大体いつもこんな感じですよね
◇
……更に数分後。
「もぅ……いきなり抓らなくてもいいじゃない」
「いや、ほんとすまん……」
赤くなった頬を擦る闇代に、狼は申し訳なさそうに頭を下げる。先程、寝ぼけていた狼は、一緒に同じ布団で寝ていた闇代を見て、彼女が勝手に自分の布団に入ってきたのだと勘違いをした。そして思わず、彼女のほっぺを抓ってしまったのだ。まあ、蹴られなかっただけマシだと思うが。
「大体、何で同じ布団で寝かせてたんだよ?」
「まあ、なんて言うか、なんとなくね」
狼に問われて、顔を背けているのは優。珍しく後悔しているみたいだ。
「にしても、我が子ながらつまんないわね。女の子と同衾してたんだから、もっと可愛い反応するか、獣になるかしなさいよ。あ、獣って言っても、獣人化じゃないわよ」
違った。期待外れでがっかりしていただけだった。しかも相変わらず、保護者に似つかわしくないことを言ってるし。
「そうだよ。もうわたしは狼君専用なんだから、狼君の好きなようにしていいんだからね。っていうか寧ろ滅茶苦茶にして」
「だっ、駄目だよそんなのっ! そんな羨まし―――破廉恥なこと、してもいいのは私だけなんだからねっ!」
「誰も破廉恥なことだなんて言っていないけどな」
「え、えっと……と、とにかく、駄目なものは駄目なのっ!」
ああ、なんかまた、いつものようなドタバタ状態に……。
「それはともかくとして」
そんな彼らの声を、優が遮った。
「そろそろ、お互いの事情を話し合ったほうがいいんじゃないかしら?」
言われて、狼と闇代、そして美也が顔を見合わせた。確かにまだ狼たちは、相手の内情をちゃんと知らないでいた。ここは一度、ちゃんと話しておく必要があるだろう。
◇
……彼らは一時間ほど掛けて、互いの事情を打ち明けた。狼は獣人化と魔術のこと、闇代は除霊師としてのこと、美也は自身の能力やそれによる過去、彼女の『聖剣』のこと、ついでに優や一片についても話された。そして残すは、『原始の聖剣使い』を倒したあの一撃のことだけだった。
「それで、結局あれはなんだったの?」
最初に疑問を投げかけたのは美也だった。彼女の言う『あれ』とは、言うまでもなく、最後に現れた光の塊である。確かに、あれは一体なんだったのか。
「ん? ああ、なんか不思議な感じだったよな」
「うん。なんだが、狼君と一つになったみたいだった」
そう語るのは、実際にあの現象を引き起こした張本人達二名。彼ら自身も、何が起こったのかよく分かっていないみたいだった。
「そっか。それについても話さないとね」
すると、優がポツリと呟いた。その様子からして、あの現象について、何か知っているのだろうか?
「その反応を見るに、あれはお前が仕組んだのかよ?」
「ううん、違うわ。っていうか、あれはそもそも仕組んで起こせるものじゃないし」
狼に問われて、優は首を横に振って否定した。それを聞いた狼と闇代は、不思議そうに顔を見合わせる。
優は少し間を空けて、説明を始めた。
「まず、あの現象の名前だけど。前にあれと似たようなものを使っていた人は、『ソウル・コネクト』って呼んでたわ」
「ソウル……」
「コネクト……?」
闇代と狼が声を漏らす。彼らにも何か思うことがあったのかも知れないが、優は気にせずそのまま続けた。
「具体的な定義はないわ。というより、定義出来るほど使える人がいないのよ。今までに使えたのは二組で、私が自分の目で見たのは一組だけ。使ったのはどっちも特殊な人達で、現象自体もかなり違ってたから、まともな共通点を見つけることも出来なかったの。ただ、それを使った人に言わせれば、『ソウル・コネクト』は愛の証らしいわ」
「愛の……証?」
なんか、唐突に変なフレーズが出てきたけど。
「そ。まず、『ソウル・コネクト』は一人では使えない。誰かと一緒にいないと駄目なの。そして、自分と強い絆を持った相手じゃないといけない。とりあえず、それが数少ない共通点で、愛の証たる由縁よ」
「なるほど―――だから、わたしと狼君なんだ」
その説明で、闇代は納得したらしい。そして頬を緩ませ、にやにやしながら、こう言った。
「やっぱり、あのキスが狼君の愛の証だったんだね」
「「え……?」」
あ、まずい、爆弾投下しちゃったかも……。
「キスって、何のこと……?」
「狼君ね、わたしにキスしてくれたの。……きゃっ!」
嬉しそうに、両手を頬に当てながら身悶えする闇代。すると美也は、まるで天使を思わせるような優しい笑顔を浮かべて、狼のほうを向いた。
「狼君……今の話、ほんと?」
「え、えっと……不本意ながら」
その微笑みに不気味な迫力を感じながらも、肯定する狼。
「あら、思った以上にやることやってるのね」
優はそんな感想を述べているが、問いかけた美也は硬直してしまって、さっきから動かない。そうやって、微妙な空気が辺りを覆いだしていたのだが、それを破ったのは意外にも美也本人だった。
「そうだ……私もっ! 私も狼君とちゅーすればいいんだ!」
「は……?」
言うや否や、美也は狼に駆け寄り、彼の両肩をがっしりと掴んで、こう迫ったのだ。
「狼君、今すぐ私とちゅーしよっ!そしてそのまま既成事実を作りに行こっ!」
「駄目ぇーーー!」
狼が答えるよりも早く、闇代がすっ飛んできた。そのまま二人の間に割り入らん勢いで掴みかかると、美也の両手を叩き落とす。
「狼君はわたしと結婚するんだから、そんなの絶対駄目!」
「おいこらちょっと待てやお前ら」
遅まきながら突っ込む狼だったが、彼女たちは既にヒートアップしてしまっていて、その程度では止まらなかった。
「何言ってるの? 私のほうが狼君と付き合いが長いし、彼のこと、沢山知ってるんだからね!」
「わたしだって、狼君のことなら何でも知ってるもん!」
「じゃあ、狼君の誕生日と、血液型と、中二の学年末テストの成績、分かる?」
「五月二十九日生まれのA型Rh+で、成績は国語72点、数学89点、社会75点、理科82点、英語91点、音楽62点、保健体育54点、美術30点、技術家庭科79点だよ!」
なるほど、芸術系の教科は軒並み点数が低いのか。……っていうか、なんでそんなに詳しく知ってるんだ? 聞いてきたってことは、美也もそれを把握しているのか?
