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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
S―破滅する。ナイツ
130/132

ご都合主義とか言わないで。ちゃんと計画通りだから。


  ◇


 目が覚めると、そこは戦場だった。地面はアスファルトを抉り砕かれ、亀裂が奔り、所々焼け焦げた跡が見受けられる。人の姿は僅か六つ。倒れた男女一組に、こちらを見上げる少年が一人、それから、戦場の中心で戦う三人。男一人を相手に、他の二人が懸命に動いていた。爆発に巻き込まれ、爆風や舞い上がる破片でダメージを受けながらも、必死に耐え、反撃に転じようとするその姿は、とても健気に見えた。

「……狼君?」

 声がしたほうへ振り向いてみれば、そこにはよく見知った顔があった。金糸の髪と愛くるしい造形に、高校生と呼ぶには矮小な体躯。右手で日本刀を握る彼女は、この数ヶ月間、とても濃密な時間を共に過ごしてきた少女。

「……闇代か?」

 狼が名前を呼ぶと、その円らな瞳が輝いた。

「うん」

 こくりと小さく頷く彼女は、紛れもなく、飾闇代本人だった。

「ねぇ狼君……獣人化、してるよ?」

「マジかよ……」

 自分の体を見下ろせば、腕も、胸も、腹も、両の足も黒い毛で覆われていた。この分だと、顔も獣の形をしているんだろう。前にこの状態になった際は理性を失って暴走したのだが、幸いにも、今回はちゃんと意識がある。

 なとど思っていたら、闇代が声のトーンを下げて、こう問いかけてきた。

「ね、狼君。……キスしたの、覚えてる?」

「……あれって、夢じゃないんか」

 夢の中で闇代に懇願されて、その場の雰囲気に流される形でついしてしまったのは覚えているのだが、それが実は現実だと知って、今更ながらに恥ずかしくなってくる狼。若干身悶えしながら頭を抱えている。

