新学期に入ったので更新が遅れました……
……さて、『原始の聖剣使い』との戦闘に戻るとしよう。
「面白い。精々、無様に足掻いて見せるがいい」
『原始の聖剣使い』が、再び左手の剣を振り上げた。もう一度、あの一撃を放つつもりなのだろう。
「足掻くのはあんたよ!」
対する優は刀を突きつけたまま、その先端を起点として紅色の液体―――血を、レーザーのように放った。血の光線は直線を描いて、『原始の聖剣使い』の左腕を貫く。
「ふむ? この程度の一撃で、私を止められると思っているのか?」
しかし『原始の聖剣使い』は気にした風もなく、そのまま左腕を、血の槍諸共振り下ろそうとした。そう、『した』のだ。だが、腕は一ミリたりとも動かない。
「?」
訝る『原始の聖剣使い』。優が唇の端を吊り上げると、
「さっきの仕返しよ。あんたも、左手一本差し出しなさい!」
次の瞬間、『原始の聖剣使い』の左腕が、音もなく爆ぜた。
「なんと……!」
これにはさすがの彼も驚いている。左腕の肘から先がなくなって、残った肘の部分からも、どす黒い血液がとめどなく溢れていた。握っていた剣も、宙を舞って、空へ溶けるように消えていった。
「どうせ、そのくらいの傷はすぐに治っちゃうんでしょ? ったく、どういう体してるのよ? 血がドロドロで、私が自分の血液を無理矢理流し込もうとしても拒絶されちゃったわ」
確かに、血が真っ黒なのは正常な体とは呼べないだろうが……血を操って腕を吹き飛ばせる体のほうも、十分に構造が気になると思う。
「……ふっ。どうやら、久々に本気を出せそうな相手のようだな」
笑う『原始の聖剣使い』の左腕、その破断面が大きく盛り上がった。急激に体積を増した肉が、ぶよぶよと気持ちの悪い動きをしながら、失った腕を復元していく。ほんの数秒もしないうちに、『原始の聖剣使い』の左腕は元の姿を取り戻していた。
「第四十の封印因子、姿を変え、我が元へ現れよ」
そして、右手に残った刀に復活したばかりの左手を添えると、新たな言葉を紡ぐ。するとそれに呼応するかの如く、握られた双頭剣が赤みを帯びていった。
「狼、闇代ちゃん、私より前へは出ないでください」
それを見た優は、瞳の色を白銀から蒼に切り替え、後方の二人に指示を出す。狼たちが頷くのを確認すると、手にした刀を振り上げる。
「汝は先程、我の腕を吹き飛ばしたな」
『原始の聖剣使い』は、優に合わせるかのように、両手を―――両手で握った刀を、振り上げる。
「その返礼として、今から汝の身を木っ端微塵にしてやろう」
「あら、お礼なんて結構ですよ」
その会話が合図であるかのように、二人はほぼ同時に刀を振り下ろした。
「もう一度訊く。本当にいいんだな?」
自称『聖剣使い』の少年(エンディングというらしい)は、もう何度目になるか分からない問いを口にした。
「……うん」
だけど、私の答えは変わらない。もう、決めたんだから。
「いいの? 『聖剣使い』になるってことは、それまでの生活を全て捨てるってことよ。家族も、友達も、自分の居場所も、全部なくなるの。これからは、ずっと一人で、永い永い時間を生きていくのよ。―――私も、家族を捨てて、『聖剣使い』になったんだから」
自称『聖剣使い』の少女(神宮寺舞というらしい)は、もう何度目になるか分からない話を繰り返す。
「それでも……やる」
だけど、私の答えは変わらない。もう、決めたんだから。
「敵は強大だ。お前一人加わったところで、何も出来ないだろうな」
「正直、リスクに見合うだけの結果は得られないと思うわ。それでもやるの?」
自分から提示した選択肢なのに、それを思い止まらせるかのように言葉を紡ぐ二人。―――理由は、何となく分かる。生半可な覚悟で挑めば、却って足手纏いになるから。もしくは、同じように人生を捨てたものとして、私に後悔をして欲しくないからか。……だけど。
「たとえもう二度と、パパやママに、伯父さんに会えなくなっても……それでも、私は戦いたい。―――みんなを、守るために」
パパたちは未だに、私の傍らで眠っている。一応命の危険はないらしいけど、戦闘が激化したらここも、ううん、この町全体が危ないかもしれない。だから、守らないと。……それが原因で、パパたちと離れ離れになったとしても。
「……分かった」
エンディングが、静かに頷いた。私の覚悟が、彼に伝わったみたいだ。
「なら、『聖剣』を出してくれ」
『聖剣』……それって確か、私のスマフォにつけてるストラップのことだったと思うけど。
「もしかして、これ……?」
「ああ、それだ。ちょっと貸してみろ」
取り出したスマフォには、金色の輝きを放つ弧状のストラップがぶら下がっている。私はそれを取り外すと、スマフォをポケットに仕舞い、ストラップ―――『聖剣』をエンディングに手渡した。他人に預けるのは不安だったけど、今はちょっと我慢。
「ほら」
と思ったら、ちらりとも見ずに返してきた。
「もういいの?」
「まあ、これは俺の都合だからな」
私とは関係ない動作だったの……? 紛らわしいことはしないで欲しかった。
「とりあえず、さっさと終わらせちゃいましょう」
そんな私の心情を読み取ったのか、神宮寺舞がそう言った。……うん、確かに、だらだらしてても意味がない。早く加勢したいし。
「まず、『聖剣』を強く握り締めて、皮膚で『聖剣』を感じるの。そしたら神経を集中させて、『聖剣』の核を掴むの。それが出来たら、後は芋蔓式に進んでいくはずよ」
理屈で考えても分かりそうにないので、とにかく言われた通りにしてみる。右手でストラップを握り締め、掌の感覚をその表面に集中させる。すると、金属特有のひんやりした感触の中で、一箇所だけ妙に熱を持っている点があることに気づいた。多分、これが彼女の言う核なのだろう。
「……んっ」
その時、傍で呻き声が聞こえてきて、私は視線をそちらへ移した。どうやら、伯父さんが目を覚ましたらしい。
「……み、や?」
虚ろな、焦点の定まっていない瞳で、私の顔を見つめてくる伯父さん。それと同時に、私の中へ、何かが流れ込んでくるような感じがした。恐らく、『聖剣』から流れてきてるんだと思う。
「伯父さん……」
その何かが、私の体を、内側から塗り替えていくのが分かる。今この瞬間も、私は何か別のものに―――『聖剣使い』になっているんだろう。
「私、」
だからこそ、まだ私の中に『人間』の部分が残っているうちに、言葉を交わしたかった。
「……行って、くるね」
最後になるかもしれない、別れの言葉を。
「……いって、らっしゃい」
伯父さんは、よく分かっていない様子だったけど、それでも。私を、笑顔で見送ってくれた。