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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
Q―知らされる。ナイツ
70/132

今明かされる、設定っぽいもの


  ◇


 ……数時間後、彼らは『虹化粧』にいた。気を失っていた紗佐と上風も意識を取り戻し、闇代のダメージもほぼ回復したが、狼だけは住居部分で優による治療を受けていた。二人以外は、店舗部分で待機となった。

「……」

「……」

 店内に重苦しい雰囲気が流れている。それもそのはず。紗佐と上風は、あの施設での出来事を覚えているのだ。なのに、肝心の狼が不在では、口を開く気にならないのだろう。彼女達の気持ちを悟ってか、他の三人も黙りこくっていた。

「……ふぅ」

 そんな沈黙を、舞奈の溜息が破る。何故か一人で緑茶を啜っている彼女は、どうも場の雰囲気からではなく、お茶を飲むために黙っていたようだ。

「とりあえず、何か聞きたいことでもある?」

「あるにはあるが……。とりあえず、お前は何者ダ?」

 この空気に耐えられなかったのか、ここぞとばかりに便乗してくる一片。対して舞奈は、懐から黒い二つ折りの物体を取り出した。まあつまり、警察手帳だ。

「君にはもう言ったと思うけど、ただの警察官だよ。一応刑事課勤務だから、俗に言う刑事かな」

「あれとは、どういう関係なのダ?」

「お優さん? 知り合いだよ。お婆ちゃんの代辺りからのね」

「ということは……あれは一体いくつなのダ?」

「聞かないほうがいいと思うよ。どうしても気になるなら本人に聞いて。これでも私、プライバシーには配慮するほうだから」

 プライバシーに配慮しない刑事には会いたくないが。

「って、私のことはいいの。気になってるの、そこじゃないでしょ?」

 それが聞きづらいから別のことを聞いたのでは?

「まあいいや。私が話せる範囲で勝手に話すから、聞きたくなかったら今すぐ帰って」

 そう前置きしても、誰一人その場を動こうとはしない。それを確認したうえで、舞奈は再び口を開いた。

「そうだね。これは、たった一つの御伽噺。でも、御伽噺で終わらなかった、現実の話でもある」

 舞奈の話した内容は、こんな感じだった。

 昔、舞奈には仲のよかった叔母(正確には年の離れた従姉)がいた。過去形なのは、今は連絡が取れず、生きているかも分からないからだそうだ。彼女は、生物学を学ぶ大学生だった。しかし彼女は、実習という名目で、とある実験のサンプルを提供してしまう。それは、その大学が裏で進めていた研究、『人工生命と合成生命の創造』、またの名を『キメラ計画』というものだった。彼女はその計画に必要な、人間遺伝子のサンプルを提供してしまった。というのも、最初はその遺伝子をどういう実験で使用するのか聞いておらず、大学側に言われるままにそれを提出してしまった。やがて、その遺伝子を用いた人工生命が誕生すると、大学側は彼女を拉致したそうな。

「叔母が行方不明になってすぐ、当時小学生だった私はお優さんに相談した。そしてお優さんは叔母の居所を突き止め、乗り込んだの。その時は私も一緒だった。お優さんは止めたけど、私も行くって駄々こねて。それで、お優さんの陰に隠れながら、私もその施設に乗り込んだの」

 その施設では、第一号である人工生命の育成と、舞奈の叔母の監禁がなされていた。優はそこを襲って、舞奈の叔母と、人工生命を連れ出した。彼女は話さなかったが、初崎とはそこであったらしい。

「叔母が監禁されたのは、彼女の遺伝子がその人工生命を作るのに必要だったから見たい。他の遺伝子だと、うまく作れなかったみたいだから。それでお優さんは、叔母をうまく隠したの。どうやって隠したのかは私も知らないけど、多分海外か、若しくは人里から離れた場所に匿っているんだと思う。そして、その人工生命っていうのが、狼君」



「そして、その彼女ってのがあんたの母親よ」

 その頃、優も狼に同じ話をしていた。

「じゃあ、これも……」

 狼が手にしていたのは、一片が回収してくれた、彼の武器。そして、彼の母親の形見だ。

「そう。元々は私が、あの子のお婆さんに渡したものなんだけど、孫だったあの子がちゃんと受け継いでたみたいね。あの子が去り際に、あんたに渡してくれって言ってたから、母親の形見だって言って持たせたの。因みに、あんたの学校でも同じ武器が伝わってるけど、あれは私の父がデザインしてたのよ。だからそれは、その時作ったであろうこの試作品に、私が改良を施したものよ」

「改良?」

「そ。元々、父の形見でもあったそれを他人に渡したのは、魔術が使いたいなんて世迷言を言ってたあの子のお婆さんの願いを叶えてあげるための道具作りで、他に丁度いい器が他になかったから。つまり、それには一般人でも魔術が使える細工が施してあるの」

