まあ、やっぱりこうなるよね
……その頃、闇代たちはと言えば。
「どーぞ」
闇代がお茶を淹れて、優と一片に振舞っていた。
「ありがとうございます。あ、遅れましたけど、これ、お土産です」
優は自分の鞄からお菓子の箱(包装済み)を取り出し、闇代に差し出した。
「ありがとー」
彼女はそれを奥へ持って行き、そしてすぐ戻ってきた。手には、カステラの乗った皿が三枚。言うまでもなく、さっき貰った奴ではない。来客用に常備してあるものだ。
「お茶請けどーぞ」
お茶と一緒に持って来いと思ったが、最初は茶を淹れる道具で手が塞がっていたのだろうと解釈して、文句は言わないでおく。
「あら、おいしそうなカステラですね」
「ううん、『おいしそう』じゃなくて、『おいしい』の、このカステラ」
「それは失礼しました」
カステラを一口大に切り分け、口に放り込む優。ゆっくり味わうように咀嚼してからお茶を啜った。
「確かに、とてもおいしいです」
「でしょ?」
闇代たちがガールズトーク(?)を繰り広げている間、一片は黙々とカステラを食べていた。更にその傍らには、先程の老夫婦の姿もあった。
〈最近、爺さんがボケだしてねー〉
〈何を言うか、婆さんこそボケとるが〉
〈あらあら。それはそうと、何の話だったか……〉
〈はて、何だったか……〉
どっちもどっちである。てか、一片はまったく聞いてないみたいだ。
「それにしても、パパと狼君、何の話をしてるのかな?」
そんな彼女の呟きは、ただ純粋な疑問から漏れたのだろう。だから、多分、何もないとは思うが……。
「ですが、君はあの子を守れますか?」
「……は?」
親父が再び口を開いたのは、さっきの礼から一分も経たない頃だった。またも唐突な問いだったが、今度は意味不明、というわけでもない。
「もしかして、俺が守るのか? あいつを?」
どちらかと言えば、今まで、俺の方が守られていたような気がする。絶対あいつのほうが強いし。
「さっきも言ったように、あの子はかなりの無理をしています。最近は慣れたのか、それとも体の成長が耐久に回されているのか、さして負荷はないようですが。それでも、あの子は戦うたびに命を消耗すると言っても過言ではありません。ですから、君があの子を守ってくれればと思ったわけなのですが」
つまり、俺があいつの傍にいればっていう願いが叶った途端、そしたらついでに守って欲しいと思ったのか。……今更だが、親馬鹿って怖い。子供のためならいくらでも強欲になれる。現状が芳しくなければ平凡を、平凡になれば万全を、そして最後には幸せを願って行動する。私利私欲でない分、非難し辛くて性質が悪い。
「というわけなので、僕と勝負してください」
「……」
でもって、次の言葉ばかりは、ほんとに理解出来なかった。それはもう、あまりに意味不明で、口を開くことさえ出来なかった。
「とりあえず、何でもありの決闘にしましょう」
そう言って親父は立ち上がり、ゆっくりと俺から距離を取る。そして右手を腰の方へ回し、か細い声を、まるで誰かを呼ぶように漏らした。
「ジェイド」
すると、親父の背中から二本の黒い棒が伸びてきた。いや、違う。背中を中心にして、一本の棒が左右に伸びているんだ。……除霊師である闇代の親父なのだから、あれは闇代が使っているのと同じ、霊刀とかいうのだろう。
「どうしたんです? 早く構えないと仕留めますよ」
その呼び掛けでやっと、親父の台詞の意味が分かった。―――要するに、あいつを守るに相応しいか、試したいってわけか。
「ったく、面倒くせえな」
一片の妹といい、霊能力者はそんなに喧嘩好きなのかと思いつつも、それを自然と受けている自分がいる。まあ俺も、闇代に喧嘩を売ったことがあったしな。
俺が立ち上がって向かい合うと、親父は右手を、棒の右端に添えた。
「そっちから掛かって来ていいですよ。ああ、勿論ですけど、僕を殺す気で来て下さい」
何が勿論なのか分からないが、要は全力で来いって意味か。……上等だ。
「そんなら、本気で行くぜ」
折角だから、最近練習し始めた魔術を試してみるか。そのために使うのは、やっぱりこいつ。
「『刈り取る命』サイズ」
サイズを呼び出し、右手の袖から射出。親父の右側を抜けたところで、先端の軌道を左へ曲げる。前は指先で操作しないと出来なかったが、今では俺の思いに応えて動いてくれる。訓練もやっておくもんだな。
