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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
M―視える。ナイツ
34/132

終焉はあっさりと

  ◇


「てな感じで任せたから、とりあえずあいつにやらせてやってくれ」

 狼は、闇代との作戦会議の内容を優に話していた。

「ふーん。だったら、そうさせてもらうけど。私の働きが単なる時間稼ぎになっちゃうのは不本意だけど」

 優は刀を地面に突き刺すと、闇代のほうへ目線を移す。

 闇代は両手にそれぞれ空の鞘を握り、少年へ向かってゆっくりと歩いている。対して少年は、無言で彼女に銃を向けるのみである。

 闇代が右手を振り上げると、地面に刺さっていた霊刀が浮き上がり、彼女の両脇で静止した。

「飛行型の霊刀……。前にも何度か除霊師と会ったけど、あんなタイプのは始めてみるわね」

 除霊師の少女と退魔師の少年が、互いの武器を手に対峙する。緊迫した沈黙が辺りを支配し始めたかに見えたが、それより先に両者は動いた。

 少年は風を放ち、周囲の砂を舞い上がらせる。しかし闇代は、突然の目隠しにも怯むことなく疾走。体格に不釣り合いな、既に人のレベルを超えた速度で少年に肉薄すると、二本の刀を引き連れて彼の懐へ飛び込む。

「……っ!」

 風の守護を勢いだけで強引に突破し、鞘で少年の腹を突く。

「がはっ……!」

 突きの勢いでくの字に折れ、後方へ吹き飛ぶ少年。

 闇代は鞘を地面に突き刺すと、空いた右手を前へ突き出した。

「血に穢れし我が純潔を焼き払え」

 宙を舞う刀の片方が彼女の前で水平に静止し、刃を赤い光が包んでいく。

「無垢―火の舞!」

 掛け声と共に刀が振り抜かれ、纏っていた光が少年へ向けて放たれる。

 少年は特に構えることもなく停止している。彼女の攻撃は打ち消されてしまうと分かっているからだろうか。

 光が少年の眼前で弾ける。少年はそれを見届けると、闇代に銃を向けようとした。

「……!?」

 しかし、彼の右手は微動だにしなかった。見れば、少年の右手を赤い結晶のようなものが覆っている。水晶―――いや、色はついているが恐らく氷だろう。氷が、彼の腕に張り付いているのだ。

 闇代は地面に刺した鞘を再び手に疾走を再開する。向かう先は少年ではなく、彼の後方。背後を取ろうとしているのだろうか。

 少年もそれに気づき振り返るが、向けた右手は凍てついたままで指一本動かず、引き金を引くことさえ叶わない。既に闇代は左手を彼に向け、新たな技を繰り出そうとしていた。

「血に穢れし我が純情を洗い流せ」

 彼女の前で先程とは違う刀が縦に静止し、刃を青い光で染めていく。

「無垢―水の舞!」

 振り下ろされた霊刀から青の斬撃が放たれる。少年は横に飛んで躱すが、斬撃は軌道を変え少年を追いかけてくる。

 さすがにホーミング機能までは想定していなかった少年は、追尾してきた斬撃を躱しきれない。光は少年の前で霧散したが、目に見えない冷気は彼の左手を確実に凍らせた。

「血に穢れし我が純真を集めよ」

 闇代の猛攻は止まらない。二本の霊刀が彼女の目の前で交差すると、それぞれ刀身が赤と青に染まっていく。

「無垢―炎氷の舞」

 飛び出す二つの斬撃。赤と青の色彩豊かな軌道が、少年の元へと続いていく。

 少年はやっとバーサーカー状態から元に戻ったのか、呆然とその輝きを眺めていた。


 二色の灯りが弾け、辺り一帯をその強烈な冷気で覆い尽くす。

 突然の冷気に驚いたかのように、周囲を霧が包み込む。その霧が晴れた頃、そこには四肢を氷漬けにされた少年と、それを見つめる闇代が立っていた。

「……やっと、終わった」

 闇代は両手の鞘を地面に突き刺した。すると、浮遊していた刀が独りでに鞘へと戻り、そして鞘ごと消えてしまった。

「……何故ダ?」

 少年が、口を開いた。

「何故、止めを刺さない? 俺は、お前の母を殺めたのダゾ」

「今更そんなこと言うの? あなたがしたことなんだから、あなたが責任を持たないとだよ」

「ああ、だから俺は、お前に敗れたなら潔く殺されようと―――」

「嘘」

 闇代の声に、少年の言葉は遮られた。

「そうやって、取り繕ったって無駄だよ。ほんとは全くそんな気ないくせに。あなたはただ、認めるのが怖いだけ。自分の弱さを、認めたくないだけ。だから負けるのも嫌。負けたくないから、さっきみたいに自分を殺して、本能だけで暴れ狂う。わたし達に対する負い目なんてこれっぽっちも感じていないくせに、もっともらしい理由で逃げたりしないで」

