シスターって尼さんよね?
◇
……軽く休憩を取った後、彼らは自宅である『虹化粧』へと戻る。その道中にて。
「そういえば、銀行に行かなければならないんでした。今から寄ってくるので、二人は先に帰っててください」
優は鍵を狼に渡すと、二人と別れて銀行へ向かった。そして当然、狼と闇代が二人っきりになる。
「何か、こうなるのって久しぶりだね」
「そうか?」
いつも一緒にいる気がするのだが。
「確かにいつも一緒だけど、二人っきりになるは久しぶりだよ。学校も休みだから、一緒に登校することもなくなってるし」
「そうかもな」
そんな何気ない会話をしながら、並んで歩く二人。ここだけなら、とても微笑ましいのだが。
「狼君……」
「何だよ?」
闇代が立ち止まったので、狼も足を止める。すると闇代は突然、狼に飛び掛った。
「って、またか!?」
時々起こる、闇代があれな感じになる現象。力ずくで狼を押し倒し、うにゃうにゃして来ようとするのだ。今までの狼なら飛び掛られた時点で倒れこんでいただろうが、普通に立っている辺り、特訓の成果が出ているのかもしれない(しかし回避が間に合っていない。油断したか?)。などと言っている間にも、闇代は鼻息を荒くしながら、上目遣いで狼を見上げる。
「狼君の匂いを嗅いでると、我慢できなくなってくるの……」
「そんなに匂うか?」
まあ、運動した後なので、仕方ないかもしれない。汗まみれだろうし。
「というわけで、今から、読者の皆様にはお見せできないこと、しよ?」
「何なんだ見せられないことって!? しかも読者って何だっ!?」
「気にしない、気にしない。それより、お楽しみだよぉ~」
「暴走もいい加減にしろ!」
闇代の頭に拳を叩きつける狼。……容赦ないな。
「ひあっ!」
目を回しつつ、狼から離れていく闇代。バランスを崩し、ぺたんと地面に倒れ込んでしまう。
「大丈夫か?」
そんな彼女に手を差し伸べる狼。自分で殴っておいてそれはないと思ったが、場合が場合なので許す。
「……ありがと」
闇代は狼の手を掴んで立ち上がると、服についた砂埃を払う。
「正気に戻ったか?」
「うん、お陰さまで」
さすがタフガール。気にした様子もない。
「ちょっと強く殴りすぎだと思うけど」
そうでもないのか……。狼はばつが悪そうに目を逸らして、言った。
「いいから、とっとと帰るぞ」
「はーい」
そうして、再び歩き出す二人。
「あの……」
しかしすぐに、後ろから呼び止められた。
「ん?」
振り返れば、そこには少女が立っていた。黒くて艶のある、腰の辺りまで伸ばした髪と、端正な顔立ちが特徴的な、しかしどこの漫画や小説にも一人はいそうなタイプだ。学生服を着ているので十代なのだろうが、そうとは思えないくらいに背が高く、出るべきところが出ていて引っ込むところは引っ込むなど、体格はそこそこ(年齢を考慮すれば結構)いいほう。そんな少女が、その綺麗な顔を困惑に染めながら、狼たちに声を掛けたのだ。
「道を、お尋ねしたいのですが……あっ!」
少女の視線が狼から闇代へ移ったとき、表情は困惑から驚愕へと変わる。
「あなたは……!」
対する闇代のほうも、少女の顔を見て驚く。
「知り合いか?」
一人アウェーな感じの狼が呑気に尋ねる。
「……一片天。一片家の当主で、一片君の妹だよ」
「あいつ、妹がいたんか……」
いや、そっちじゃないでしょ。突っ込みどころはそこではなくて、何でそんな奴がここにいるのかということだ。
「何故、あなたがここに……?」
ほら、先に向こうが聞いてしまったではないか。
「何故って、ここに住んでるからだよ」
「住んでいる? 確か、飾の家は虹ヶ丘の方だったと記憶していますが?」
虹ヶ丘というのは、Y市の隅っこにある地域だ。こことはほぼ正反対の場所にある。
「今はこの狼君と一緒に暮らしてるの。結婚を前提にね」
「お前と結婚なんかしねえし前提にもしてねえよ!」
「そうですか。飾の家を捨てて一般人に嫁いでくれるのであれば、こちらとしても好都合です」
「人の話を聞けっての!」
狼の言葉は聞き入れられなかったものの、天は納得したようだ。
「じゃあ今度はこっちが聞くけど、何であなたがここにいるの? 除霊でもしに来たの? だったら邪魔するけど」
今まで特筆しなかったが、闇代はちゃんとこの町の霊たちと対話し、色々面倒を見ている。彼女にとって、この町の霊はこの町の人と同じくらいに大切なのだ。それが書かれていないのは、単に作者の怠慢である。
「いえ、今日は除霊に来たのではありません」
「じゃあ何?」
にしても、この二人の間にピリピリとした空気が広がっていて、かなり居心地が悪い。
「お兄様を、連れ戻しに来ました」
「お兄様って、一片君……?」
「ってことになるよな」
しかし、連れ戻しに来たというのは、どういうことだろうか。
「まあいいや。あいつの居場所なら分かるから、ついて来いよ」
「本当ですか!?」
「嘘ついてどうするんだよ?」
「そこの除霊師と結託して、私を陥れるとか?」
「しねえから。俺は別に、お前に個人的な恨みがあるわけでもないし」
「ですが、婚約されているのでは?」
「いやだからしてないって」
本当に聞いていなかったようだ。
「俺は霊がどうとかの話には係わらないようにしてるから、お前をどうこうする気もねえよ。あいつの妹なら尚更な」
そう言う狼に、天は首を傾げる。闇代と暮らしている彼は、てっきり除霊師の味方だと思っていたらしい。しかし、退魔師である自分に協力したり、兄に対しても嫌悪感を示さないなどから、狼がどういう立場なのか分からないのかもしれない。
「さ、来るならついて来い。茶くらいは出してやるから」
ともかく、見つけた手がかりをふいにすることは出来ないようで、天は黙って狼たちについていった。




