何この喧嘩は?
狼は一息吐くと、優が入れたお茶を啜った。
「大体の事情は分かった。要はそいつを止めて、霊を暴走させなければ、今回の件も解決する、と」
「無理だよ……。だって、わたしもまったく歯が立たなかったんだから」
闇代は、俯きながら、消え入りそうな声で言った。
「そんなに強いの?」
縄文寺が尋ねる。
「うん……。わたしの力が、まったく通用しないんだもん」
「力?」
「うん。除霊師や退魔師には、戦闘用の力が備わっているの。それが、あいつにはまったく効かないの」
「力、か……。まあ、こいつのは大したことないんだろうけどな」
「そんなことないもん!」
闇代は頬を膨らませながら反論する。
「狼君みたいに意地悪で性根の腐った人には分からないかもだけど、こっちの業界では『暴れん坊乙女』の異名だってあるんだから」
「単なるじゃじゃ馬娘じゃないか」
「八代将軍のほうだもん!」
徳川吉宗か。
「とにかく、わたしよりも弱っちい狼君じゃあ、あいつは倒せないの!」
「言っとくけどな、俺だって武道全般出来るんだぞ。お前みたいなチビに『弱っちい』とか言われたくないっての」
狼は何故かそんなことを言い出した。
「わたしは柔道の世界チャンピオンを気絶させたもん」
「嘘吐け」
「ほんとだもん!」
闇代は涙ぐんでいた。信じてもらえないのが、余程悔しいのだろうか。
「わたしのママは、何も力がないのに、身体能力だけで戦い抜いてきたんだもん」
「それはお前の話じゃないだろ」
「パパは、ママより強いって、言ってくれたもん……」
闇代の表情は徐々に沈んでいる。虚勢を張る元気もないのだろう。
「虚勢じゃないもん!」
おっと、聞こえていたらしい。
「そんなに信じられないなら……、その目で確かめてよ」
上目遣いの闇代の目は、悔しさが滲み出ていた。本人が聞いたら怒るだろうが、小さな子供が拗ねているようにも見える。
「分かった。表に出ろ」
それを聞くなり、闇代は外に飛び出していった。
「ちょっと、あんたまさか、女の子に暴力振るうつもりなの?」
縄文寺が狼の腕を掴んだ。
「あいつがそう言うんだ。仕方ないだろ」
狼はそれを振り切って、外に出た。
◇
……人通りの多い所では他人の迷惑になるとのことで、近くの公園ですることに。
「まったく、ほんとにやる気なのね……」
縄文寺が嘆息するが、当の二人は本気のようだ。
「いつでもいいよ。来て」
闇代は重心を落として、両手を垂れ下げながら構える。
「ああ」
狼は右手を真横に突き出すと、
「『疾風の雷花』」
それを後ろへ反らし、
「アレグロ!」
投球の要領で、何かを投げ飛ばす。
「……遅いよ」
が、既に闇代の姿は掻き消えている。
「なっ……!」
狼は咄嗟に前へ飛び出し、そのまま前転する。刹那、彼の背中を闇代の足が掠める。……闇代が、彼の背後から回し蹴りを放ったのだ。
彼女が次の行動に移る前に、その左側から何かが飛来する。
「ぐっ!」
闇代の姿が再び掻き消え、少し離れた所に現れる。一方の狼は体勢を立て直し、闇代を正面から見据える。
「遅いんじゃなかったのか?」
闇代は左肩を押さえ、何でもない風に見つめ返す。
「でも狼君も、背中に一発、受けてるよね……?」
「問題ない」
狼は平然と答えるが、実際は背中に痛みを感じていた。……掠っただけでも、十分なダメージを負っているらしい。
「……それにしても。まさか、こんなにも早く捕らえられるなんて」
「アレグロは、音速で相手を貫くからな。代わりに殺傷力が低いが」
狼は、矢尻のようなものを示していった。狼の通う学校に伝わる、例の武器の一つ『疾風の雷花』アレグロだ。
「ふーん……。そんなに凄い武器があるんだね」
「別に、望んだわけじゃないけどな」
そう言う狼は、どこか儚げで。
「でも―――」
闇代は肩から手を離すと、
「負けないよ」
再び疾走を始めた。
狼は再び、前方に武器を放つ。……放ったはずだが、
「どこ狙ってるの?」
「!」
それは弧を描いて、背後から狼の背中を、腹を、抉っていった。傷口から血が噴出し、彼の体を紅に染めていく。