「どうだろ? 結構夢っぽかったけど……案外、現実なのかもね」

「どっちだ?」

 どちらでもいい、という感じに、闇代は首を横に振った。

「たとえ夢でも、狼君とキスしたのは変わらないもん」

「止めろ、恥ずかしい」

「恥ずかしくなんかないよ」

 更に照れる狼に対して、闇代はきっぱりと言い放つ。

「狼君はとっても価値のある、すっごく素敵な人だよ。そんな人からキスされたら、この上ないくらいに嬉しい。何も恥じることなんてない」

「……お前はどうして、そういう台詞を平然と言えるんだよ?」

 狼が闇代の惚れっぷりに改めて感心していると、闇代は霊刀から手を離し、ゆっくりと彼に近づいてきた。そして狼の前で立ち止まり、もう一度口を開く。

「―――ね。もう一回、しよ?」

「何をさ?」

 とぼけたものの、彼には闇代の言わんとすることが分かっていた。けれども敢えて、それに気づかない振りをしたのだ。

「キス」

「駄目だ」

 でもそれを、彼女は何の躊躇いもなく言ってしまう。それを見た狼は、半ば呆れた様子で首を横に振り、答えた。

「どうして?」

「どうしてって……あれは夢だったから、許しただけだ」

 不満げな闇代に、狼は歯切れの悪い返答をする。しかし、闇代はしつこく食い下がってきた。

「でも、あれって多分夢じゃないよ?」

「それでも、駄目ったら駄目だ」

「んもぅ……えいっ!」

 狼はとても頑なで、首を縦に振る素振りを見せない。そんな彼に痺れを切らしたのか、闇代は狼に飛び掛った。

「お、おいっ……!」

 突然抱きついてきた闇代を、慌てて受け止める狼。思いがけず抱き合う形になり、闇代はにんまりとしていた。

「キスが駄目なら、ハグ、しよ?」

「もうしてるじゃねぇか」

 ハグはいいのか、狼は特に抵抗しない。それが嬉しいのか、闇代は彼の胸に顔を埋めて、狼の匂いを堪能していたのだが……狼にはそこまで分からなかった模様。

「……で、いつまでこうしているつもりなんだよ?」

 狼の声に、闇代が顔を上げる。その表情は先程までと違って、真剣そのものだった。続く言葉も、真面目な声色で紡がれる。

「決まってるよ。―――終わらせるの、わたしたちで」

 その決意に、狼は静かに頷いた。

「なら、どうやってあいつを倒す?」

「簡単だよ。わたしと狼君、二人の力を合わせるの」

 闇代は簡単だと言うが、それは『力を合わせる』までのことで、『原始の聖剣使い』を倒すのは容易でない。それが分かっているからこそ、狼はその続きを待った。

「お優さんも言ってたけど、わたしと狼君なら、愛の力でどうにか出来るよ」

「恐ろしく不安になってきたな……」

 期待の割りに、返って来たのは曖昧な、作戦にすらなっていない方法。しかしその意見に反対する意思はないらしく、苦笑を浮かべながらも、狼は彼女に賛同しているっぽい。

「っていうか、そもそも俺たちって、どういう状況なんだよ?」

 今更ながら二人は、自分たちがいる場所の不自然さに気がついた。足元は白い半透明な床で、周囲には薄っすらと靄が掛かっている。そこから垣間見える地上では、幾度もの爆発が起こって、戦いの激しさが伝わってきた。今まで気づかなかったのは、目の前に大切な人がいたから、だろうか?

「多分だけど……わたしたち、おっきな霊体の中にいるんだと思う」

「霊体?」

 問いかける狼に、闇代はこくりと頷いた。

「この大きさだと大体悪霊なんだけど……これは、ちょっと違うみたい」

「で、結局どうすればいいんだよ? その霊体の中にいて、あいつを倒せるのか?」

 闇代は暫し考え、思考内容を纏めてから、答える。

「この霊体、わたしたちの『想い』で出来てるんだと思う」

「『想い』?」

「うん。だからね、わたしたちの『想い』を一つにすれば、この霊体()もきっと応えてくれるはず」

「んな簡単に言うけどな……」

 呆れたような、困ったような表情を浮かべる狼。一応現役除霊師の言うことだが、まったく具体性を帯びていない話なのだから仕方がない。

「ううん、簡単だよ」

 けれども闇代は、優しい口調で言った。

「とっても、とっても簡単。わたしの霊刀に、狼君が触ってくれるだけでいいから」

「そんなんでいいのかよ?」

 意外なほどに簡素な方法に、狼は驚きを隠せなかった。というか、ほんとにそれで何とかなるのか?

「いい、狼君? わたしの霊刀はね、今はわたしの魂で構成しているの。それに触れるってことは、わたしの魂を、心を鷲掴みにしているのと同じだから」

「そういうもんか……?」

「そういうもんだよ」

 未だに疑問は残るが、そういうことなら従うしかないのが現状だった。狼は釈然としないものの、渋々闇代に頷いた。

「じゃあ、触って?」

 すると、闇代の両脇に三本の霊刀が浮遊してきた。二刀一対の霊刀の他、御鎖那もある。狼に抱きつく際に邪魔だったからなのか、今まで離れていた模様。

「それならまあ、遠慮なく」

 促されて、狼は毛むくじゃらになった右手で、一番近くにあった霊刀へ手を伸ばした。鋭い爪の伸びた指が、刀の峰にそっと触れる。

「んっ……! はぁっ……!」

 狼の指が、刀身を緩やかになぞっていく。その度、闇代の口から色っぽい吐息が漏れ出した。

「ふぁっ、んっ、ぁっ……!」

「……お前、絶対態とやってるだろ?」

「ばれた?」

 まあ、いつものパターンですから。

「でも、触れられると、くすぐったいのは、ほんとなんだよ?」

「だとしても、そんな声出さなくてもいいだろ」

 そうやって言い合いながらも、左手も霊刀に触れていく狼。一度注意されたからか、闇代はもうふざけたりしなかった。

「……で、いつまでこうしていればいいんだよ?」

「うーん、やっぱりこれだけだと無理なのかな?」

「おい」

 これで大丈夫的なことを言っていたのはあなたでしょうに。

「やっぱり、三本共に触れてないと駄目なのかな?」

「いや、それは無理だろ」

 いくら狼が獣人化しても、腕は相変わらず二本のままだ。三本の刀に、同時に触れるのは難しい。もうちょっと位置を調整すれば出来なくもないだろうが。

「じゃあ、御鎖那は狼君の武器で触って」

「―――つまり、こいつに俺の武器を巻きつければいいのか?」

 狼は武器を全部呼び出した。『刈り取る命』サイズ、『双頭の龍』スピア、『砕ける旋律』ブレイク、『貫く頭蓋』ランス、『疾風の雷花』アレグロ。これまで、彼と共に戦ってきた、全ての武器がここにある。

