そして物語は動き出す
◇
「調子はどう?」
先程の女性が、手術室のような場所へやって来た。
「遺伝子に施された仕掛けの解析は終わりました。投薬が完了すれば、数分以内に元の姿へ戻るはずです」
それに答えるのは、手術着を纏った男。怪しげな機器を手に、何かを調べていたようだ。
「そう。投薬を続行して、完了五分前までに全員退避。完了後に動作確認の後、被検体と接触させなさい」
「はっ」
男は恭しく敬礼すると、自分の作業に戻った。あの怪しげな機器を、手術台に横たわる少年―――狼に押し当てている。
狼は手術台に金具で固定され、衣服を剥がれた上半身に機器を当てられ、腕には点滴が施されていた。呻き苦しんでいる様子の狼を見て、女性は一人ほくそ笑んだ。
(ようやく……『WOLF SERIES』計画が実現するわ)
はてさて、どうなることやら。
……その頃、優達は。
「多分、この辺だと思う」
舞奈の案内で、狼が電話を掛けたと思われる場所にやってきていた。空き地や廃屋、廃材置き場などが並んでおり、確かに人が滅多に寄り付かなさそうな所である。
「この辺りから、狼君の気配を辿れれば……」
「今やってる」
闇代は目を閉じ、辺りの気配を探っている。どうでもいいのだが、何故彼女の鼻はピクピク動いているのだろうか?
「あっち」
ビシッと指差す闇代。しかし―――
「そこは地面ダゾ」
「あれ? おかしいな……」
闇代が指したのは、真下の地面だった。
「しっかりしろ」
「これでもちゃんとやってるの!」
闇代と一片が口喧嘩を始めてしまった。やっぱり、あまり仲良くないのか、この二人?
「どうしよう、お優さん?」
舞奈は優の方を向くが、優は目線を下げていた。
「お優さん?」
「闇代ちゃん、本当にこの下から狼の気配がしたんですね?」
名前を呼ばれ、闇代は一片との言い争いを中断する。
「うん。正確には、狼君の痕跡だけど」
「そうですか」
すると優はしゃがんで、足元のマンホールに手を掛けた。
「それなら多分、狼はこの下でしょうね」
マンホールの端を摘まむと、それを器用に持ち上げる。本来これは、摘まんだくらいで外せるものでないのだが、優はいとも簡単にやってしまった。
「さてと。ここから先へ行く前に、皆さんへ言っておかなければなりません」
優は闇代、一片、舞奈の方へ振り返る。
「ここから先は、武器を手にした状態で進んでください」
そして優は右手を空へ翳すと、あの刀を呼び寄せた。
「恐れ戦き自戒せよ」
『虹化粧』のある辺りから飛んできたそれは、優の右手にすっぽりと収まる。優はそれを横へ振り下ろすと、言葉を続けた。
「ここから先は、丸腰で入っていい場所では、ありませんから」
「……お優さん。もしかして、狼君はやっぱ、奴らに?」
舞奈に問われ、優は首を縦に振った。
「恐らくはそうでしょう。でないと、この事態を説明できません」
どうやら優と舞奈には、狼の失踪に心当たりがあるようだ。
「それなら、それくらいしたほうがいいよね」
舞奈は上着の内側に両手を入れると、銀色に鈍く光る、二丁の銃を取り出した。
「小宮間さん、それはエアガンでは?」
「うん、そうだよ」
確かにその銃には、金属独特の質感がない。表面加工したプラスティック製なのだろう。
「でも安心して。オートロード」
舞奈の掛け声と共に、銃からカチリという音がした。
「これで自動装填モードになったから。弾も小さいけど鉛製だし、精度もよくて反動も殆どないから扱いやすくて便利だよ」
このエアガンには特殊な改造が施されているらしい。にしても、音声入力での制御など、どういう方法で取り入れたのだろうか。
「闇代ちゃんと瞳君も大丈夫ですね?」
「おーけーだよ」
「問題ない」
闇代と一片も既に、それぞれの武器を手にしている。
「それでは、行きますよ」
そして優達は、マンホールへと飛び込んだ。