「因みに三年の総合成績は国語3、数学5、社会4、理科4、英語5、音楽3、体育3、美術2、技術家庭科4だよ」
「そ、そんな、私も知らない三年生のときの成績まで……!」
どうして、まるで見てきたみたいにすらすらと出てくるのだろうか。まさか、家捜しをして成績表を手に入れたのか?
「他にも、五歳のときにしたおねしょの回数とか、トイレットペーパーの三角折が嫌いで見かけると元に戻してることとか、コンビニのポイントカードを作ったけど全然行かなくて未だに10ポイントしか溜まってないこととか、全部知ってるんだからね!」
「お前は俺のストーカーか!?」
五歳のときにしたおねしょの回数とか、本人も覚えてないと思うが。
「くっ……まさか、新参者がそこまで出来るとは」
「ふっふっふっ。これで、狼君のお嫁さんはわたしで決まりだね」
「決まってねぇよ!」
「それはどうでもいいけど。闇代ちゃん、ちょっと」
その会話を聞いてか、優が闇代に呼びかけた。
「もしかして、狼の記憶を持ってない?」
「う~んと……確か、『ソウル・コネクト』? をしたときに、狼君の記憶が流れ込んできたの」
その話を耳にして、優は納得したように頷く。
「やっぱり。『ソウル・コネクト』って、名前の通り、魂を繋ぐ技みたいだから。そのくらい出来ても不思議じゃないわ」
「じゃ、じゃあ、私は闇代ちゃんに、狼君デレ度だけじゃなくて、狼君知識量でも負けてるってこと……?」
なんと悲しきかな。ぽっと出に男を取られ、取り返そうにも、唯一のアドバンテージは消滅。がっくりと頭を垂れるしかない美也だった。……っていうか、狼君知識量って何? 狼に関する知識の量?
「で、結局どうなんだよ?」
「何がよ?」
ようやく女性陣が落ち着いてきたので、狼が優に問いかけた。しかし優は澄ました顔で問い返している。
「その、『ソウル・コネクト』とかいうの。やっぱり、それ見越して変なこと言ってたのか?」
変なこと―――つまりは、『愛の力』とか言ってたことか。しかし、優は首を振って否定する。
「言ったでしょ? あれは定義すらまともに出来てないの。そんな訳の分からないもの、狙って使えるようにするだなんて、いくらなんでも無理よ。実際私だって、あんたたちの周りに白い光が漂ってるのが見えて、初めて思い出したくらいなんだから」
まあ、その割には二人をくっつけようとしていたけどな。やっぱり、面白がっていただけだろうか。
「それじゃあ、細かいお話も終わったことだし、わたしは狼君と大人の階段上ってくるね」
「だ、駄目っ!」
闇代が狼の右腕をがしっと掴むと、美也が慌てて彼の左手を掴んで引き止めた。
「もぅ、わたしのほうが狼君知識量が多いんだから、狼君はわたしのものなの。だから、潔く諦めて」
「嫌っ! それに、たとえ狼君知識量で勝てなくても、体で誘惑するからいいもん!」
「いや、とりあえず離せよ二人とも」
そう言って、狼の胴体に自分の体(特に胸)を押し付ける美也。だが、狼は顔を顰めているだけで、効果はない様子。
「くっ……狼君はロリの道に落ちちゃっていたんだった! けど、私が狼君を、真っ当な性癖に連れ戻すから!」
「いや、色々間違ってるだろ」
「安心して。私そのうちボンッキュッボンになって、狼君をメロメロにするから」
うん、まあ、自主規制しなくていいならもう何も言うことないや(諦め)。
「っていうかお前ら、ほんといい加減離してくれよ」
「「嫌っ!」」
息ぴったり。完全なユニゾン。なんか、既視感があるんだけど……。
「「だって、狼君が大好きなんだもん!」」
「いいから―――はーなーせー!」
両腕をがっちりホールドする少女二人を、必死に振り払おうとする狼。何気に美也は告白しているのに、速攻でスルーされてるし。
「まったく、若いっていいわね……」
「見てないで何とかしてくれよ!」
狼争奪戦が徐々に激化していき、狼はなんだか形容し難い状態に陥っていく。しかし、それを見ている優や一片も、彼を助ける気配は皆無。そんな、いつもの日常が、もう既に戻りだしているのだった。
これで「クインテット。ナイツ」本編は終了です。最後まで読んで下さって、嬉しい限りです。そのうち日常編も再開するつもりなので、そのときにでも会いましょう。では、今回はこの辺で。