円を描くような軌道で、サイズが親父に巻きついていく。後は締め上げて、動きが完全に止まったところで魔術を叩き込む。―――予定だったが、実際はそううまくいかない。
「なるほど。まるで鎖鎌ですね」
サイズのロープ部分が、何故か解けてしまう。親父の体を二周以上巻いたはずだが、その表面を滑るように、つるつると解けていく。
「尤も、鎖鎌は鎌のついていないほうを投げるんですが」
それを認識したときにはもう、親父の姿は、俺の視界から消えていた。
「この場合は、鎌の方が錘の役割を果たしているようですね」
次の瞬間、俺は反射的に前へ転がった。遅れて、恐ろしいほどの大きな気配―――殺気を感じた。
「硬玉の七番―――不可視の刃」
刹那、頭上を強烈な風が掠めて行った。その風は、俺の向かいにある壁とぶつかって、四方八方へ散ってしまう。その余波で髪が煽られるのを感じながら、俺は起き上がって、その一撃を放った相手の方を見やった。
「さすがに、このくらいは避けますよね」
親父は、さっきまで俺がいた場所より、少し後方に立っていた。右手には、最早ナイフと呼ぶべきなくらいに短い刀。これが親父の霊刀だろうか。背中の棒が、右側だけ僅かに短くなっているのも、あれが鞘だからだろう。……にしても、本体の割りにでかい鞘だな。刃渡りの何倍あるんだか。
「見えました? 今のが除霊師の基本攻撃です。霊質のエネルギー攻撃で、霊体に直接ダメージを与えます。闇代には、『破撃決殺』という技として習得させましたけど」
聞いてもいないことを自分からぺらぺらと喋りだす親父。それだけ余裕ってことなんだろうが、正直むかつくだけだ。
「これがないと、霊銃を使う退魔師と渡り合うのは困難ですからね。逆に言えば、除霊師には剣術は必要ないんです。霊術と、霊刀の技と、それらを使った敵の追い詰め方。それ即ち、除霊師の戦闘力です」
普通なら、話に夢中な相手は隙だらけになるものだ。けれども、親父は違う。言動一つ一つで俺を牽制している。大人しく聞いている間は何もしないが、勝手に動いたら即撃ち落とす、と。まるでそう言われているようだった。
だが、俺には魔術がある。それなら、気配を読まれずに攻撃できる。とはいえ、今の俺の実力では、武器の力を借りなくてはならない。となれば、自ずと選択肢は限られてくる。
「しかしながら、除霊師も色んなタイプがあります。闇代みたいな近接特化型の他、遠距離特化型、防御特化型、治癒特化型。それから、戦闘外で最も実力を発揮する者もいます」
俺は、左手の袖から、別の武器を呼び出す。そこから魔術を発動して、一気に片をつけてやる。
(ライト・アレグロ!)
心の中で、その魔術の名前を大きく叫んだ。使う武器は『疾風の雷花』アレグロ。攻撃速度において右に出るものはなく、その代わり威力が致命的に低いという弱点を抱えていた。だがこの魔術は、その名の通り、こいつに光の如き速さを与える。それによって貫通力を高め、低威力を補う。こいつなら、向こうが気づく前に強烈な一撃を当てられるはずだ。
アレグロが左袖から射出され、親父目掛けて、目にも止まらぬ速さで飛んでいく。俺は必中だと確信したが、
「因みに僕は、ちょこまかと動いて敵を翻弄するのが得意です」
親父の姿が消え、その一撃が躱されたことを悟る。それと同時に、またもや背後から声が―――
「軟玉の二番―――羽鳥」
と思う間もなく、背中に激痛が奔った。それも、尋常じゃないくらいに強烈な痛みだ。普通なら悲鳴を上げている所だが、何故か声が出せない。喉がやられたのか……?
立つ姿勢を保つ気力が失せて、前へ倒れてしまう。それでも、悪足掻き程度に、手をついて体を支えようとする。
「人の話は最後まで聞くものですよ。でないと、勝てるものも勝てなくなります」
そんなむかつく台詞に、言い返すだけの余力もなく、俺はどうにか上体を起こそうとした。だけれども、背中が痛くて、ちっとも起き上がれやしない。
「ふむ、その様子では戦闘不能でしょうね。まったく、こんなのに闇代のナイトを任せるのは不安で仕方ないですけど……まあ、他に頼れる人もいませんし」
反論したいのに出来ないってのが、ここまでストレスになるという発見をしながら、俺はやっとのことで体を起こした。すると、親父が俺を見下ろして、
「とりあえず、花婿修行代わりに、特訓しますか」
……何で、ここまで来てまた特訓なんだと思いながら、俺の意識は途絶えた。




