向坂狼の受難②
……数分後。
「……」
狼は、無言で家路に着いていた。一見普段の彼と相違ないように見えるが、何処と無くいつも以上に無気力にも思える。
「大丈夫? なんか、明らかにやつれてるけど」
縄文寺が心配そうに狼の顔を覗き込む。しかし今の彼には、答える気力すら、残っては居ないらしい。
「ほんとに大丈夫なの?」
闇代も彼の顔を覗き込む。さすがに心配しているようだ。
「……」
狼は相変わらず無言だが、目付きがやや鋭くなった。一応、周囲は見えているのだろう。これなら、何かにぶつかったり、溝に落ちたりしないだろう。
「にしても、羨ましいなぁ」
「……」
氷室の言葉には無反応。
「この分だと、暫くは登校拒否かもね……」
「なんで?」
闇代は何も分かっていないようだ。言うまでもないのだが、彼は今日一日だけでこの調子なのだから、とても毎日は耐えられないはずだ。
「なんでって、学校行くたびにこんなになるんじゃあ、とても通うのは無理だって」
縄文寺も同じ説明をする。面倒だな、このシステム。
「うーん……。となるとやっぱり、狼君には先に言っておこうかな」
闇代は狼の前で立ち止まった。それに気づいたのか、狼も立ち止まる。
「……何だ?」
狼はかろうじて、それだけ口にした。
「実はね、わたし、実家が遠いの。だからね」
闇代は躊躇うことなく、
「だから狼のお家に、お世話になることにしたの」
その可愛らしい口から、超巨大爆弾を投下した。
「「……は?」」
闇代以外の、その場に居た全員が彼女の台詞を理解できなかった。というか、認識できたのかどうかも怪しい。
「えっと、つまり……。今日から狼君とは、学校でも、お家でも、ずっと一緒ってこと」
それに気づいた闇代が、補足説明する。勿論笑顔で。←ここ重要。
「……」
狼は額を押さえた。冗談じゃない、とでも言いたげに。
「……大変だね」
縄文寺は、当たり障りの無い感想を述べる。
「……ってことは、うるっちパラダイスか?」
どこかずれた解釈をした氷室。というか、お前ほんとに大丈夫か?
そうこうするうちに、一行は『虹化粧』に辿りついた。
「……」
狼は、無言で店の戸を開けた。
「お帰りなさい」
優が出迎える。因みに今日は普段着だ。
「お優さん、お邪魔します」
縄文寺が、狼に付き添うように入ってきた。
「はい、どうぞ」
それも笑顔で迎える優。
「お優さん、今日も綺麗っすね」
氷室がそんなことを言う。
「それより、入るなら早くしてくださいね」
優は笑顔で受け流した。氷室の心の中で何かが折れたが、気にしない気にしない。
「お優さん、今日からお世話になります」
礼儀正しくお辞儀をしてから店に入る闇代。
「こちらこそ、今日からよろしくお願いします」
礼を返す優。
全員が入ったのを確認すると、優は店の戸を閉じた。
「そう言えばさっき、闇代ちゃんの荷物が届きましたよ」
優は、店の一角に置いてある大きな鞄を指しながら言った。大きなというか、人には持てそうにない大きさだが、どうやって送ってきたのだろうか。
「あっ、届いてたんだ。ありがとう、お優さん」
もう一度ぺこりとお辞儀をする闇代。
「それと、もう一人も到着しましたよ」
「「もう一人?」」
優以外の、その場に居た全員が、頭の上にはてなマークを浮かべた。少し前にもこんなシーンがあったような気がする。
「ええ。確か、今日あなた達の学校に転校する予定だったそうですよ」
何故に、今その話が……?
「いたんだ、例の転校生……」
「こんなとこに……」
「何で……?」
「……」
この辺の細かい描写は割愛する。
「あら、瞳君。丁度良かった」
優は、店と住居部分を繋ぐ通路に目を向ける。するとそこから、一人の少年が顔を出した。
「……お前」
狼の目が、正気を取り戻した。
「あなたは……」
闇代は、表情を驚愕に染めた。まあ、それは至極当然の反応である。何せ彼は、つい先日闇代と対峙した、あの少年なのだ。
「……来たか」
少年はそれだけ言うと、奥に引っ込んでしまった。
「……何だったんだ?」
氷室が、間抜けな顔で呟いた。
「……さあ?」
縄文寺の反応も、似たり寄ったりだ。彼らはこの少年とは初対面なので、この反応も仕方ない。
「あの子はですね」
と、優がフォローに入る。
「名前を一片瞳君と言いまして、今日からうちに下宿することになりました」
その言葉に対する各々の反応は様々だったが、狼はただ、
「俺、家出しようかな」
と、本気で思ったりした。




