この前小四喜の直撃食らって泣いた
「……ったく、えらい目にあったな」
今まさに戦闘が繰り広げられている、隕石(正確には『原始の聖剣使い』)落下地点の、更にそこから数メートル離れた場所にて。全身を煤まみれにして、覚束ない足取りで歩く男性―――郁葉がいた。
「ほんと、好き勝手してくれて……。お陰で死にかけたじゃないか」
全身傷だらけでボロボロなところから推測するに、落下の途中で振り落とされ、この辺に墜落したのだろう。『原始の聖剣使い』のことをぼやきながら、のろのろとどこかへ進んでいく。
「あら、あなたたちだって、随分好き勝手したじゃない」
「……はは、このタイミングで会っちゃったか」
突然の声に顔を上げると、そこには優が立ち塞がっていた。既に刀を装備して、戦闘態勢を整えている。それを見た郁葉は力ない笑みを浮かべていたが、優は気にせず彼に問いかけた。
「ねえ、『原始の聖剣使い』とかいうのを連れてきたの、あなたよね?」
「ああ……だとしたらどうする? 僕を殺すかい?」
満身創痍である郁葉だったが、それでも、無抵抗でやられるつもりはないと言わんばかりに構えを取った。しかし優は首を横に振り、こう答えた。
「……まったく。私が人を殺せないの、知ってるでしょ?」
それから彼の肩を軽く叩き、彼が今来た方へ歩いていく。つまりは、戦場―――『原始の聖剣使い』の元へ。
「……無駄だよ。いくら君が最強でも、それは仲間との結束があってこそだ。君の仲間にはまだ、たとえ束になったとしても、『あれ』に勝てるほどの力はないはずだ」
その途中、郁葉は、去り行く優にそう言葉を投げかける。すると優は立ち止まり、振り返ってから、それに答えた。
「問題ないわよ。―――だって、あの子達は最高だもの。それに、私は絶対に負けない。この町を、必ず守るんだから」
堂々と、はっきりと、そして凛として。胸を張って、優はそう言った。
「じゃあね。くれぐれも悪さをしないように」
茶色の髪を翻し、踵を返す優。その颯爽とした姿に、郁葉はまるで見とれているかのように、暫し呆然としていたのだった。
「それでは、今度は少し本気を出してやろう」
『原始の聖剣使い』は左手を頭上に掲げ、唱えるように言葉を紡いだ。
「第四十の封印因子、姿を現せ」
それと共に、彼の左手に赤い光が灯り、やがて幅の広い大剣へとその姿を変えていく。その剣は、光が消えても、その赤い色彩を失っていなかった。
「説明してやろう。こいつは―――」
「黙れ」
『原始の聖剣使い』の懇切丁寧な解説を、狼の一言が遮る。『原始の聖剣使い』はやや不服そうに首を傾げると、その剣を狼に向けて突きつける。
「人の話は聞いておいたほうが身のためだと思うがな」
「安心しろ。俺にだって、秘策の一つや二つあるさ」
それはな、と続ける狼は、体を屈めて疾走を開始。獣人化の身体強化を生かして、『原始の聖剣使い』に一瞬で肉薄した。
「はぁっ……!」
獣人化した右腕の爪で『原始の聖剣使い』を引っ掻こうとするが、未だ彼に纏う風の加護がそれを阻む。
「サイズ! ブレイク!」
故に狼は、二つ武器を呼び出した。『刈り取る命』サイズと『砕ける旋律』ブレイクが彼の上着を突き破り、『原始の聖剣使い』に襲い掛かる。しかしそれも、風の加護によって全て防がれてしまう。
「ランス! アレグロ!」
それでも負けじと、先程使った武器を再度呼び出し放つ。だがそれも、やはり風に止められてしまった。
「無駄だと分かっていながら、ご苦労なことだな」
それら全てを受ける『原始の聖剣使い』は、風に守られているからか、余裕そうな口調でそう言った。狼はそれに応えることなく、ただ一言叫んだ。
「今だっ……!」
その直後、『原始の聖剣使い』の後方から、赤い光を放つ何かが飛来してきた。
「ん……?」
『原始の聖剣使い』が振り返る頃には、光がすぐそこまで迫ってきていた。狼はそれと同時に飛び退き、『原始の聖剣使い』から距離を取る。
そして、周りの全てが赤一色で塗り潰された。
遅れてやって来た、凍てつくほどの冷気。周囲の気温を十度ほど下げたんじゃないかと思った辺りで、世界はゆっくりと色を取り戻していった。
「……ふぅ、驚かせてくれる」
しかしその一撃にも、『原始の聖剣使い』はびくともしていなかった。どうやら、左手の剣を盾代わりにして防いだらしい。剣を下ろすと、軽く首を横に振った。
「今のはいい一撃だったが……少々弱かったな」
「ちっ。やっぱ、一片と同じ対策じゃだめか……」
なるほど、似た戦法をとる一片対策として考えた方法か。風の防御を一方向に誘導して、手薄になった背後から不意打ちで仕留める。作戦は分かったが、さっきの一撃は、一体誰が?
「それはそうと、そこにいるのはこやつの仲間か?」
その答えは、『原始の聖剣使い』の前方数十メートルにあった。金糸のようにさらさらとした綺麗な髪をツインテールにして揺らし、くりくりと愛らしい瞳から鋭い視線を放つ、小柄なミニサイズ少女。そんな彼女の名前は―――
「飾闇代―――狼君の婚約者だよ」
可愛らしい声で紡がれた言葉は、いつもよりきつめの印象を受ける。それは戦闘による緊張のためか、或いは想い人が危険な目に遭っているからか。闇代は両手で握った銀色の刃を『原始の聖剣使い』に突きつけてから、続けた。
「わたしの目が黒いうちは、狼君に酷いことなんてさせないよ!」
と、凄く頼もしい言葉を。