何かサブタイ考えるの面倒になってきた
さて、俺は今そいつと戦っている。いや、正確には戦っていた。そいつの力で、俺の体はもう動かない。―――動いてはくれない。
「というわけで、大人しく負けを認めなさい。悪いようにはしないから」
負けを認めろ、だと……? ふざけるな。俺には、負けなど許されていない。―――許されるものか。負ければ、また元の木阿弥だ。またあの、嘲笑の視線に晒されることになる。そんなことが、あってはならない。
「……負けを認めれば」
奴は言った。俺の四肢にある、全ての筋肉を封じたと。その言葉通り、手も足も、石になったかのように動かない。―――ならば、強引に動かせばどうなるのだろうか。
「俺は、俺でなくなる」
俺は周囲の風を腕の周りに集めた。体が動かなくとも、これは有効らしい。
「それでは、意味が無い」
集めた風を、糸で紡ぐようにして束ね、硬化させる。そしてそれに、外側へ向けて力を掛ける。
「無意味でしかない……!」
勿論、少しの力ではびくともしない。だから全力で、圧し折るくらいの力で、引っ張った。
「ぐっ……!」
奴が苦悶している。強引に拘束を解こうとしているせいだろうか。
「はあっ……!」
最後の一押し。それで、腕の拘束は砕け散った。
「あぁっ……!」
小さな悲鳴。それと共に、足の拘束まで解ける。
「……やってくれるじゃない。今まで、これを解けた人はいなかったんだけど」
「言ったダロウ? これが俺の、真の力ダト」
どうやら奴も、結局はこの程度らしい。
「まったく……。攻撃で昏倒させるのは無理、物理拘束も駄目、挙句の果てはとっておきの秘策も精神力で全部粉砕。反則にも程があるわよ」
「絶望したか?」
「ええ、とんでもなくね」
この程度で絶望するとは。余程あの拘束を解かれたのがショックだったらしいな。
「折角、無傷で無効化してあげようと思ったのに……。これじゃあ絶望的ね」
「……!?」
何だ? 空気が、変わった……?
「こうなったら、腕の一本くらいは覚悟して頂戴」
何故だ……? こんなにも、手足が震えているのは。
俺に向けられた、白銀の瞳。―――向けられているのは、視線ではなく、殺意。殺気なんてレベルじゃない、『お前を殺す』という、明確な意志。まさか、たったそれだけだというのか……? それだけで、こんなにも体が震えるものなのか……? ―――怯えてしまうものなのか……?
「あなた程にもなると、本気で殺しに掛からなきゃ、倒せそうにもないから」
考えてみれば、俺は殺意を向けられたことがない。家の者は、俺を蔑みはしたものの、殺意なんか向けてこなかった。悪霊とは何度も対峙したが、悪霊には明確な意志などない。除霊師もそうだ。奴らは甘ったれた考えの持ち主で、人の命を奪おうとなどしない。つまり、今まで戦ってきた中で、俺が殺意を向けられたことは、ない。―――いつも俺が抱いているのは、こんなにも禍々しいものなのか……?
「破滅するとき、影名を語る」
その声と共に、奴の刀が黒く染まっていく。まるで奴の殺意を―――どす黒い心を表すかのように。
「恨むなら」
奴が一歩、前に踏み出す。対して俺は一歩、後退る。
「私に本気を出させた、あなた自身を恨みなさい!」
それが聞こえたのとほぼ同時に、奴は俺の目の前にいた。
「……っ!」
反射的に鞘を掲げると、そこに振り下ろされる強烈な衝撃。
「がっ……!」
勢いを殺しきれず、後方へ吹き飛ばされてしまう。
「なっ……!」
直後、まだ宙を舞っている筈の俺の前に、奴が現れた。
殺される。そう直感した。
しかし、
「えっ……!」
何故か奴が、俺の前から姿を消した。
地面を転がる俺。反射的に起き上がると、前方に顔を向けた。
奴は、ここより離れた場所に立ち尽くしていた。何があった? 俺は、切り殺されるはずじゃなかったのか?
「まったく……。我を忘れるなんて、らしくないわね」
奴は刀を下ろす。その刀身は既に、元の色に戻っている。これは、奴から殺意が消えたという意味か?
「そうだぜ、ったく」
声のしたほうを振り向けば、そこには少年が立っていた。自分と同じくらいだろうか。特筆すべき特徴のない、どこにでもいそうな少年。そして、その後ろには―――
「……」
飾闇代が、いた。




