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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
O―貪る。ナイツ
54/132

みんな切り替え早すぎです/宿命はある種の使命感


 ……その後、朝食のときにて。


「で、結局どうすんだ?」

 『虹化粧』では、朝食と一緒に緊急家族会議が行われていた。

「どうすると言われましても、逃げられてしまった以上はどうしようもありませんし……」

 ご飯を口に運び、租借してから答える優。何故こんなに呑気なのだろうか。

「ったく、お前が肝心なときに倒れるから……」

「うっ……!」

 痛いところを刺され、優が涙目になる。

「……大人気ないな」

「んだと一片?」

「二人とも、喧嘩は止めて。ご飯時だよ」

 闇代が仲裁に入る。彼女が言うにしてはかなりまともな意見だ。

「それだと、わたしが普段まともじゃないみたいだよ?」

 そういうつもりで言ったのだが、違っていたのだろうか?

「違う!」

「いきなり叫ぶなよ」

 こちらを向いて叫んだせいで、口の中の米粒が隣にいた狼の顔面に飛んでしまった。

「ご、ごめ……」

 彼の顔を拭こうとティッシュを取り出したところで、闇代の動きが止まる。

「どうした?」

「なんか……萌える」

「なんでだ!?」

 今のはちょっとよく分からなかった。

「ともかく」

 そんな賑やかな空気に、優の声が響く。

「今回の件は専門家に依頼して調査と対応をしてもらいますから、私たちにできるのはここまでということですね」

「専門家なんかいんの?」

「この年まで生きてるとこういうことも多いですから、自ずとコネが出来てくるんです。その中の、こういう事態に対応できそうなとこへ頼んだだけですけどね」

 最早何でもありだな、この話。もう少し色々と説明してもらいたいものだ。

「暫くは警戒しないとですけど、もう彼らも不用意に騒ぎを起こしたりはしないはずです。今回の件は明日にでも世間に知れ渡ることとなりますし、一応対策のお守りも配布してますから、向こうも相当やりづらいでしょうし」

「だといいんだがな」

 狼はとりあえず、目の前にある朝食を片付けてしまうことにした。



 ……その頃、舞奈はというと。


「……ほんと、こんな終わりってないよね」

 舞奈は、次々と警察署内に収容されていく遺体を眺めながら呟いた。今運ばれているのは、今日発見された犠牲者だ。その数、ざっと五十人強。昨日の分も含めると、百人を超えている。

「せめて犯人だけでも捕まえたかったんだけど……。でもどの道、検挙できないし」

 今回の事件は、特殊な能力によって引き起こされた。そして、今の日本に『異種族』を取り締まる法律はない。つまり、たとえ彼らを捕まえていたとしても、日本の警察は何もできないのだ。

「とにかく、上にはどうやって報告しようかな」

 こんな大事件、しかも被害者が三桁に達したのだから、外部への対応が面倒なのは当たり前。そして、その責任がどこへ来るかだ。一応、原因は不明ということにしてあるので、それで直接誰かを責めることなどできないのだが。

「所長、面子のために私のことをくびにするかも……」

 舞奈には、今回の件に関して何の落ち度もないのだが、お偉い方に理屈など通用しない。特に彼女には、そうなってしまう理由に心当たりがあるようだ。

「あーあ、こんなことなら普段から真面目に大人しく仕事していればよかった」

 ……普段の勤務態度はあまりよくないのかもしれないが。

「あの」

 誰かに声を掛けられ、独り言を中断して顔を上げる舞奈。するとそこには、奇妙な男がいた。背は高く、全体的に痩せ型という体格だけなら普通だが、三十代くらいに見えるそこそこ端整な顔に乗っかっているのは、金糸のような長髪だった。要はド金髪なのだ。顔立ちは日本人のそれなので、別に外国人というわけでもないらしい。中年男のおしゃれだとすると、正直言って結構ダサい。まあ、割と似合っているので強くは言わないが。

