれてさ。あん時の俺は弱虫だったから、あいつの陰に隠れて泣いてた。そんであいつが威勢よく突っかかって。で、結局殴られて。―――それを見てたら頭が真っ白になって、次の瞬間には、そいつらを殺してたよ」

 闇代が、息を呑む音が聞こえてくるが、狼は構わず続ける。

「まあ、実際には死んでなかったけどな。ただそれは、事態に気づいた優が駆けつけて治療したからで、あいつがただの人間だったら、或いは気づいていなかったら、―――俺は間違いなく殺人鬼だ。子供だったとか、正当防衛とか、そんなのは言い訳にもならねえ。……だから俺は、自分を殺人者だと思ってる」

 そこまで話したところで、ふと闇代の顔を見やれば、彼女はどこか、悲しげな表情を浮かべていた。それでも狼は続けた。

「だから俺は、分かるんだ。殺したらどんだけ後悔するか。―――お前に殺して欲しくないって思ったのは、それが原因かもな」

 そこまで言ったところで、狼は欠伸を一つ。

「ったく、昔話してたら眠くなってきた」

 立ち上がり、客室へ戻ろうとする狼。しかし、闇代が彼の袖を掴んだ。

「何だよ?」

 狼が立ち止まり、振り返る。対して闇代は、俯きながら問うた。

「狼君は、まだ―――苦しんでるの……?」

「かもな」

 それに対して即答する狼。それがあまりにさらっと出てきたので、思わず口を噤みそうになりながらも、闇代は続けた。

「でも、狼君は上風ちゃんを守ったんだよね? それでも、後悔してるの……?」

「してるさ。だって、今になって考えると、もっといい方法があったはずだからな」

 例えば、何かで気を逸らせて、その隙に逃げるとか。大声で助けを呼ぶとか、そもそも、そんな場所には近寄らないとか。殺さなくても、回避する方法はいくらでもあったはず。

「それが取れなかったのは、やっぱり、悔やんじまうよ」

 それから、二人の周りに妙な空気が漂っていたが、やがて狼が闇代に背を向けた。

「二度寝してくる」

 そう言って闇代の手を振り解き、再び客間に戻ろうとする狼。

「狼君……」

 そんな彼を、闇代は、泣きそうな表情で見送るしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