闇代√へのフラグが立った
……対して、狼達は。
「あのね、狼君」
「何だよ?」
闇代は自分の胸に手を当て、狼をそっと見上げる。
「わたしのママね、ここにいるの。わたしの中で、ずっと眠ってるの」
「……」
彼女の話を、狼は静かに聞いている。
「ママね、あいつに、今お優さんが戦ってる奴に殺されちゃったの。そのせいでママは生きてられなくて、幽霊になって、わたしの中にしかいられなくなって……。大好きなパパに触れなくて、話せなくて、すごく悲しんでるの。……だからあいつは、わたしが殺さなきゃならなかったのに。ママの仇を討たないといけないのに。なのにわたし―――」
「……どうしたんだよ?」
狼は続きを促した。
「あいつを殺すの、躊躇ってるの。殺したくないって、殺さなくてもいいかもって、殺しても意味無いって。……わたし、親不孝なのかな?」
「何でだよ」
彼の言葉に、闇代は顔を上げる。
「お前の母親は、お前の中にいるんだろ? だったら聞けよ。殺して欲しいのか、どうかを」
「……無理だよ。もう対話も出来ないほど魂が崩れてるの。殆どわたしの魂と同化しちゃって、自分で自分が分からなくなるくらいに……」
「そうか」
狼は、ゆっくりと立ち上がった。
「なら、俺が決めてやる」
「え……?」
闇代はきょとんとしている。唐突過ぎて、理解が追いつかないのだ。
「お前が決められないなら、俺が代わりに決めてやる。お前は、誰も殺すな」
「何で……? ママを、殺した奴なのに」
「後悔するからだ」
即答する狼。
「んなことしたって、お前の母親は帰ってこないだろ。復讐なんて、単なる徒労に過ぎない。だからやめろ」
「でも―――」
「でも、じゃねえよ。大体、自分の娘に仇討ちさせる親なんていて堪るか」
狼はそう言うと、闇代のほうへ振り返る。
「それにだ。お前が殺したくないって思ってるなら、お前の母親も殺して欲しくないって思ってる筈だ」
「……うん。ありがとう」
闇代は、静かに立ち上がった。
「何だか、約束破っちゃいそう」
「約束?」
「うん。正確にはわたしが勝手に立てた誓い。わたしの中にはママがいるから。ママはパパが大好きだから、他の人を好きにならないっていう誓い」
「報われないぞ」
「それでもいい」
そして、闇代は軽い足取りで歩き出した。
「早くお優さんに加勢しようよ。殺さないなら、早く手を貸してあげないと」
「分かった」
狼も、それに続いた。
……優達のほうは。
「……」
「……」
互いに武器を構え、睨みあっている。優は刀を右手で握り、それに左手を添えている。対して少年は、右手の拳銃を優に向けつつ、左手の親指を握っている刀の鍔に当てている。
「……行きますよ」
優が刀を振り上げた途端、少年が発砲。腕に当たるが、掠り傷一つ付けることさえできない。
「水天―――」
突如、優の周囲に靄が掛かり、その姿が掻き消える。
「流るる清水の如く!」
その靄が刀に集まり、それを覆う。少年が狙撃するが、軽く弾かれてしまう。
「はぁっ!」
刀を横に構え真一文字に薙ぐと、剣先から細い何かが無数に飛び出した。その何かは束となり、巨大な水の塊となって少年を襲う。
「……くっ!」
少年はバックステップで躱そうとするが、僅かに間に合わず、足に命中してしまった。
「水蛇!」
優の叫びに応えるように、水の塊が糸状になって、少年を拘束する。
「こんなもの……」
拘束を解こうともがくが、そんなことではビクともしない。
優は刀を下ろすと、少年の元へ歩いていく。
「そろそろ降参してください。あまり手荒な真似はしたくないんです。あなたも丁度、我が子と同じくらいの歳ですから、尚更」
優は少年に近づきながら、そう語りかける。それは裏を返すと、『大人しくしないと容赦はしない』ということだろう。無論、少年もそれには気がついている。
「近づくな!」
少年の制止に構わず、優は進み続ける。少年は追い詰められていた。体を拘束され、銃もまともに扱えない。状況は圧倒的不利だ。
「……仕方ない」
少年は溜息混じりに呟くと、力なく銃を下ろした。
「どうするつもりです?」
優は訝るように問いかけた。歩みは既に止めている。
「降伏しているようには、見えないのか?」
「見えませんよ。あなたから、戦う気力が消えてませんから。むしろ強くなってます」
「……そうか。それならば」
少年は下げた銃を、手首を捻って真上に投げた。
「!」
優は咄嗟に刀を構えるが、それが役に立つことはなかった。宙を舞った銃は先を少年に向けると、トリガーを引いていないにも拘らず、弾丸が放たれた。
「……がっ!」
右腕が被弾し、肉が抉られ、血が噴出す。しかしその手は、落ちてきた銃を掴んで、そのトリガーを引いた。
「……ぐはっ!」
銃は相変わらず少年に向けられている。つまり、トリガーを引けば少年が撃たれる。そうすれば無論、少年にもダメージがある。そして、少年を拘束している水にも。
「しまっ……!」
優は咄嗟に水を修復しようとするが、少年はそれより早く逃れたしまった。
「……俺にここまでさせるとはな」
少年は右手でキャッチした銃のグリップ下部に、刀の柄を宛がった。
「これが俺の、真の力ダ」
そして柄が嵌った銃を、力強く抜き放った。




