回想、そして決意
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「闇代、そろそろあなたにも、この話をしないといけません」
十歳の誕生日、わたしはパパとママに、家の中にある道場へ呼ばれていた。道場経営でもないのに、家にこんな場所があるのは、世間では他にないと友達から聞いた。しかもうちは敷地がとても広いのに、屋内外にあるこの道場だけでその三分の一を占めていて、何でこんなものがあるのかとよく聞かれたものだ。
「もう何度か言いましたけど、うちは除霊師の一族で、僕も、彼女も、共に除霊師です」
この道場は、除霊師が訓練するために作られたらしい。ママには、この町にいる友達には言っていいけど、他所の人には絶対に内緒と言われていたことだ。
「そして闇代にも、除霊師の素質があります」
わたしの右脇には、金色の鎖と、その先に繋がる星型の金属片が生えている。鎖の部分は短くできるし、水泳なんかも普通にできるから気にしたこともなかったけど、友達にはとても不思議がられていた。これがあると、除霊師になれるらしい。
「本来、除霊師になるならもっと前から、それこそ幼児の頃から訓練するんですが、闇代の自主性を尊重するために、今日まで具体的な訓練はしませんでした。でも、闇代もそれなりに成長しましたし、町の外にも何度か行ったはずですから、ちゃんと決められると思います。だから、今聞きます。闇代は、除霊師になりたいですか? それとも、普通の人として生きていきたいですか?」
わたしは、物心ついた時から霊が見えた。そして、霊達と一緒に育ってきた。だから、わたしもパパやママの後を継いで除霊師になるって思っていた。それをパパに言ったら、『十歳になっても同じ気持ちを持ち続けられたなら、除霊師になるのを認めてもいい』と言った。なんでも、除霊師はとても大変なお仕事だから、しっかり考えてから決めて欲しかったそうだ。
パパにそう言われてから、わたしはずっと、『十歳になったら除霊師になれる』と思い込んでいた。そして、除霊師は霊達と仲良くする、楽しい仕事なのだと思っていた。でも、そうじゃなかった。除霊師になったら、退魔師っていう人達と戦わなくちゃいけない。喧嘩は嫌いだったし、痛いのも嫌だった。けれど、そんなわたしをいつも影で守ってくれていたのはパパとママだった。わたしは二人に守ってもらって、今まで生きていた。だけど、いつまでも子供じゃないんだから、守ってばかりは嫌だった。自分の身くらい、自分で守りたかった。退魔師って人達とは、喧嘩しないで仲良くすればいいと思った。だからわたしは、この時、黙って頷いた。
「闇代、除霊師は、とっても危険な仕事だぞ? 死にそうなときもあるし、誰かを死なせるときもある。それでも、本当にいいのか?」
ママが言った。ママは元々普通の人だったけど、パパと出会って、それから除霊師になったらしい。普通の人が除霊師になるのは難しく、それでもパパの手助けがしたいからと頑張ったらしい。だけど、除霊師が使える凄い力が使えなくて、戦いは殆ど筋力と、霊刀の性能だけで生き抜いている、と言っていた。そうやって苦労したからなのか、わたしが除霊師になるのに、パパ以上に否定的だった。
「うん。もうこれ以上、パパやママに頼ってばかりなのは嫌だし、霊達のために何かできるのなら、絶対にやるんだって決めたの」
だけど、この時のわたしは何も分かっていなかった。
その後、とてもきつい訓練や、色んな現場を見て、当初に抱いていたイメージとは違う世界に戸惑う。そして退魔師との戦いに泣きそうになって、遂には、退魔師にママを殺されてしまう。
わたしが除霊師にならなくても、こうなるのは分かってた。でも、それがわたしの責任のように思えてならなかった。だから、ママの仇を討とうと、ボロボロになったママの魂を体に入れて、ママを殺した退魔師を討ちに行った。