 続けざまに放たれる言葉に、少年は口を噤んだままだ。

「自分がしたことに責任が持てないなら、自分のしたことの重大さも分からないのなら―――退魔師なんて、やらないでよ……」

 闇代の声が、徐々に小さくなっていく。それは勢いで出た言葉の意味に気づいたからか、それとも溢れ出た涙のせいか。

「その辺にしときなさい、闇代ちゃん」

 優が闇代の肩を叩き、彼女を嗜める。

「あなたも、言い訳は見苦しいからやめて頂戴」

 そして少年のほうを向き、こう続けた。

「あなたにはあなたの事情があるんだろうから、今回の件については何も言うつもりはない。あなたがこの子にしたことも、私は当事者じゃないから口出しできないし。だけど、信念を貫いた結果だったなら言い訳なんて格好悪いし、許しを乞うより開き直ったほうがまだいいわ。殺されることで罪を償おうとか考えてるなら、それこそこの子に対する侮辱よ。だから、この程度で勘弁してもらえたことに感謝なさい。そしてできることなら、もう二度とこんなことはしないで。―――後悔、するくらいなら」

 優は少年に歩み寄ると、彼の手足を蹴って、覆っていた氷を破壊した。風はとうに止んでいる。

「さ、帰るわよ狼。闇代ちゃんも、今夜はうちに泊まってきなさい。もう遅いし、疲れたでしょ? ちゃんとゆっくり休んで、明日帰ればいいから」

 二人を引き連れ、帰っていく優。

「あ、それと。いつまでもそこにいると、警察に見つかるわよ。暫くは大丈夫なはずだけど、回復したら直ぐにでも立ち去ったほうがいいわ」

 途中振り返り、少年へ向けてそう言い残した。

「……言い訳するな、か」

 彼らが見えなくなった頃、少年は優に言われた言葉を反芻していた。

「かもしれないな」

 懐に手を入れ、最初のほうに出てきた石像(お地蔵さん)を取り出すと、地面に放り出す。

「となれば、これはもう不要ダ」

 そして、石像の頭部を撃ち抜く。すると、頭部だけでなく全身にひびが入り、石像は粉々に砕け散った。


 そんなこんなで、長い戦いが終わった。



 ……その後。


 ここは『虹化粧』の住居部分。その廊下に置かれた、今はもうアンティークと化した黒電話。その前に立つ闇代がいた。始めて見る黒電話に始めは戸惑ってはいたが、少し弄ると使い方が分かったのか、ダイヤルを回しだす。

《もしもし飾です》

 電子音の後に、若い男性の声が聞こえてきた。

「あっ、パパ? わたし。闇代だよ」

《闇代? 闇代ですか?》

 父親だったか。とてもそうとは思えない声だったが。

「うん。パパは今何してる? もうご飯食べたの?」

 闇代は嬉々と話しながら、受話器のコートを指に巻きつけていた。コードレスフォンが殆どである今では、もはや珍百景だ。

《食事はたった今済みました。それより闇代は? 用事は、終わりましたか?》

 親が子に敬語で、子が親にタメ口。どこかの二人を思い出す。

「……うん」

 先程とは打って変わって、沈んだ声で答える闇代。

《そうですか》

 対する男性のほうも、声が沈んでいる。

「でもねパパ。わたし、あいつをね……、許すことにしたの」

 闇代は、振り絞るように、言った。

《そうですか》

 先程とまったく同じ台詞。しかし、それに込められた思いは、まったく違う。

「それとね、ちょっと相談があるんだけど」

《何ですか?》

 それはね、と闇代は返す。そして、『ちょっと相談』の内容を話して、父親を驚かせたのだった。

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