講義の内容はお優さんの自己解釈なので、実際の物とは若干異なります
◇
「……で、何でこうなってんだよ?」
狼達がいるのは、先程訓練で使用していた空き地。優と闇代の間に立って、その疑問を口にする狼だった。
「ほら、昔から喧嘩するほど仲がいいって言うじゃないですか」
それに答えるのは、何故か狼達の通う証耶麻学園の女子用制服を着た、優であった。久しぶりのコスプレのつもりだろうか?
「そうだよ。わたしたちも喧嘩して、仲直りして、一気に距離が縮まったんだから」
反対側にいる闇代も賛同する。確かに、彼女と狼は一度、得物ありの喧嘩をしていた。今の彼らは、あの喧嘩が元になって形作られていると言えなくもない。
「だからって、何で俺らまで……?」
「退魔師同士の喧嘩を、ご近所の方々に見られるわけにはいきませんから。それに、どうせならさっきの続きでもしてましょう」
続きって、訓練か? そこまでして訓練せんでも……。
対して退魔師の兄妹たちは、狼達の十メートルほど前方で向かい合っていた。
「お兄様……一つ、窺ってもよろしいですか?」
「何ダ?」
天は強い意志の篭った瞳を、眼前の兄に向けていた。いや、意志というよりは感情。それも、怒りの。
「お兄様が、私は弱弱しい傀儡当主だと仰っていたと耳にしましたが、本当ですか?」
「……確かに、言ったかもしれんな」
いやまあ、実際はそこまでボロカス評価ではなかったと思うが……。
「ならば、私がお兄様より強いと示せれば、お兄様は私の言うことを聞いてくださるのですね?」
「―――なるほど、面白い。お前が俺に喧嘩を売ったのは、そういう意図があったのか。よかろう、さっきも約束したことダ。しかし、それならば俺からも一ついいか?」
「何でしょうか?」
一片は鋭い視線を天に向けると、
「俺が勝ったら、もう二度と、その煩わしい面を俺に見せるな」
「……っ!」
天は、まるで言葉が刃となって、己が胸を貫いたのではないかという錯覚に囚われた。しかしそれにもめげず、兄の目を見つめ返す。
「構いません。この命を懸けてでも、お兄様を連れ戻しますから」
そして左の袖から、鈍い銀の光を放つ金属片―――左の五芳星を取り出した。
「来て下さい、三日月」
それを左手で握り潰すと、指の隙間から液化した金属が漏れ出し、親指の付け根辺りに集まってくる。更にそこから親指と平行に伸びていき、一メートルくらいの細い棒となって固まる。その先端には穴が開いており、恐らくここが銃口であろう。マスケット銃のようなこの武器が、天の霊銃なのだろうか。
「さあ、お兄様も、武器を構えてください」
「言われるまでもない」
一片は懐から、自分の武器である『見えざる刀』と『キューピットの矢』を取り出した。
「風は、出さないんですか?」
「出させてみろ」
一片は、余裕綽々に答え、笑って見せた。
今ここで、不必要に壮大な兄妹喧嘩が始まろうとしていた。
「それで、何でここにホワイトボードが?」
狼は、空き地の隅にあるブロック塀に取り付けられた白い黒板のようなもの(つまりはホワイトボード)を見つめて呟いた。
「今からここで、魔術の講義を行います」
「おい、聞けよ」
優はホワイトボードの前に立ち、それ用のペンのキャップを外して、何かを書き出した。
「まず最初に、魔術の定義からですね。魔術とは、この世を構成する成分―――物質、霊質、光量子類、磁気などの場。そして空間などですね。それらを繋ぐものであるマナを、専用の魔術回路に通して起こす奇跡です。勿論、この魔術回路も基本はマナで作ります。魔術には、この魔術回路の作り方などから大きく三種類の系統があります。まずはどれが自分に向いているのかを吟味した上で修練を始めるといいでしょう」
狼の意見などお構い無しに講義が進んでいく。彼の隣では闇代が、優の話を興味深そうに聞いている。
「まず最初に、魔女式魔術。これは近代魔術では初期のものに分類されていて、そのためか、個人の才能に左右されにくい術式系統です。その名前の由来は、かつて私の先祖が、人間達に自分の力を授けたことからとされています。他の魔術の基礎でもあるので、原型魔術と呼ばれることも多いですね。特徴としては、さっき言った通り、個人の才能に大きく依存しないこと。もっと言えば、才能の全くない一般人でも扱えます」
「はい、先生質問」
「はい、闇代さん」
何この授業ごっこ。というか喧嘩はどうなった?
「その魔女式魔術って、わたしでも使えたりしますか?」
「いい質問ですね。魔女式はマナを感知する必要がないので、基本的に全ての人が使えます。除霊師も例外ではありません。ですから、昔の除霊師には、魔術を習得していた人もいると言われています」
「そうなんだぁ~」
おい、除霊師はお前の領分だろうが。知らないのかよ?
「ただしその分、欠点も多いです。まず、回路が複雑なので組むのが大変です。それもかなり精密で、最近の集積回路と同等の細かさで組む必要があるんです。それらを数百から数千集めて、ようやく小規模な魔術として仕上がります。更に起動とは違って、組む際にはマナを感知、操作する技能が必要不可欠です。作り手の数が少なく、また組むのに必要な手間から、この系統は若干廃れつつあります」
優は話しながら、ホワイトボードに今した話の内容を書き込んでいく。いや、それだとただのメモじゃないか。
「この方式を改良したのが、術式内蔵式魔術です。これは必要となる回路を先に術者の体内へ埋め込み、それらを適宜引き出す方式です。例えるなら、いくつかのコマンドを必要に応じて取り出し活用する、プログラムのような形です。利点としては、組むのが格段に楽になります。ただ欠点として、使える人が限定されてしまうことが挙げられます。とはいえ、内臓回路は複製も植え付けも容易なので、現在最も普及している魔術と言ってもいいでしょう」
それ以前に、魔術そのものが普及していない気がするが。
「そして最後は魔力式魔術、別名魔霊術です。これは魔術と霊術の中間のような系統で、その名の通り魔力を必要とします。魔力は霊質をマナで合成して得られ、ごく一部の人間にはこれを行う『魔力生成器官』があります。なので、実質的にはそれを持つ人達専用の魔術です。ただし、『魔術生成回路』を組むことで、擬似的にそれを起動できます。利点としては、簡素な術式で大規模な魔術を展開できます。高エネルギー攻撃、広域探索、召喚術や空間転移などもありますが、そもそも魔力を生成できる人が少数なこと、魔力を生成できる人を見分ける方法が少なくて使用者の育成が困難なこと、また霊質を消費するので、寿命が縮んでしまうことが難点です。そのため伝承者も少数で、こちらもあまり普及していません」
三つの魔術系統とその利点、欠点を書き出したところで、優はペンにキャップをした。
「とりあえず、魔術に関する基礎知識はこのくらいですね。本当はここからマナの種類や系統、術式の形成、保管方法などもありますが、それはまた後日ということで」
「てか、何で普通に講義してるんだ?」
いや、突っ込むの遅いから。
「兄妹喧嘩なんて、まじまじと見るものではありません」
「そうかもしれんが……」
とはいえ、まじまじと見なければこの話の存在意義に係わるので、ここからは兄妹喧嘩の見物をしようと思う。




