夢から醒めて日常へ
※今回は大した内容ではないものの、新キャラが登場するので見たほうがいいです。というか、そのための話と言っても過言ではありません。
声がする。泣き声だ。幼い誰かが、泣く声。
泣いているのは、少年だった。まだ五歳ほどの、小さな少年。
一人だった。傍らには誰もおらず、ただただ一人で、泣くだけだった。
泣き声が木霊して、辺りに響く。虚無に響く、泣き声。
それを打ち破る別の声が、聞こえてきた。
「どうか、しましたか?」
優しい、女性の声。少年は、顔を上げた。
「悲しいんですね」
少年は、頷いた。
「待ちましょう、一緒に」
声が、聞こえる。外側にではなく、内側に。少年の、心の中に。
「私の名前は―――」
◇◇◇
「……何だ、夢か」
狼は、ゆっくりと体を起こした。
「よりによって、あいつと会ったときの夢とはな……」
狼は、ベッドから出ると、着替えを始めた。
◇
この日の放課後。
「さてと。今日の議題だが、これは次のテストに関することだ。まあ、平たく言うと、クラス全員のテスト勉強の面倒を見ろとのお達しだ」
狼は、溜息を吐きながら言った。
「面倒だね」
「面倒だな」
「ふん」
それぞれが、同じような感想を口にする。
「確かに面倒だがな、仕事なんだから仕方ないさ」
狼はそう言うと、書類の束を取り出した。
「とりあえず、クラス全員の入試成績を持ってきた。及第点の四十点を取れそうに無い奴をピックアップして、手分けして勉強を教えるんだ」
「馬鹿馬鹿しい……。大体、何故僕が馬鹿に勉強を教える必要がある?」
戸沢がいつもの、他者を見下したような目付きで、言い放った。
「そう言うな。とにかく、該当者を手分けして探してくれ」
狼は書類を五等分すると、それぞれに配った。
「こういう作業は苦手なんだけどなぁ……」
「右に同じく」
「口より手を動かせ」
◇
「大体終わったね」
縄文寺は、手元の書類を置いて言った。
「そのようだけど、残念ながら該当者はいないようだ」
戸沢が言う。その口ぶりからすると、いてほしかったのだろうか?
「皆、成績だけは立派なようで」
氷室、『だけ』は余計だ。
「ああ、そのようだな。ただ一人を除いては」
狼は、語尾を弱めながら言った。
「一人? それって誰よ?」
氷室が、耳聡く聞き取って突っ込んだ。隣で焦っている人物にも気付かず。
「お前らが、よく、知っている奴だ」
今度は、『よく』の部分を執拗に強調して言う。
「誰さ?」
「もったいぶるのは感心しないな」
「俺らのよく知ってる奴って誰?」
狼と、『よく』知ってる奴以外の全員が、狼を問いただそうとした。
「そこでオロオロしている奴」
狼の指差す先には、顔を紅潮させながらオロオロしている紗佐がいた。
「「……」」
全員が言葉を失った。一人は羞恥のため、一人は呆れのため、一人は驚愕のため、一人は侮蔑のため、一人は納得のために。その沈黙を破ったのは、狼だった。
「理科と英語は二十点台。一番マシな国語と社会で四十点ぎりぎり。数学に至っては十点に満たない」
もっともそれは、紗佐にとっては単なる追い討ちであったが。
「よって議題を変更する。議題は『上沼に及第点を取らせるにはどうすればいいか』だ」
その言葉が、止めとなっているのだが……。