リア充共がいちゃつくの見てるとむかつくけど、自分のキャラがいちゃつくと嬉しくなるのは何故だろう?
……その日の夜。
「もしもし。あ、もう終わったの? それで、どうだった?」
開店直後の『虹化粧』で夕食を取っていた舞奈が、携帯で電話を受けていた。アニメキャラのストラップがジャラジャラついているのには、目を瞑っておこう。
「ちゃんと見つかったんだ。よかったぁ~。これで、ようやく立件できるね。えっ、手柄? いいよそんなの。私の目的は、あくまであいつらだから。手柄はそっちで適当にもらっといて。じゃ」
通話を切ると、食事を再開した。
「どうかしたんです?」
向かいにいる優が、舞奈に問い掛ける。舞奈は箸を止めると、とびきりの笑顔で答えた。
「うん。あいつらの本拠地が分かったから、現地の知り合いに頼んで踏み込んでもらったの。そしたら案の定、違法な実験の現場が押さえられて、そこにいた人達もみんなしょっ引いたって」
「そうでしたか」
どうやら、初崎たちの悪事の証拠が見つかったようだ。さっきの電話は、それを知らせるものらしい。
「尤も、『本当にやばい実験・計画』についてのデータはとっくに破棄されてると思うけどね」
「そのほうがいいです。狼をこれ以上変な目に遭わせたくないですから」
「それもそうだね」
とりあえず、一件落着だろうか。
「でも、今回の件で腑に落ちないことがあるんです」
「何?」
手羽先に齧り付きながら、舞奈は続きを促す。
「私は十六年前、狼の秘密を隠すために、色々な手を講じました。戸籍から足がつかないように一般人として登録し、彼女、つまり狼の母親を逃がして、勿論狼自身にも手を加えました。ですが、何故かこのタイミングでばれました。ばれるならもっと早くもいいはずですし、そうでないなら絶対ばれないと思うのですが……」
「それも、向こうの情報収集能力が低くて時間が掛かりすぎたとか、最初は代わりを探していたけど、それでどうにかならなくて、時間が経ってから調べたとかじゃないの?」
「そうでしょうか……?」
頭を抱える優。懸案事項は多い。
「まあまあ、そんなに悩んでないで、これからのことを考えようよ。とりあえずお酒頂戴」
「はいはい」
業務用冷蔵庫からビール瓶を取り出すと、蓋を外してグラスと一緒に舞奈の前へ置く。普通の居酒屋なので、店主がお酌したりはしない。
「それで、狼君はこれからどうするの?」
「あの子は、自分も戦えるようになりたいって言ってます」
「じゃあ、魔術師になるの?」
「どうなんでしょうか。獣人化の影響で筋力が上がってますから、そっちを主体にしてもいいと思います。そっちのほうが『普通の人間』っぽいですし」
「でも、彼にも色々あるんだろうね」
舞奈はグラスにビールを注ぐと、がぶがぶと飲み始める。
「色々とは?」
「だって、今までは自分で殆ど戦えなかったんでしょ? だったら、無力感を感じてても無理ないよ。今回のこともショックだろうけど、自分にも何かできるようになったって、前向きに思ったのかもしれないよ」
「だといいんですが」
是非とも、そうであってほしいと願う、優であった。
……その頃、狼たちは。
「狼君?」
寝転がっていた狼を、闇代が覗き込んでいる。対して狼は、気怠そうに顔を上げた。
「どうしたの?」
「別に……」
そして体を起こすと、大きな欠伸を一つ。
「眠いの?」
「少しな。今日はもう風呂入って寝るかな」
立ち上がり、用意をするために自室へ行こうとする。
「待って」
しかし闇代に呼び止められ、その足を止める。
「狼君、無理してない?」
「……無理って、何だよ?」
振り返り、問い返す。闇代はそっと彼に近づくと、そっと寄り添うように抱きついた。
「やっぱり、まだ引き摺ってるの?」
「……」
狼は答えず、また珍しく抵抗もしない。闇代は続ける。
「わたしもね、霊が視えるのは生まれつきだったけど、初めて霊術が使えるようになったときはそんな感じだったよ。自分が、人でなくなってしまったかのように思えて、他人と話すのが怖くなって、他人に触れるのが恐ろしくなって……。だけど、わたしは知ってるよ。狼君は、いつも狼君だって。いつまでも変らないって。だから、あの時もちゃんと、必死で止まろうとしてたんだよね? だって、最初は全然攻撃してこなかったもん。あの時、まだちゃんと意識があったんでしょ? だから、大丈夫。狼君は、絶対に自分を見失わない。もし、また暴れちゃったら、わたしが止めてあげる。―――狼君が、わたしに言ってくれたみたいに。わたしが、狼君を取り戻してあげる。そして、迷いも消してあげるから。だから、安心して」
闇代の言葉を、静かに聞き続ける狼。闇代は続ける。
「それからわたしね、別に獣人化した狼君が嫌いなわけじゃないよ。だって、あれも、今も、どっちも狼君だもん。ああなると暴れちゃって大変だけど、ワイルドで、逞しくて、かっこいいから好きだよ。勿論、今の狼君も大好きだけど」
「……言ってて、恥ずかしくならないか?」
そこでようやく、狼が口を開いた。
「ううん。だって、この気持ちは確かなものだし、とっても大切。だから、恥じることなんてないよ」
そういう意味で言ったわけではないのだろうが、はっきりとそう言ってくる闇代に、狼のほうが気恥ずかしくなってきた。
「ったく、とんだ物好きがいたもんだ」
「そうかな? 狼君が素敵なだけだよ」
「うるせぇ」
狼は闇代を振り払い、そのまま奥へと歩いていく。
「んもう、照れちゃって」
それを見て、くすくす笑う闇代であった。