だけど、それはとても難しくて……。そんな時に出会ったのが、狼君だった。狼君は最初、わたしのことを小ばかにしてたから、あまりよく思ってなかった。喧嘩は強かったけど、わたしが本気を出せば簡単に倒せる程度だった。しかも、物凄く子供っぽくて、あんまり係わらないほうがいいかもと思っていた。だけど、わたしの心にあった、重いものとか、暗いものとか、一緒に背負おうとしてくれた。話を聞いてくれたし、自分を見失いかけてたわたしに、本来の自分を取り戻させてくれた。倒せなかった一片君も、一緒に攻略法を考えてくれて、そのお陰で、彼を殺さずに済んだ。―――狼君がいなかったら、わたしは今頃どうなっていたか。多分、一片君に殺されていたと思う。そうなっていたら、今みたいに、お優さんの手料理を食べたり、学校で皆とはしゃいだり、一片君と一緒に戦ったりなんて、絶対になかった。こんなにも、楽しい毎日なんて巡って来なかった。わたしは、狼君に出会えたから、こんなにも幸せなんだ。
◇
目を閉じると、走馬灯のように、色んな思いが頭の中を駆け巡った。昔のこと、嫌なこと、苦しかったこと、辛かったこと、そして、それを幸せに変えてくれた、狼君のこと。狼君と一緒にいるだけで幸せだったのに、もっと先を求めて、彼を困らせたり。他にも色々と、言葉にできないくらい沢山のものを彼から貰った。もしそれを返せるとしたら、今しかないんだ。目を開くと、そこには、変わり果てた狼君の顔があった。パッと見は普通だけど、近くで見ると凄く魅力的だった顔のパーツも、それらが収まっていた輪郭も、まったく違う形になってしまっている。何で、彼がこうなってしまったのかは分からない。だけどもし、彼を元に戻せるならば、わたしは何だってする。それこそ、自分の命を引き換えにしてもいいくらいだ。だから―――
「……力を、貸して」
わたしは、狼君に捕らえられてしまった霊刀に呼びかける。これは、ママの魂で作られている。わたし一人では無理でも、ママの力を借りれば、狼君を戻せるかもしれない。
霊刀は最早、がんじがらめでまともに動かせない。だけど、ここで諦めたら、全てが終わる。
「……絶対、諦めない、から」
体に残った、出来るだけ多くの霊質を、二本の霊刀に送る。そして、ママから教わった、ママの技を、放った。
「無垢―――」
霊刀がそれぞれ、赤と青に染まっていく。―――無垢はま白。それに色があるのは、別の色に染まりやすいから。だからこの技は、使い手の性質を反映して能力を変える。わたしは、物から熱を奪う力。大好きな人達が苦しみ、うなされている、悪魔のような熱を、冷ませる力。
前に一度、パパに聞いたことがあった。それはわたしの、名前の由来。パパは、こう言ってた。『人は誰しも、心に闇を抱えています。その闇を見つけて、代わりに背負えるくらい、強くて優しい子になればと思い、つけました』と。だからわたしは、闇代なんだ。目の前の人を苦しめる悪夢を、その闇を、奪い去って、代わりに背負うんだ。それがわたし、飾闇代の、役目なんだ。
「炎氷の、舞!」
二色の光が爆ぜ、辺りを冷気と、白い霧が包み込む。体を締め付けていたロープが緩み、わたしは、二本の霊刀と共に地面へ投げ出された。体内の霊質を大量に放出したせいでかなり気怠くなっている体に鞭打って、わたしは彼から距離を取った。一片君はこれで完全に凍ったけど、今の狼君はこのくらいでどうにかできるとは思えない。やがて霧が晴れると、そこにはまだちゃんと、狼君がいた。腕が少し凍ってるけど、今までのことを考えると、少し動きが鈍くなっていればラッキー、くらいかもしれない。
「狼君……起きてくれないなら、本気で叩き起こしてあげるね」
もう、体を動かす活力は殆どない。霊体が消耗すれば、連動している肉体もまともに動かなくなる。だけど、やらなくちゃ。気力だけなら、まだ十分にある。
と思っていたら、背中に何かが触れた。
「そんな状態で、まともに戦えるとでも思っているのか?」
振り返れば、一片君が何かを押し当てているみたいだった。そして、その辺りから、力がどんどん送られているみたいだった。
「霊質補充用の呪符ダ。俺はともかく、お前のようなタイプはこれくらい用意しておけ」
一片君は霊術ができないって聞いてたけど、どうやってこんなものを用意したんだろうか? しかも、自分は使わないのに持っているなんて。そんな疑問もあったが、とりあえず今は彼に感謝しておこうと思う。
「……ありがと」
「礼なら、あれをどうにかしてから言うんダナ」
つい最近まで、本気で殺し合いをしていたとは思えないようなやり取り。こんなことができるのも、狼君、あなたのお陰なんだよ。わたしはそう呟いて、再度、狼君と向き直った。
さあこれから、二回戦の始まりだよ、狼君。




