あしらう・あしらわー・あしらうぃすと
……その頃、傍の喫茶店では。
「闇代ちゃん……!」
「お優さん……!」
入り口付近が半壊した店内にて、闇代と優が落ち合った。正確には、既に中にいた闇代の元へ優がやってきたのだ。
闇代の前には、男性二人と女性一人、それぞれ横たわっていた。見たところ、他に人の姿はない。みな逃げ出したのか、或いは崩れた壁や天井の下敷きになってしまったのか。
「どういう状況です?」
「大分崩れてて、中に人もいそうだったから、狼君と分かれて、わたし一人でここにきたの。軽傷の人は遠くに運んで、今は重傷な人の手当をしようとしてたところだよ」
「……概ね理解しました。適切かつ迅速な判断と行動です」
闇代の説明を受けて、優は周囲を見回して、他に負傷者が残っていないのを確認すると、一度目を伏せ、再び開いて、言った。そう、瞳を白銀に変えて。
「この人たちは私が運んで治療するわ。闇代ちゃんは狼に加勢して。あの子、一人で戦ってるの」
「狼君が……!」
驚く闇代に頷くと、優は彼女と立ち位置を代わった。治療のためだろうか。
「今はどうにか持ち堪えてるみたいだけど、正直殆ど持たないと思う。それに誰かを庇っていたから、益々不利よ。早く行ってあげて。瞳君は他の負傷者を運んでるし……。治療と運搬は私のほうが早いから、こっちは任せて」
「……分かった」
闇代は頷くと、瓦礫や割れガラスが散らばる入り口から、一目散に飛び出して行った。
「……さてと、久々に本気を出さないとね」
残った優は、右手の爪で左手首を引っ掻いて、腕から血を噴き出させた。そして、腕を伝って指先に滴る血液を、横たわる三人の口に垂らす。
「……とりあえず、命に関わるほどのダメージがなくてよかったわ」
恐らく、自身の能力を使い、血液を媒体として体の状態を確かめているのだろう。その後能力によって、治療も行ったらしい。因みに、所要時間は一分足らず。さすが魔女、といったところか。
「……ふぅ。そしたら後は、この人たちを運ばないとね」
治療が終わると、優はその三人を抱えて、もう跡形もない店から出て行った。……てか、何気にどんでもない腕力だな。闇代並みじゃないか?
……その頃、狼は。
「ランス……!」
左手の袖から、鋭い小型の槍がついた武器『貫く頭蓋』ランスを放つ狼。大きく弧を描き、『原始の聖剣使い』を背後から狙う。
「……幼稚だな」
しかし、『原始の聖剣使い』が刀を回転させると、彼の周囲に風が渦巻き、ランスを吹き飛ばした。
「ちっ……風使いかよ」
「風だけではないぞ」
『原始の聖剣使い』が刀を地面に突き刺すと、周りの地面が急激に膨れ上がった。
「……っ!」
それに驚く暇もなく、盛り上がった地面に亀裂が入り、砕け散った破片が狼目掛けて、まるで意思を持っているかのように飛んでくる。無論、獣人化をした今の彼なら回避も容易いだろう。だが、狼の後方には美也がいるのだ。避けてしまえば、彼女が破片を食らってしまう。
「反射……!」
なので狼は、多少の被弾を覚悟で、防御用の魔術を展開。突き出した右腕の先に紫色の幾何学模様―――魔法陣を描き、それを盾にして、破片の殆どを防いだ。
「……はぁ、……はぁ」
美也への被弾は全て防げたものの、狼自身は胴体に数箇所ダメージを負ってしまった。魔法陣展開までの隙に受けたのだろう。それを見た『原始の聖剣使い』は、嬉々としながらお喋りを再開する。
「ほぅ、女を守って自ら傷つくとは……ここで死に行く雑魚の割りに、泣かせてくれるじゃないか」
「へっ……俺からしたら、お前はただの練習相手だよ。今のだって、習いたての魔術を試しに使っただけだっての」
強がって見せるが、実際は火事場の馬鹿力でどうにか発動できただけ。普段の調子なら、破片が全て刺さった頃にようやく張れていたくらいだろう。
「そんじゃあ、今度はこっちから行くぜ」
それでも彼は虚勢を張り続けた。絶対に、負けられないから。……彼女を、美也を守らなければ。
狼は、先程放ったランスを回収しつつ、手元にある別の武器に指令を送る。そして、その武器を持つ左手を突き出し、その魔術名を叫んだ。
「ライト・アレグロ!」
『疾風の雷花』アレグロが、狼の左手から、形容し難い速度で放たれた。光線を思わせる軌道を描きながら、『原始の聖剣使い』を襲う。
「ふっ……」
しかし彼には、嘲りのような溜息を吐ける余裕すらあった。手にした刀を高速回転させると、『原始の聖剣使い』の周囲に竜巻が発生。激しい風の防壁が、アレグロをいとも簡単に弾いた。
狼は舌打ちすると、回収したランスをもう一度放った。今度は、別の魔術を発動させて。
「マリシャス・ランス!」
紫色の発光を伴い、ランスが狼の左手から射出される。それが風の壁に突き当たると、そこで光を強めて、防壁を易々と貫通した。
「む……」
だがそれも、高速回転する刀に弾かれ、結局は無駄に終わった。
『原始の聖剣使い』は刀を止めると、感心したように声を上げた。
「なるほど、風の守護を抜けてきたか……確かに、偉そうな口を叩くだけの力量はあるらしいな」
「こんなもんで終わりと思うなよ」
とはいえ、実力の差は歴然だ。狼は手の内の三割ほどは明かしてしまっている。しかし向こうは、恐らく殆ど力を見せていない。その時点でこれだ。今は狼が一方的に攻めているが、『原始の聖剣使い』はそれを全て受け流している。もし向こうが攻勢に出たら、果たしてどうなることやら。
「そうやって油断してると、その内うっかりやられるぜ」
それでも、今はやるしかない。他に選択肢など、ありはしないのだから。