インターンシップ先が決まったのはいいけど、書類を書くのが面倒で仕方ない
「きゃぁっ……!」
そして、発せられた赤い炎に焼かれて悲鳴を上げたのはエンディング―――ではなく、美也だった。
「なっ……!?」
「えっ……!?」
エンディングと神宮寺舞、二人の声が同時に漏れ出した。それもそのはず、直前まで彼らの視界にはいなかった美也が、突如としてエンディングと『原始の聖剣使い』の間に割って入り、自らの『聖剣』を盾にして炎を浴びているのだから。
「ふっ、丸焼きが好みならそう言えばいいものを」
そんな少女の姿を見て、サディスティックな笑みを浮かべた(ように思えた)『原始の聖剣使い』。本気で彼女を焼き殺そうとでも思ったのか、今でも十分なくらいの火力を更に上げてきた。
「ぐぅっ……!」
激しさを増す炎とその熱に、美也は苦悶の表情を浮かべながら呻く。しかし、彼女の能力が働いているのか、体が燃えることはなかった。
「はははっ、抵抗などせず一気に焼かれていればいいものを!」
炎の色が赤から青へと変化する。それは、炎の温度が更に上昇したことを示していた。いくらなんでも、そんな高温にそのままで耐え切れるわけがなく、美也はじりじりと後退せざるを得なくなった。
「死ねぇっ……!」
掛け声と共に、炎がより一層大きくなる。美也は未だに踏ん張っていたが、さすがに持ち堪えられなくなったのか、真横に飛び退いて躱した。そして、遮蔽物のなくなった炎は、当初の目的であるエンディングへと襲い掛かり―――
「ARCANA XVIII―――MOON」
と思えば、どこからともなく聞こえてくる呪文。それと同時に、『原始の聖剣使い』の両脇からそれぞれ、茶色い毛並みの大型犬が飛び出してきた。『原始の聖剣使い』の腕に噛み付き、その鋭い牙で皮膚を抉らんとする。
「むっ……」
しかし、『原始の聖剣使い』には傷一つつかない。というか、噛まれたことに気づくのが少々遅い気もする。だが、それは寧ろ好都合であったかもしれない。何せそのことに気づく頃には、注意が両腕の犬に集中していて他のものは見えていなかったのだから。
「円舞―――」
『原始の聖剣使い』の右から迫っていたのは、たった今まで彼の炎を浴びていた美也。環状の『聖剣』を振り上げ、自身の能力を併用し、電光石火の如く駆け抜けてくる。
「―――葬送!」
即興の技名と共に振り下ろされた刃が、『原始の聖剣使い』の持つバズーカ砲にぶつかり、火花を散らす。その衝撃に気がついた『原始の聖剣使い』は、反射的に刃を押し返そうと右腕に力を込めた。けれどもそれは却って、刃を強く押し付けることになってしまう。
「はぁぁっ……!」
甲高い金属音と共に、美也の『聖剣』がバズーカ砲に食い込んでいく。それはまるで、大木を伐採しようとするチェーンソーのようであった。
「ぐっ……」
果たしてそれは、『原始の聖剣使い』のバズーカ砲を、その砲身を真っ二つに両断した。美也はそれを確認する間もなく後退して、『原始の聖剣使い』から距離を取った。
「……ほう、変わった『聖剣』だな」
自分の『聖剣』を破壊された『原始の聖剣使い』は、その壊れっぷりをじっくりと眺めてから、そう呟いた。その視線の先には、破壊した側の『聖剣』―――美也の相棒の姿があった。
「この子は『コネクト・アーク』。工作機械のご先祖様だよ」
『コネクト・アーク』と呼ばれたリング型の『聖剣』は、未だに金切り声のような高い音を発し続けている。どうやら、リングの部分が高速で回転して、それがこの音を発しているみたいだ。工作機械の祖先というなら、これは差し詰め鋸の、特にチェーンソーの元になったのだろう。
「『コネクト・アーク』、か……。我が『聖剣』を砕いたその名、心に留めて置くとしよう」
『原始の聖剣使い』は砲身の短くなったバズーカ砲を捨てながら、美也の『聖剣』を賞賛するかのような言葉を発する。だがそれは、新たな武器を呼び出す予兆でしかなかった。
「故に我も、最強の『聖剣』によって汝たちを葬ることにする」
「最強の『聖剣』、だと……!?」
その言葉に最初に反応したのはエンディングだった。その呟きに込められているのは、もうそれ以上はないという安堵か、或いはまだ上があったことに対する絶望か。
「くくっ、感激するといい。この『聖剣』を目にしたは、我が滅ぼした文明の住人が最初で最後だからな。尤も、『目にする』のはそもそも不可能だが」
そう言いながら、何を祈るように両の掌を合わせる『原始の聖剣使い』。ただそれだけの動作なのに、彼の姿からは形容し難いオーラを感じてしまう。それだけ、最強の『聖剣』というのが恐ろしいものなのだろうか。
「第百八の封印因子、姿を現せ」
そう唱え、両手をゆっくりと離す『原始の聖剣使い』。しかし、そこからは何かが出てくるといった様子はまったく見受けられない。
「……何だ? 何もないじゃないか」
一向に武器が姿を現さないことを不審に思い、首を傾げるエンディング。だがそれに答えたのは、『原始の聖剣使い』本人ではなかった。
「うっ……」
突然、神宮寺舞の体が力なく崩れ落ちた。膝を突き、苦しげな表情を浮かべながら、ゆったりと地面に倒れ込む。
「舞……! っ」
彼女のほうへ駆け寄ろうとして、エンディングも呻き声を上げながら、ばたりと倒れてしまった。
「え、えっ……!?」
ただ一人、美也だけが戸惑ったような声を上げていた。つまり、彼女と『原始の聖剣使い』を除いた全員が、突如として戦闘不能に陥ったのだ。
「……さて、何故か我が最強の『聖剣』が通じぬ女。致し方ない故、汝は我の手で直接殺してやる」
しかし唯一無事だった美也も、当然の如く『原始の聖剣使い』の標的となってしまう。ゆっくりと、のったりと、執拗に時間を掛けて、美也に近づいて来る。
「はてはて、どう殺してやるべきか。腕で腹を貫くか。胸か、頭、或いは尻というのもありだな。もしくは首をへし折って、というのも中々―――」
「この変態」
「ん?」
彼女をどう殺すか考えていた『原始の聖剣使い』の前に、優が立ち塞がっていた。さっきより血色が良くなっているので、体力が回復したのだろう。刀を構えて、『原始の聖剣使い』の進路を遮っている。
「ほう、魔女も我が『聖剣』が効かないと見える」
「当然よ。寧ろ、剣とか炎とかよりは対処が楽だわ」
口振りからするに、優はこの『聖剣』の正体が分かっているみたいだった。『原始の聖剣使い』は驚いた様子だったが、優にとっては大したことでない模様。優は『原始の聖剣使い』に注意を向けたまま、後方にいる美也の方へ振り返って言った。
「美也ちゃん、ちょっと力を貸して。今動けるのは、私と、美也ちゃんと、瞳君の三人だけなの。瞳君は狼たちを見ててもらってるから、実質私と美也ちゃんしか戦えないわ。だからお願い、協力して。私だけだと、時間稼ぎも出来そうにないから」
「……はい」
その真剣な表情に、美也は頷くしかなかった。それを確認すると、優は再度『原始の聖剣使い』と向き直る。
「さぁて。私もいい加減、死ぬ気で頑張らないと」