「って言っても、どれにすればいいんだ?」

「折角だし、全部で」

「おいおい」

 けれども、(色々遊んでいたせいで)大分時間を消費してしまっている。こんなことで迷うのも馬鹿らしいので、狼は彼女の言う通り、全ての武器を使うことにした。

 狼の武器が、闇代の霊刀、御鎖那に触れる。御鎖那は丁度、狼から見て闇代の向こう側にいるため、まるで彼女を包囲するかのような形になる。

「じゃあ、狼君―――行くよ」

 互いに目を閉じ、心を一つに束ねようとする二人。果たしてそれは、彼らを取り込む巨大な霊体に、確実な変化を起こしていた。



  ◇



 戦場に、巨大な円筒が姿を現した。無垢なる純白の光が集まり、数十メートルにも及ぶ塔を築いているのだ。それは霊質なのか、物質なのか、それとも本当に光だけなのかも分からなかった。だが、少なくともその場にいた全員には認識することが出来た。

「あ、あれって……!」

 少女が一人、驚愕したように声を上げた。手にした弓を取り落としそうになりながらも、その輝きに目を奪われている。

「さ、あとはあの子達に任せましょう」

 そんな少女の肩を叩き、その場から離れようとするのは、茶髪と銀眼の人物。手にした刀を下ろして、退却の姿勢だ。

「待て……!」

 その後ろから、仮面の巨体が手を伸ばす。その表情は隠れていて読み取れないが、声は若干震えていて、その手は縋り付こうとしているかのようにも見えた。

「あら? もしかして、びびった訳? さっきまで散々余裕ぶってた割りに、自分よりも大きなものには耐性ないのかしら?」

 銀眼の人物―――優が、仮面男―――『原始の聖剣使い』に、皮肉混じりに言った。その言葉に、『原始の聖剣使い』ははっとして、自身よりも遥かに巨大な光柱に向き直る。

「そうだ、そうではないか―――我は最強。そんなものは所詮、見掛け倒しでしかない」

「そうかもね。じゃあ、せいぜい頑張ってね」

 少女と共に逃げてしまう優には目もくれず、『原始の聖剣使い』は右腕を前へ、新たなる敵に向けて突き出した。

「第百七の封印因子、姿を現せ」

 現れたのは、先程使った火炎放射器。即座に狙いをつけて、トリガーを引いた。鋼鉄をも溶かし兼ねない灼熱の炎が、轟音を伴って放射される。

「……くっ!」

 しかし、ここからでは距離がある上に、大きすぎる光の塊を焼き払うには、威力が全く足らなかった。それならばと言わんばかりに、『原始の聖剣使い』は火力をぐいぐい上げていく。

「おのれっ……!」

 更に効果を上げるために近づくが、それを嘲笑うかのように、光柱は平然としている。やがて、『原始の聖剣使い』の動きに焦りが見え始めた。それでも、懸命に突き進んでいく彼の姿は、今までの圧倒的なものとは程遠く、滑稽にさえ思えてくる。

 そして、事態が動いたのも、その頃だった。

〈〈無垢なる足枷(イノセント・バインド)!〉〉

「うぉっ……!?」

 突然、『原始の聖剣使い』の足元から、白い触手が生えてきた。光柱と同じ色彩を持ったそれは、『原始の聖剣使い』の腕を、足を、胴体を、絡め取って締め付ける。

「な、離せっ……!」

 もがき、暴れ、炎を乱射するも、触手は怯みさえしない。それどころか、更に体を伸ばしていき、『原始の聖剣使い』を高い所へ持ち上げていくのだ。

 命懸けの抵抗も、なんら効果を得ることなく、そのまま十メートル以上上昇した『原始の聖剣使い』。磔にされるような格好になり、最早抵抗すら諦めたらしい。

「ぬぐぅ……!」

 そんな彼の眼前で、光は新たな形を作っていく。それは、巨大な剣の姿。柱の前に、一本の剣を具現化させ、それをゆっくりと振り上げていく。

「や、やめろっ……! やめてくれ……!」

 『原始の聖剣使い』が懇願するが、剣の動きは止まらない。ただ、その無垢なる凶器を、振り翳すのみ。

〈〈無垢なる(イノセント・)―――〉〉

 剣先が後方三十度くらいまで倒れてから、動きが止まる。続く動作は、考えるまでもなく―――それを振り下ろす。ただそれだけだ。

「やめろぉーーー!!」

 必死な叫び声が、とても空虚に響き渡る。そんなもので、この一撃は揺るいだりしなかった。

〈〈愛の剣(エクスカリバー)!!〉〉

 そして、白き刃が下ろされて。

「うわぁぁーーー!!」

 『原始の聖剣使い』は、生まれて初めて、敗北というものを味わったのだった。

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