「何か用?」

 男は、所内に運ばれていく、ビニールシートに覆われた遺体を眺めて、

「お願いがあるんです。一つは、あの方達の供養をさせて欲しいんです」

「供養? もしかしてお坊さん?」

「似たようなものです」

 金髪の坊主に供養されるくらいなら、死んだほうがマシだと思う。いや、供養されるならもう死んでいるだろうが。

「それともう一つ。あの中にまだ息のある方がいるようなので、助けさせてください」

「えっ……?」

 きょとん、という擬態語が聞こえてきそうな表情で硬直する舞奈。男は続ける。

「職業柄、生きている人と死んでいる人の区別くらいつきます。それに死なれると、こっちの仕事が増えますし。もし仮に駄目だって仰っても、逮捕覚悟で助けますから」

「……あなた、何者なの?」

 男は、穏やかな笑みを浮かべながら答える。

「自称除霊師です。と言っても、悪徳商法とかではないですよ。お金は取りませんから」



 舞奈は結局、男を署内の遺体安置所(空いていた剣道場)へ案内した。

「こうやって並べられているのを見ると、やっぱり色々考えさせられますね」

 部屋には、ビニールシートが被せられた遺体が所狭しと並べられていた。これら全てが遺体だと思うと、言葉にし難い何かが込み上げてくる。

 男は懐に手を入れると、紙の束を取り出した。

「それは?」

「呪符です。今から、まだ生きている方の上にこれを置きますから、その後の処置を手伝ってください」

 男が呪符をばら撒くと、呪符は勝手に飛んでいき、遺体の上に落ちていく。

「ちょ、ちょっと何してんだあんた!?」

 部屋にいたスーツの男(多分刑事だろう)が呪符を払おうとしていたが、それを舞奈が止める。

「いいの。私が許可したから」

「ちょっと小宮間さん、あんたにそんな権限ないでしょ」

「大丈夫。このくらい、大目に見てもらえるから」

 やがて呪符を撒き終えると、男は舞奈を手招きする。舞奈が十分近くに来たことを確認し、男は小さい声で告げた。

「血液型がAの方を十八人、Bの方を七人、Oの方を六人、ABの方を五人連れてきてください。足りなければO型を余計に。今から輸血しますから」

「輸血って、それで助かるの?」

「普通の人がやっても無理ですが、僕ならできます。逆に言うと、血だけが足らないので、輸血しようとしているんですが」

 男はそう言って、一番近くに置いてあった遺体の傍に跪き、ビニールシートを乗っている呪符ごと剥がした。

「お、おいっ……!」

 またしても男刑事に止められそうになるが、再び舞奈がそれを止める。

「A型を十八人、B型を七人、O型を六人、AB型を四人集めて。それで、ここにいる人達の何人かは助かるから」

「そんなわけない。見るからに全員死んでるでしょ? とうとう頭がおかしくなったか?」

「いいから、早く。それとも、あなたは目の前の人も助けられないのに刑事なんかやってるの? 困ってる人を助けるのが警察の仕事だよ」

「……どうなっても知らないからな」

 男刑事は部屋を出て行く。舞奈はそれを見送ると、男の元へ駆け寄った。

「AB型の血が必要なのって、どの人?」

「この方です。もしかして、あなたが血を?」

「うん。それで助けられるのなら、安いものだよ」

 そう言って、右腕の袖を捲くる舞奈。対して男は、懐から針を一本取り出した。

「あなたは元気で血の気が多そうです。少し多めに取りますけど、いいですか?」

「上等」

 そして男は、舞奈の腕に針を刺した。


  ◇


 ……数時間後。


「……ふぅ。これで、何とかなるでしょう」

 男は、額の汗をハンカチで拭う。男は舞奈を含む警察官三十六人から血を採取し、両端に針を取り付けたチューブを使って輸血していった。同時に救急車を沢山呼んで、処置が済んだ者から順に病院へ運ばせた。

「……すごい」

 見れば、部屋にあった遺体は二十足らずに減っている。その代わり、空いたスペースには他の警察官がたむろしていた。別に遺体と戯れたいのではなく、献血したせいで少し貧血気味なのだ。

「いえ、助けられたのはほんの僅かです。昨日も同じ事件があったのなら、もう一日早く来るべきでした」

 しかし男は、とても残念そうに、悔しそうにしていた。先程、昨日発見された遺体も見ていたのだが、そちらはもう全て助からないそうだ。

「だけど、このままだったら絶対に助からなかった人を助けたんだから、もっと誇っていいと思う」

「いいえ。これはあくまでお節介であって、仕事ではないですから。お節介を誇ったって、仕方がないですよ」

 男はどこか遠くを見るような目をして、呟きだした。

「申し訳ありません。僕が不甲斐ないばかりに、あなた達を助けられませんでした。どうか、こんな不甲斐ない僕を許してください。そしてどうか、諦めないで下さい。あなた達にはまだ、できることがあるんですから」

 それはまるで、助けられなかったものに許しを乞うかのようで。神に罪を告白する信者のようで。しかしそれは、とある者達に向けた懺悔でもあった。

 ―――気にしないで。あなたが悪いわけじゃない。

 ―――寧ろ、そんなに気遣ってくれて、ありがとう。

 ―――あなたの言う通り。これからは、大切な人達を見守らないと。

 そんな声を告げて、彼の前を去っていく者達―――霊。『霊から、憎しみ、哀しみ、怒り、理不尽さなど、不の感情を取り除く』。それが、除霊師の所以である。

「……やはり、仕事とはいえ堪えます。僕の力不足なのに、誰もそれを責めないんですから」

 だが、どんなに悲しく、辛かろうと、涙だけは絶対に流さない。それだけは、何があろうと譲れないのだ。

「今日は娘に会おうと思っていたんですが、とてもそういう気分にはなれませんし、日を改めることにします。というわけで、僕はこれで帰ります」

「あ、あのっ……!」

 舞奈が引き留めようとするが、男は振り返り、

「それから、このことは秘密にしてください。無免許で治療した、なんてばれたら、色々面倒ですし。それと、ありがとうございます。僕のことを信じてくださって。では」

 そう告げてから、去っていった。

「……」

 舞奈は、その背中を見つめるだけだった。




 翌日、この件がマスコミによって大きく報道された。無論、吸血夢魔がどうとかは伏せられているが、それ故に、原因不明の大量変死事件として、しばらく世間を騒がせることとなった。

 しかし、彼はまだ何も知らない。この『吸血夢魔事件』は、ただの序章に過ぎないとは、露ほどにも。

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