第二ラウンドスタート?
……数分後。
「ん?」
狼はふと顔を上げた。
「どうしたの?」
闇代がそれに気付く。風呂からはとっくに上がっている。
「いや、誰か来たような気がしたんだ」
そもそもここは居酒屋(彼らがいるのは住居部分だが)なので、客が来ることは珍しくない。だが今日は定休日で、いつもなら開店前の時間だ。それだけではない。何やら、良くないことが起こりそうな気がした。
「狼、闇代ちゃん」
優がやって来た。何だか深刻そうな顔だ。
「今すぐ、逃げてください」
優がそう告げるのと、
「「!」」
その背後から爆発音がしたのは、ほぼ同時だった。
「見つけたぞ」
直後、銃を持った少年が姿を現した。
◆
……とりあえず、少し前に遡る。
「ここでいい」
少年は右手で紗佐を制した。
「は、はい……」
それに従い、立ち止まる紗佐。
ここは『虹化粧』の入り口の前。
「ここからは、俺達の戦いダ」
少年は両腕を袖の中に引っ込める。そして、右手からは小型の拳銃を、左手からは鞘に収められた短めの刀を、それぞれ取り出した。
「下がっていろ」
少年は拳銃を戸に向けると、引き金を絞った。
紗佐は静かに後退る。その顔に映るのは、果たして恐怖か、それとも後悔か。
少年は、紗佐が退いたのを確認すると、引き金を引いた。
「多重散乱」
銃から放たれた銃弾は戸に着弾すると、一つが二つに、二つが四つに、四つが八つに、瞬く間に増えていき、やがて戸を埋め尽くした。
「爆」
少年の声に応えるように、銃弾が光りだす。
「!」
直後にそれらが爆発。発生した爆風が、紗佐に吹き付ける。
「うっ……!」
紗佐はそれに耐え切れず、そのまま吹き飛ばされた。
爆風は尚も衰えず、周囲の建物のガラスを割り、人を吹き飛ばし、看板や車、落ちている石ころすらをも凶器に変えて人を、建物を、地面のアスファルトを、傷つけ、穿っていく。
「見つけたぞ……」
少年はそれに目もくれずにに、店に飛び込んだ。
「何が起こった……?」
狼は周囲を見回した。自分の隣では、闇代が伏せている。おそらく無傷だろう。そして前方、優が闇代と同様に伏せている。そちらも無傷と考えていい。更にその前方、少年が立っていた。歳は自分と同じくらい。右手には拳銃を、左手には抜かれていない刀を、それぞれ握っていた。
「誰だ、てめえは……!」
狼は武器を構えた。昼間に闇代と対戦したときと同じ、『疾風の雷花』アレグロ。攻撃速度に優れた武器だ。
「飾闇代を殺しに来た。と言えば、分かるか?」
少年は、右手に持った銃を、狼に向けた。
(決まりだな)
おそらく少年は、闇代の言っていた退魔師だろう。しかもこの爆発、彼女たちが持つという力とやらを使ったようだ。状況はあまり芳しくないらしい。
「させるかよ」
狼は少年を睨みつけた。
「そうか……」
少年は仕方ないとばかりに、銃の引き金が絞られ、
「残念ダ」
その言葉を手向けるように、引き金が引かれる。放たれた弾丸は、音速を遥かに超えて進む。
「どうなっている……!」
しかし弾丸は、空中で留まってしまった。
「させませんよ」
「!」
優が立ち上がっていた。いつもの優しい目線は、鋭く突き刺す厳しいものに変わっている。
「大切な我が子を、傷付けさせはしません!」
優は静止した銃弾を握ると、床に叩きつけた。
「狼、闇代ちゃんを連れて、逃げてください。ここは私が、何とかします」
「……分かった」
狼は、闇代を担ぎ上げると、奥へ向かった。裏口があるのだ。
「逃がさない」
少年は再び引き金を引いた。銃弾が狼目掛けて飛んでいく。
「はっ!」
「なっ……!」
だが優は、それを掴んだ。音速を超えて飛んでいるにもかかわらず、あっさりと。しかも素手で。
「先に言って置きますけど」
優は少年を見据えると、
「私は、愛する我が子のためなら、容赦も遠慮もしませんよ」
床に、掴んだ銃弾を叩きつけた。