 結構無茶苦茶な話だな。この作品、ほんとに何でもありな気がする。だがこれで、この武器が浮かんでいた理由も説明がつくだろう。

「あんたに渡す際に魔術機能は封印したんだけど、あんたがああなった時に、その弾みで本来の力が解放されちゃったみたいね」

 そう言いながら、優は卓袱台の上で緑茶を淹れている。

「飲む? 落ち着くと思うわよ」

「いや、それよりも、まだ聞かないといけないことが残ってる」

「獣人化のことでしょ? 焦らなくても説明するわよ」

 一応、狼の分も緑茶を用意する優。お茶を啜って一息ついたところで再び語りだした。

「分かりやすく言うと、あんたは元々、獣人の姿で生まれてきたの。奴らが作った人工生命の第一号、つまりあんたは、人間とおおかみのハーフ、狼男をモチーフに作られたから。人間の遺伝子におおかみのそれを導入して、クローン技術の応用とかして作ったみたいけど、細かいことは今はなし。話が進まないしね」

 そして今度は、常備してある煎餅を齧って続けた。

「それで私は、あんたが普通の人間として生きていけるように、ちょっと細工したの。古い友人から聞いた能力を思い出して、それをあんたに与えたのよ」

「その、能力って……?」

「DNAカモフラージュ」

 名前だけでどんなものなのか分かりそうな、安直なネーミングである。

「後天的に取り入れた別の遺伝子をコピーして、体の形質を変化させる能力よ。元の遺伝子情報も残るから、二種類の体を状況によって使い分ける能力ともいえるわね。それを使って、あんたの体を人間にしたわけ。まあ副作用なのか、あんたが時々異常なキレ方をする危ない子になっちゃったけど、大人になったら精神も安定するから、大丈夫だと思うわ」

「なら、『今の』体は、誰のなんだ?」

「まあ、あんたも覚えてないでしょうね。その人とあんたは法的に親子ってことになってるけど」

「?」

 狼が首を傾げている。

「今まで疑問に思わなかった? 何で私があんたの親代わりなのに、しかも実の親がいなくて代わりに引き取ってるのに、名字が違うかって。ああ、あんたの母親は舞奈ちゃんと同じで小宮間よ。向坂の名前は、私の知り合いに貸してもらったの。出産届けを偽装して、法的には親子ってことにしといてね。本当はそれを突っ込まれてから話そうと思ってたけど、まったく聞いてこないから、今日まで延びちゃったのよ」

 どうやって、出産届けなんか偽装したのだろうか。コネでも使ったんだろうか。

「その人、結婚して長いのに子供がいなかったから、せめて戸籍の上だけでも子供をってね。遺伝子を提供してもらうときに頼まれたの。だから、仕方なくそうしただけ。最初はあんたもその人達に引き取ってもらってたんだけど、後になって、こういう事態が起こった時のためにって私が面倒を見ることになったの。まあそれ以前に、あんたの情緒が不安定で手に負えなかったのとか、その人をちゃんと親だって認識しなかったりしたからでもあるんだけど。その時のこと、薄っすらとなら思い出せない?」

「……まあ、時々夢に出るくらいだが。本当にそんなのがいたかさえ定かじゃなかった」

 それにしても、聞けば聞くほど胡散臭い話だ。遺伝子の書き換えに出産届けの偽装。確かに優なら何をやっても不思議でないが、遺伝子情報を(たとえ擬似的だったとしても)書き換えるだなんて、並大抵のことではあるまい。戸籍を捏造するのも、どういうコネや方法で行ったのかさえ見当もつかない。

「それから、万が一、体に異変が起こったときの対処もしたわ」

「異変?」

「考えても見なさい。普通のクローンだって難しいのに、あんたみたいな特殊な生まれで、しかも途中から変な能力を植えつけられたら、染色体に異常が出てもおかしくないでしょ? その辺は苦労したわ。ガンとかは魔術の応用で対策回路を埋め込んでどうにかしたんだけど、子供にまで遺伝したら大変だから、そこはね。で、結局あんたから生殖能力を奪うことで解決したんだけど」

「ちょ、ちょっと待て……。話についていけなくなった」

 そりゃ、こんな話についていける者は少ないだろうが。

「要するに、あんたは子孫を残せないの。だから性欲とかもないし。そのお陰で、闇代ちゃんがどんなにしつこく際どく迫っても耐えられたのよ。そこには感謝して欲しいわ」

 なるほど。そうでなければ、あれに耐えるのは相当困難だっただろう。闇代は色々と凄まじいからな。

「とまあ、そんな感じだったんだけど、今回は奴らに、DNAカモフラージュを一時的に解かれたみたいなのよ。それで獣人化と暴走。大事に至らなくて、よかったとは思うけど……まあ、不幸中の幸いってレベルね」

 狼は、俯いたままで一言も発しようとはしない。ショックなのか、それとも情報が多すぎて整理できていないのか。

「とにかく、一回休みなさい。獣人化は相当エネルギーを使うみたいだし、傷も完全に治ったわけじゃないから、安静にしてたほうがいいわ」

 優は立ち上がると、店のほうへ歩いていく。

「安心なさい。ちょっと歯車が狂ったかもだけど、あんたは今までと何も変らないんだから。私は最初から分かってたし、闇代ちゃんや瞳君はこのくらい慣れっこだろうし、上風ちゃんだって長い付き合いでしょ。紗佐ちゃんはどうか分からないけど……でも、きっと大丈夫よ」

 途中振り返ってそう言ったが、優は結局、その場を後にしたのだった。そして、残されたのは狼一人。

「……ったく」

 その呟きには、果たしてどのような意味が込められていたのだろうか。

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