三色同順
……翌日の土曜日。
「~♪」
鼻歌を歌いながら店のテーブルを拭いている優。少年によって壊された店も、既に殆ど修復されている。
「いらっしゃい。でもまだ開店前ですよ」
入り口から誰かが入って来て、優はそちらへ顔を上げる。
「あら、どうしたんですか?」
その人物の姿を認めた優は、目線で席に着くよう促す。
「もしかして、人生相談とかですか?」
調理用のカウンターに入り、なにやら色々と用意している模様。
「下宿ですか? 学生さんは部屋と共用風呂、三食付で家賃ただの好条件ですよ。残り一人なので、出来る限りお早めに」
何だそのボランティア精神はと突っ込みたくなったが、今は止めておこう。
「そうですか。なら、そういうことで」
どうやら、一発で決まったようだ。
……その頃、狼と闇代は。
「もう帰るのか?」
「うん。ていうか、駅まで見送りに来てくれたのに、今更そんなこと訊くの?」
二人は『虹化粧』から一番近い駅にいた。これから帰る闇代を、狼が見送りに来ているのだ。
「それもそうだな」
二人の歩みは、改札口の手前で止まった。改札といっても、ここは無人駅なので切符がなくともホームまで入れるのだが。
「ほんとにここまででいいのか?」
「うん。だって、電車の時間、まだあるし。それに、あんまり一緒にいると別れるの辛いから」
振り向き、狼と向かい合う闇代。そして、目一杯の笑顔を彼に向ける。
「よく考えると、まともに顔をあわせてたのって、ほんの一日くらいなんだよね」
「そういやそうだよな」
とてもそうとは思えないが。
「それだけ、狼君との時間が新鮮だったってことなのかな?」
「さあな。けれど、俺もそんな気がしないでもない」
「狼君……」
直後、闇代が狼の胸に飛び込んできた。
「お、おい……!」
「―――すぐに」
戸惑う狼の耳に、闇代の声が届く。
「すぐに、また逢えるから。だから、それまで待ってて」
顔を上げ、狼を見つめる。
「今は戻らないとだけど、また狼君に逢いに来るから。―――大好きな、狼君の元へ」
そっと狼から離れる闇代。そのまま、目も合わせずにホームへと駆けていく。
「……」
狼は、闇代を乗せた電車が駅を出るまで、ずっとそこに佇んでいた。
◇
……休日を挟んだ月曜日。
「で、それでおしまいと?」
氷室が問うた。
「ああ。んで、闇代の奴はもう帰った」
対する狼は、興味が無さそうに返した。
狼は先程まで、先日の出来事の顛末(闇代との別れは除く)を皆に話していた。それが終わるといつものように、気怠そうに頬杖をついていた。
「だが、この前のニュースではただの突風だと報道されていたが?」
戸沢が言った。非科学的な考えが嫌いな彼は、そういった話は可能な限り否定したいのだろう。まあもっとも、それなら話に加わらなければいいのだが、そこには突っ込まないで欲しい。
「そんなもん、あいつが警察とマスコミに根回ししたからに決まってんだろうが」
謎の超常現象が起こったと発表するより、自然災害としたほうが事態の収拾もつけやすい。警察のそんな理由もあったのだろうと思われる。だとしても、警察に根回しできるとはどんな人物なのだろうか、優は。政治家か、その手の人物にコネがあるのか。……考えても、分かりそうに無いので話に戻ろう。
「まあそれはそれでいいとして。で、結局どうなったん?」
「何がだよ?」
「闇代ちゃん。帰る前に何もなかったのかなと思ってさ」
「何も無い」
氷室の問いに、間髪入れず答える狼。そんな彼の様子に、氷室は食い下がる。
「何もないなんてことはないでしょ?」
「ないったらない」
「またまたぁ~」
「ないもんはない」
「ほんとは何かあったんじゃないの?」
「しつこい!」
怒鳴られる。
「もう終わった話だ。もういいだろ?」
とは言うものの、実際に何もなかったわけではない。しかしまあ、隠したい気持ちも分からなくないが。
「それよか、上沼の奴はどうしたんだ?」
紗佐は、自分の席で呆けていた。狼達の会話に耳を傾けるでもなく、ただ無為に時間を過ごしているように見える。
「さあ。あたしも気になってたんだけど、話しかけても無反応なのよね」
「そうか」
やはり彼女も、今回の件で色々とショックを受けているのだろうか。単に眠くてぼんやりしているようにも見えるが。
そうこうしている内に、チャイムが鳴った。




