鎌倉幕府は1192年説よりも1185年説を推したいと思う
◇
……そして再び、『虹化粧』では。
「狼、そろそろお風呂に入ったらどうですか?」
「まだ六時だぞ」
狼が床に寝転がりながら答えた。夕食の後は、居間でゴロゴロするのが彼の日課だ。
「じゃあ、闇代ちゃんは?」
「それじゃあお先に」
闇代は狼のほうへ振り向くと、
「覗かないでね」
と釘を刺した。
「絶対覗かねえ」
「ほんとに?」
「地球を焼き尽くす核兵器の起動スイッチ片手に脅されてもやんねえから、安心して入ってこい」
「むぅ……」
露骨に顔を顰める闇代。何か不満でもあるのだろうか。
「何だよ?」
「そこまできっぱりと否定されると、何か傷つく」
「知るか」
狼は傍にあった雑誌を手に取ると、パラパラと捲り始めた。
「お行儀悪いよ」
「自分の家で寛いで何が悪い」
「お客さんの前だよ」
「関係ねえよ」
「そんなんだと、いつまで経っても彼女できないよ?」
「要らねえよ、そんなもん」
狼が読んでいる雑誌のページは丁度、『男の一人暮らし』という特集だ。負け惜しみと言わんばかりに『男に女は要らない』という一文が連発されている。ライターの身の上が窺える記事である。よく通ったな、この記事。
「でもさっきの子、上風ちゃんだっけ? あの子はいいの?」
「何言ってんだ? あいつはただの幼馴染」
「本当に? 本当にただの幼馴染なの? 一糸纏わぬ姿を見せ合った仲じゃないの?」
「どっからそんな考えが出て来るんだよ」
彼女の妄想を受け流すと、再び雑誌に目線を落とす狼。
「じゃあ、どこまでいったの?」
しかし彼は、反応を示さない。
「良い国作ろう」
「……」
「もう、そこは鎌倉幕府って答えるところだよ」
「……」
「無視?」
「……」
まったく意に介さない狼。聴覚を完全に遮断したものと思われる。
「……もういい」
闇代は諦めて、入浴の準備に取り掛かった。