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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
R―巡らせる。ナイツ
90/132

とりあえずほのぼのと


  ◇


「あ、狼君。どこ行ってたの?」

 数時間振りに闇代と顔を合わせた狼は、心身ともに磨り減っているかのようにボロボロだった。

「……特訓」

「特訓?」

 それだけ返すと、狼は畳の上に寝転がった。闇代に頭をつんつんされるが、最早気にする余裕もない。

「闇代、そっとしておいてあげなさい」

「あ、パパ。今まで何してたの?」

「特訓です」

 一緒に戻ってきた風化も、同じ言葉を返すのみ。そして、座っていた優の方を向くと、

「折角来てくださったのに、碌に持て成すことも出来ず、それどころかお待たせしてしまって、申し訳ありません」

「いえいえ、闇代ちゃんと楽しくお話できましたから」

 頭を下げる風化に対して、優は穏やかにそう答える。

「遅くなりましたが、部屋を用意しましたから、ご案内します」

 風化は優を部屋(この場合は客室だろう)に連れて行った。残されたのは、狼、闇代、一片の三人だ。

「……狼君。もしかして、パパに何か言われた?」

 ふと漏らした闇代の問いに、狼は気怠そうに問い返す。

「何でだよ?」

「だって、パパのことだから、『お前なんぞに娘はやらん!』とか言って、フルボッコにしてないかなって……」

「……まあ、フルボッコにされたのは事実だが」

「そうなの!?」

 まさか本当にやるとは思っていなかったようで、闇代は思わず飛び上がった(五センチほど)。

「寧ろ、逆のことを言われたな」

「逆のこと?」

「ああ」

 それっきり、狼は黙ってしまった。というか寝ていた。その『特訓』とやらが、余程凄まじかったのだろう。

「……もう。こんな無防備に寝ちゃって」

 確かに、狼が闇代の前でここまで無用心に眠るなど、初めてかもしれない。闇代は、そんな彼を眺めながら微笑んだ。

「だけど、そんな狼君の寝顔も可愛いよ」

「……見ていられんな」

 一人空気扱いな一片は、懐から文庫本を取り出して、空気らしく静かに読書に勤しむのだった。



  ◇


 ……夕刻。


「大したものではございませんが」

 飾邸のダイニング(だだっ広い和室)にて、来客の歓迎を兼ねた夕餉の会が開かれた。風化は『大したことない』と言っているが、テーブルに並んでいるのは寿司(しかも特上)、鰻重(これも特上)、すき焼き(肉は松阪牛)と、かなり豪勢であった。

「いただきまーす」

 掌を合わせてから、鰻重に箸をつける闇代。一口食べて、途端に驚嘆の声を漏らした。

「おいしい……さすがは特上」

「確かにな」

「……って。狼君たら、もうそんなに食べちゃったの?」

 見れば、狼の鰻重は既に半分もなかった。

「うまいからな」

「んもう、そんなにがっつかなくてもいいのに」

 呆れながら、ふと狼の顔を見た闇代。すると、彼の口元に米粒が引っ付いているに気づいた。

「狼君、お米ついてるよ」

「ん? どこだよ?」

「口元」

「ここか?」

 手を口の周りに這わせてみるが、何故か米粒を取れないでいた。まあ、左側についてるのに右手で取ろうとすればこうなるわな。

「もう、ここだよ」

 それを眺めていた闇代は業を煮やしたのか、彼の口元に触れ、米粒を摘んだ。

「ほら、取れた」

 そしてその米粒を、何の躊躇いもなく自らの口に入れた。

「悪いな」

 狼の方も、特に気にした様子もなく食事を再開する。……このくらいのやり取りが軽快に出来るくらいには、二人の仲は進んでいると見ていいのだろうか? それとも単に気にならない人?

「ほら狼、ちゃんと野菜も食べるんですよ。野菜、野菜、野菜、肉、野菜、卵です」

 その傍らでは、優が鍋奉行と化していた。振舞われる側が鍋奉行なのは珍しい。というのも、

「ほらほら、マグロにサーモン、ウニにイクラにアワビもどうぞ」

「いや、俺は卵でいいのダガ……」

「遠慮しないでほらほら、大トロ全部いっちゃってください」

 酔いが回った(何故か一人でウイスキー飲んでた)風化が、一片に絡んでいるからだ。一片に高いネタばかり勧めて、彼を恐縮させてしまっている。


 そんなこんなで、彼らの夜は更けて行く。

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