上沼紗佐の受難②
◇
「酷いね、これは」
「確かに」
「……」
彼此一時間ほど、皆で紗佐に勉強を教えていた。しかし、その成果は散々。化学を教えていた縄文寺、物理を教えていた氷室、数学を教えていた戸沢が、呆れ果てていた。
「うぅ……」
紗佐はただ、涙目で縮こまるのであった。
「まあ、英語のほうはなんとかなるっぽいから、数学、化学、物理をなんとかするか」
一方、英語を教えていた狼のみが、事態を楽観的に捉えていた。
「だったらあんたが教えなよ」
「無理だ」
狼は即答した。
「俺は英語以外は得意じゃない。ましてや、人になんか教えられるか」
「中学の数学のテストで満点取った奴が言うか」
「昔の話だ」
高一に昔も何もあるかと、そこにいる全員が思ったが、誰も突っ込まなかった。それよりも切実な問題が、今目の前にある。
「それはいいが、そろそろ下校時刻になる」
戸沢が、腕時計を見ながら言った。
「だな」
「だね」
「じゃあ、帰ろっか」
各々が鞄を持って席を立った。
「あ、あの……」
「じゃあね」
「また明日」
「そう言うことだ」
そして家路に着く。
「うぅ~……」
紗佐はただ、そして再び縮こまるのであった。
「そろそろ嘘だって気づけよ」
その声に、紗佐はハッと振り返る。
「というか、あんたもどうかと思うけど」
既に帰ったと思っていた面々が、まだ教室に残っていた。
「み、みんな……」
紗佐は、思わず喜びの声を上げた。何だかんだ言っても、手伝ってくれることが嬉しいのだ。
「とは言ったもの……」
狼は腕時計を見やると、
「時間は時間だしな」
どうしようもない現実を、告げた。
「どうしよっか」
「どうしようか」
「少なくとも、このまま学校に残るわけにはいかないな」
残りの三人は、それぞれ呟く。
「なら、誰かの家で続ければいい」
狼は、解決策を提示した。確かに悪くない案なのだが、そこまでして続行する意味があるのだろうか。明日、またすればいいだけなのでは?
「それなら誰の家にする?」
というナレーターの意見など、皆華麗にスルーだ。
「普通は、教えてもらう人の家に行くものだがな」
「いいねそれ。いいよね、紗佐ちゃん?」
氷室が、というか紗佐以外の全員が目線で、紗佐に問いかけた。
「あ、で、でも、私の家はかなり遠いですから……」
紗佐は、申し訳なさそうに断った。
「そんなに遠いの?」
「歩くと五十分は……」
確かに遠い。普段どうやって通学しているのだろうか。
「因みに俺ん家は無理。汚すぎて人が呼べないから」
氷室は、聞かれてもいないことに答えた。
「僕の家も無理だ。他人に荒らされたくない」
戸沢も答えた。何気に失礼な言い方ではあるが。
「あたしん家も。家中罠だらけで、ヘタすると死ぬよ」
縄文寺も、何気に恐ろしいことを織り交ぜて答えた。どうなってるんだ、お前の家は。
「となると、残ってるのは……」
全員が、狼のほうを向く。
「……、七時までだぞ」
狼は、渋々了承した。