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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
O―貪る。ナイツ
47/132

書いてから少し後悔

 ……その夜、狼達はといえば。


「狼きゅーん!」

「やめろっての!」

 色々とドタバタしていた。具体的に言うと、闇代が狼に襲い掛かって抱きついている状態だ。

「はぁ~、やっぱりこうしてる時が一番落ち着くなぁ~」

「だーかーらー、離れろ!」

 闇代の腕の中でもがく狼。だが、霊術を用いて驚異的なまでに身体能力を強化した彼女の前では、無駄な足掻きである。

「んもう、恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

「そういう問題じゃないし寧ろお前が恥じろ!」

「大丈夫。知ってる人しか見てないから」

 その二人の傍らでは、優と一片が夕食を取っていた。抱き合う(一方的に抱きつかれている)二人を観賞しながら。

「そっちのほうが問題だ! 却って恥ずかしいわ!」

「いいじゃないですか。プライベイトなんですから」

「問題ないな」

「問題しかねえよ!」

 割と、闇代が下宿してきた最初の方からこの調子だった二人は、今ではただの観客と化している。彼を助けることはないだろう。

「でも、お腹すいたなぁ」

「だったら離せ!」

「狼くん、食べさせて」

「砂鉄食わしてやる」

「ありませんけどね、砂鉄」

 因みに、今日の献立は豚の生姜焼き。ご飯が進むおかずである。

「ならその辺の砂を食わす」

「その状態で出来るのか?」

 一片が指摘したように、狼は足の自由を奪われている。そんな嫌がらせなど、出来るはずもない。

「それに、そんな体勢で食べさせてもらうのはお行儀が悪いですよ」

 狼は、助かったと思った。優の言葉は、闇代の行為を咎めているのだ。これで闇代が離れてくれれば、と願った。だが、

「食べさせてもらうなら、口移しにしてください」

 現実はそう、甘くはなかった。いや寧ろ厳しかった。

「何事態を悪化させてんだよ!?」

 狼は力の限り叫んだ。まあ、保護者の発言としてはどうかと思うが。

「まあまあ。欲求不満は溜め込まないに限りますから」

「お前には子供に道徳とか羞恥心とか倫理観とかを教える気はないのか!?」

「私の基準では、高校生は大人ですから」

 訂正しよう。この人は保護者としてどうかと思う。

「大体なぁ!」

 と言ったところで、狼が咳き込んだ。先程から叫び続けていたのだ。無理もない。

「大丈夫?」

「元はと言えば、お前のせいだろうが」

 今度は喉を刺激しないように、声を抑えて言った。

「それにしても、狼君って温かいよね」

 彼の胸に顔を埋め、深呼吸をする闇代。これでもかってくらいに甘えてるな、こいつ。

「はぁ~、狼君の匂い、嗅いでるとすごく落ち着くよ」

「何か物凄く不愉快なんだが……」

 狼は最早、抵抗することさえ諦めていた。闇代にされるがままだ。

「じゃあ、わたしの匂いも、嗅ぐ?」

「『じゃあ』って何だよ『じゃあ』って?」

「えっ、わたしばっかり嗅いでて、狼君も嗅ぎたくなったんじゃないの?」

「何でそうなる?」

 幼女の体臭嗅ぐとか変態か。

「だから幼女じゃないってばっ!」

「お前は誰と話してるんだ?」

「そんなことより、狼君もわたしの匂い、嗅いで」

「嫌だ」

「嗅いで」

 そう言いながら、彼の鼻に頭を押し付ける闇代。しかし、勢いあまって頭突きとなってしまった。

「痛っ!」

「あっ、ごめん……」

 鼻を押さえのた打ち回る狼。さすがの闇代も彼を放した。

「っと、今のうちに―――」

「逃がすかっ!」

「何故!?」

 解放された瞬間を狙って食事にありつこうとするも、またもや闇代に抱きつかれる狼。

「なあ、ほんといい加減にしてくれよ。てか、お前は腹減らないのか?」

「狼君酸無水物を補給してるから大丈夫」

「俺無水物なんか!? 別に干からびてないぞ!」

「水以外の部分を吸収してるの」

「俺の浸透圧を下げる気か?」

 それ以前に、狼君酸無水物なんてないけどな。

「そんなにお腹が空くなら、わたしの匂い嗅いだら?」

「匂いネタ止めろ」

 大体、匂いで腹は膨れない。

「食べないなら片付けますよ」

「食うって言ってんだろ。こいつをなんとかしてくれ」

 と言って、何とかなった例がない。

「それなら適当にいちゃついてください」

「聞けっての!」

 狼の声も虚しく、優は彼の夕食を片付けてしまった。

「ったく、お前のせいだぞ」

 胸元の闇代に視線を落とす狼。しかし闇代は、さっきまでと違い急に静かになっていた。

「ねえ、狼君」

「何だよ?」

「狼君って、やっぱり優しいんだね」

 突然の言葉に、狼は一瞬硬直した。

「お優さんを、励ましてたよね」

「聞いてたのかよ……」

 どうやら、昼間のアレを闇代に聞かれていたようだ。何だか気恥ずかしくなる。

「お優さん、少しは楽になったのかな?」

「さあな。あいつは無駄に責任感が強いから、まだ引き摺ってるかもな」

「できることならあるぞ」

 食事を終えた一片が二人の元へ来る。

「お前も聞いてたのか?」

「この家は壁が薄いせいか、大きな声は良く聞こえる」

 盗み聞きではなく、不可抗力の様子。物は言いようだが。

「それはともかく、もし何かしてやりたいと思うなら、できることくらいはあると言っている」

「何だよ? その何たらとかいうのを、俺たちで倒すってのか?」

「そうダ」

 半ば予測していた返答。故に驚きはない。

「早い話が、そういうことダロウ」

「簡単そうに言うけどなぁ、俺はお前らと違って、特に能力もない一般人なんだぞ?」

「飾闇代と対等に渡り合ったと聞いているが」

 あの喧嘩のことだろうか。あの時は彼女が手加減していたはずだが。

「相手がこいつより強かったらどうするんだ?」

「その時考えろ」

「お前、結構考えないで行動するタイプだろ?」

「気にするな」

 案外、後先考えない熱血タイプなのかもしれない。結構簡単にキレるし。

「聞いた限りでは、触れなければただの人間と同じらしい。触れたとしてもこれがある」

 一片が示したのは、優から渡されたお守り。吸血何たらに強くなるらしい。

「けど、それだって必ず効くとは限らないだろ」

「気休めくらいにはなるダロウ」

 しかも何か強引だし。いつになくアグレッシッブだ。

「まあ尤も、お前如きに何か出来る訳もないが」

「悪かったな」

 不貞腐れる狼。しかし、その顔には笑みが覗いている。

「けどまあ、何もしないよりかはましか」

「うん」

「そうダロウ」

 頷きあう三人。ちょっと前まで、いがみ合っていたとはとても思えない。

「まあ、どうやって見つけるかは明日にでも考えるとして、今日はもう休んだほうがいいな」

「だな」

「うん」

 何というか、人とは不思議なものだと思う。



 ……優は、その会話を聞いていた。

「……何て、幸せ者なんでしょうか、私は?」

 感極まって、涙を流している優。

「こんなに心配掛けてしまったのに、それでも私のために何とかしようとしてくれるなんて……。ほんとに、恵まれすぎてます」

 子供達にどれほど慕われているのかを実感して、ここまで感傷的になる人も今時珍しいな。

「ですが、やっぱりこの件は私自身で対処しないとです」

 自分を支えてくれる人達のため、新たに戦う決意をする優であった。

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