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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
M―視える。ナイツ
20/132

訳分からない単語がずらずらと

  ◇


「ちょっと狼君! 放してよ!」

「じたばたするな」

 闇代は狼の肩の上で暴れていた。かなり取り乱している。

「だってお優さんが……!」

「あいつなら大丈夫だ」

 対して狼は至って冷静だ。優の身を案じている様子など、露ほどもない。

「そんな訳ない! あの人に、あいつと戦う力なんて……!」

「先に言っておくがな」

 闇代の抗議は、狼の声に遮られた。

「あいつは俺よりも、お前よりも強い。というか、地球上の全生物よりも絶対強い。だから気にするな」

「なんでそんなことが言えるの!? 普通の人なんだよ!」

「ああ。『普通の人』なら、絶対勝てないだろうな」

 狼は、何故か急に立ち止まった。

「でもな、あいつは『普通の人』じゃない。だから、問題ない」

「そんな筈、ないよ。だって、そんな人なら分かるもん、わたし」

 闇代は、今にも戻ろうとしていた。狼を蹴飛ばしてでも。

「お前さ、『多層世界理論』っての知ってるか?」

「え……?」

 しかし、急に脈絡の無い話を振られて、彼女はその足を止めた。

「何でもさ、全ての世界は複数の要素で出来ていて、それらは同じ位置に同時に存在しているらしいんだ。物を形作る『物質界』。力の流れである『磁界』。光なんかのある『光量子界』。魂を作る『霊質界』。そして、各界を結ぶ役割を持つ『マナ界』と、それらを統べる『空間界』。その中で『普通の人』が認識できるは前の三つと『空間界』だけだ。」

「うん、それだったら知ってる。でも、それが……?」

 闇代は続きを促す。というか、何故こんな突拍子もない話を知っているのか。除霊師には常識なのか?

「確か、幽霊は『霊質界』とかいうのにいるんだろ? そしてお前らが認識できるのもそれだ。あってるか?」

 頷く闇代。なるほど、幽霊には幽霊の固有世界があるらしい。

「でもな、あいつは残り一つ、古代から魔法の根源とされてきた世界、『マナ界』を認識できるんだ」

 闇代は、目をぱちくりさせた。急に話についていけなくなった模様。

「急な話の展開に、ついてけなくなったか?」

「……分かるもん」

 口ではそう言うが、彼女は実際、まったく理解できていない。今思い出したが、その理論自体も無名の学者が提唱したものだ。信憑性は欠片も無いと言われている。特に、『霊質界』と『マナ界』という、『普通の人』には認識できないものを含んでいたのだから当然だ。たとえその一つである『霊質界』を彼女が認識できたところで、得体の知れない世界『マナ界』が認識できず、理解できないのには変わりない。

「だから、大丈夫だ」

 そんな闇代の心情を知らぬ狼は、そう断言する。

「……うん」

 そう答える闇代だが、不安は払拭されていない。狼の話が飲み込めていない上に、相手が相手だからだ。全ての霊を無力化する。その相手に勝てる保障は、どこにもない。



 ……一方、優達は。


「お前に興味はない」

 少年は優に銃を向け、そのトリガーを引いた。

「……っ!」

 しかし、放たれた銃弾は優の左手で受け止められてしまう。

「生憎、私の皮膚は鉄板並みに硬いんですよ」

「だったらどうしたというのダ?」

 少年が不敵な笑みを見せる。優は訝りながらも、次の行動に移ろうとしたが、

「!」

 先ほど攻撃を受けた左手が、ぴくりとも動かないのだ。よく見ると、防いだ銃弾が手に張り付いている。

「鉛の矢。命中した対象を空間に固定する弾丸ダ。俺の意志で解かない限り、お前はその手を動かせない」

 ご丁寧に解説する少年。こちらが解説しなくて済むので非常に助かる。

「面白いですね。鉛の矢と聞くと、キューピットを思い出します」

「余裕ダナ」

 少年はまたしても銃を向けた。止めを刺すつもりなのだろう。

「当然ですよ。だって―――」

 優は左手を、思いっきり引っ張った。皮膚が剥がされ、僅かに血が流れる。

「な……!」

「隙あり」

 優は少年の懐に飛び込むと、鳩尾に拳を叩き込む。

「ぐっ……!」

 床を転がる少年。左手の刀を床に突きつけ、衝撃を殺す。

「……一つ提案があるんですが」

 優が少年に歩み寄ってきた。少年は銃で牽制する。

「場所、変えませんか? あまり店で暴れたくないですし、そろそろ誰か来ると思いますよ?」

 辺りを見回すと、確かに店の中は酷い有様だ。戸は砕け、テーブルと椅子が倒れている。店の外は大騒ぎになっているらしく、内にいてもその喧騒が伝わってくる。……何故今まで誰も来なかったのか、不思議に思う。皆自分のことで手一杯なのか、それとも周囲の人間が薄情なのか。どちらなのかは分からないが。

「……それには賛成ダナ。建物の中は動きづらい」

「なら、決まりですね」

 優達は、裏口から外に出ることにした。

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