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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
S―破滅する。ナイツ
129/132

もうちょっと文章力があればなぁ、と思うのですが


  ◆



 それは、とても不思議な感覚だった。ついさっきまで、体中を強烈な苦痛が迸っていたのだが、今はもう、自分の体がどこにあるのかさえあやふやな状態なのだ。まるで、意識と感覚が切り離されたような気になってくるが、それでもただ一つだけ、確かなことがある。……そう、感覚がないはずなのに伝わってくる、この温もり。感覚器官を介さずに、魂に直接流れ込んでくる、暖かなエネルギー。それが更に、曖昧な自意識をぼやけさせてしまう。

 はて、自分は一体誰なのだろうか? 名前は? 性別は? 年は? そもそも人間なのか? ―――まったく分からない。『我思う、故に我あり』というが、それならば、この場合の『我』とは誰か? そんな知識は出てくるのに、自分に関する情報が一切思い出せない。

 辛うじて呼び起こせたのは、幼い日の記憶。大好きな家族に、笑顔と愛情を与えてもらった。けれども、そのとき自分は一人だった。

 同じ時間であるはずなのに、矛盾した光景が脳裏に映る。それを皮切りに、どんどんと蘇る、過去の日々。あるときは両親に抱かれて、しかしその頃は親がいなくて。周りには友達が沢山いて、でも一人の幼馴染しか傍にいなくて。日々の訓練にもめげずに頑張り、それでも心を閉ざしてしまいがちで。母親が目の前で殺され、ようやく人並みの生活が送れるようになって。母親の仇を取ろうと躍起になって、人間関係も落ち着いてきた。そして……母親を殺した少年を追いかけて、いつもと同じように帰宅しようとして。

 ―――わたしたちは、俺たちは、出会ったんだ。


 つまりは。最初から、『自分たち』は一人じゃなかった。ただ、それだけのことで。



「……ん」

 目を開ける。その動作は、普段よりもずっと楽に出来た。瞼が軽い、というよりは、瞼がなくなって、代わりに眼球を覆っていたカーテンが開けられたかのようだった。

「……ぁ」

 視界を埋め尽くしたのは、一面の白。穏やかで、やわらかい、純白の光だった。その仄かな輝きは、彼らの視界を潰すことなく、ささやかに辺りを照らしていた。

「狼、君……?」

 声と共に、目の前に何かが形作られた。それは少女の顔で、黄金の髪に同じ色の眉、くりくりとした愛らしい目と筋の通った鼻、それから綺麗な桜色の唇を持っている。そう、今の彼にとっては、よく見慣れた容貌だった。

「闇代、か……?」

 それを認識して、ようやく声を発することが出来た。まるで、それまでは自分の顔すらなかったかのようだ。

「―――うん。闇代だよ」

「そうか……で、何で服着てないんだよ?」

 確かに、彼女は服を着ていない。正確には、服を着るための体がないのだ。顔よりも下の部分は、周囲と同じ白が広がっているのみで、輪郭さえも持ち合わせていない。少女は、辛うじて残っていた首を横に振って答える。

「わかんないよ。気づいたらこんな状態だったの。それに、そう言う狼君も服着てないよ」

「マジかよ……」

 少年は自分の体を見下ろすが、そこに彼の体らしきものはなかった。やはり、真っ白な光が漂っているだけである。

「なんか、生首になって浮いてるみたいで気持ち悪いな……」

「そうかな? わたしは、狼の顔が間近で見れて、結構嬉しいけど」

 少女の率直な言葉に、少年はやや紅潮して視線を逸らした。それを不満に思ったのか、少女は頬を膨らませる。

「そっぽ向かないで」

 そしたら、か細い腕が二本、どこからともなく現れて、少年の両頬を押さえて向きを変えた。丁度、二人の目線が交錯するような感じになる。

「おい、どっから手を出した……?」

「そんなの、どうでもいいよ」

 腕は、少女の意思に応じるように、少年の顔を少女に近づける。そうして、彼らの距離は更に近くなった。吐息が触れ合い、瞬きによって揺れる睫毛の動きさえ明瞭に捉えられる程に、近く。

「……なんか、不思議な感じだよな。息してる気がしないのに、お前の吐息はちゃんと感じる」

「わたしも、狼君の息づかい、感じるよ?」

 少女は頬を上気させ、瞳を潤ませながら答える。そんな彼女の想いに応じるように、腕は更に少年の顔を少女に寄せていった。

「ちょっ、近いっての」

「ううん、まだ遠いよ」

 互いの鼻が触れ合うほどに近づき、それでも少女はまだ遠いと言う。

「どうしろって言うんだよ?」

「だって……まだ、狼君に触れられてないから」

「鼻は当たってるぞ」

「そうじゃなくて―――唇」

 その言葉は、どこか艶かしくて。けれども少年は、最初、その意味が分からなかった様子だった。それ故に、少女はもう一度繰り返す。今度は、もっと具体的な台詞に変えて。

「ねぇ、わたしとキス、しよ?」

「……何でそうなる?」

 顔を顰める少年に、しかし少女は悪戯っぽく微笑んで、こう続けた。

「だって、ここって夢の世界でしょ?」

「まあ、多分、そうなるんかな……?」

「だったら、普段できないこと、してみたい」

 屈託のない少女の笑みに、少年は諦め気味に溜息を吐いた。

「それはいいとしても、何でキスなんだよ?」

「だって、狼君としたこと、ないから」

「しただろ?」

「あれは、ほっぺにしてもらっただけだもん。ちゃんと、口と口でしてみたい」

 だからね、と。少女は目線を少年の目に向ける。その期待するような表情に、誤魔化したり目を逸らすのは誠実でないと感じたのか、少年は真剣な眼差しを返した。

「言っておくが、そんなこと今までしてねぇから、上手くは出来ないぞ」

「―――いいよ。狼君なら、狼君となら、いい」

 了承と同意。それが合図となったかのように、彼らは自然と距離を縮めていく。互いの視線がねっとりと絡み合い、呼吸が荒く激しくなる。無言で見つめあいながらも、今は姿のない心臓を、大きく、強く脈打たせていく。やがて二人は、目を閉じ、その僅かな距離を埋めるように顔を近づけていって。



 ―――口づけを、交わした。

 ただ、それだけの夢だったのだ。

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