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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
S―破滅する。ナイツ
113/132

主人公なので花を持たせてあげました

「狼、君……?」

 そう呟いてから、何を言っているんだ私は、と思ってしまった。彼が今、こんなところにいるわけがない。……けど、見間違えたりしない。彼の姿を、見間違えるはずがなかった。

「くくっ……なるほど、実に面白い国だ」

 すると、彼の向こうに立つ仮面の男が、くぐもった声でそう漏らした。多分、仮面の下から聞こえているせいでこんな感じなんだろうと、直感的に分かった。

「まさか、ここまで面白い種族がこの世にいるとは、思ってもみなかったよ。……それでこそ、滅ぼし甲斐がある」

 その瞬間、背筋に何か冷たいものが走った。そう、一言で表現するなら悪寒。今まで感じたことはなかったけれど―――これは、殺気という奴じゃないだろうか……?

「一応言葉は通じるみたいだから訊いておくが……お前、何しに来た?」

 そう言う狼君からも、似たようなものを感じた。けどこれは、今にも感じたことがある。彼が、本気で怒ったときに出すオーラだ。ということは……もしかして狼君、怒ってるの?

「言ったであろう、滅ぼすと」

 仮面の男は、それが何か? とでも言いたげに答えた。それを聞いて、狼君は諦めたように溜息を吐くと、再び口を開いた。

「……分かった。お前が俺らの敵だってことは、嫌というほど分かったぜ」

「そうか。それはさておき、汝に尋ねたいことがある」

 狼君が、とても怖い目つきで仮面の男を睨んでいた。けれど、彼はそれを気にも留めず、それどころか質問までしていた。

「我は魔女というのを探しているのだが、所在を知らぬか?」

「……てめぇ、目的はあいつだったのか」

 その問いを聞いた狼君の口から、恐ろしい声色で紡がれた言葉が溢れ出てきた。こっちは多分―――たった今感じた、殺気のほうだと思う。

「ふむ。その様子を見るに、どうやら知り合いのようだな」

 それとは対照的に、仮面の男は落ち着いている。納得したように頷きながら、こう続けていた。

「それなら、今すぐそいつの元へ案内するといい。そうすれば―――」

「断る」

 続きを待たずに、狼君が間髪入れずにそう答えると、仮面の男は、そうか、と呟いて、

「なら、この町ごと消し去ればいいか」

 右手を前へ突き出すと、その掌を、何かを握るような形にしてから、こう唱えた。

「第二十七の封印因子、姿を現せ」

 すると、男の右手から淡くて白い光が放たれた。それが手先に集まってくると、棒の形を作って、光が纏まりだした。やがてそれは、光から、実体を持った物に変わっていく。そう、正しくそれは―――刀だった。右手で握った柄から、両側に向けて刃が伸びた、奇妙な形状の刀。

「紹介しよう。これが私の『聖剣』、『無限武器庫』の一つだ」

 仮面の男が、その刀を槍のようにくるくる回しながら言った。ただ軽く回しているだけなのに、それによって発生したやや強めな風が、私のところにも届いている。

「第二十七の封印因子、つまり二十七番目の武器だ。お前たちの下等な言語で表現するなら、差し詰め『双頭剣』だろうな」

 双頭剣……確かに、柄の両側から刃が迫り出すその構造は、双頭剣そのものだ。けど、重要なのはそこじゃない。この仮面の人は、この剣を、何もないところから出した。―――つまり、彼は普通の人間ではない。もっと言えば、人間ですらないのかもしれない。さっき言っていた『聖剣』も、昨日の人たちが言っていた覚えがある。それに、あの人たちは明らかに異質だった。だから、多分この仮面の男も、人間じゃない。そして狼君は今、『人間じゃない何か』と対峙しているのだ。

「狼、君……逃げて」

 あれは多分私と同じ、いや、私以上の化け物だ。狼君が敵う相手じゃない。だから私は、軋みあがる体に鞭打って、狼君に声を掛けた。とにかく、彼をここから逃がさないと……。

「けっ、何が『無限武器庫』だ。そんなの、あいつの刀に比べたら屁でもないぜ」

 だけど私の想いとは裏腹に、狼君はとても好戦的だった。あれの危険性が分かっていないのだろう。当然だ。普通に生きてたら、『人間じゃない何か』と遭遇することなんて、ましてその危険性なんて、分かるわけがない。

「駄目……逃げ、て」

 私は残った気力をどうにか振り絞って立ち上がり、狼君に呼びかけた。けど、その声に応えたのは狼君ではなく、仮面の男だった。

「ほう、やはりな。そこの女は、我の偉大さ、強大さをよく理解している。お前如きが我に勝つなど到底無理だと、汝に忠告しているのだ」

「だったらどうした?」

 私の心を見透かしていた仮面の男に、狼君は堂々と、頼もしい口調で、こう続けた。

「お前が強いってのは散々聞いたさ。けど、それで簡単に逃げられるほど、俺はみみっちくないんでね」

 そして私のほうをちらりと見ると、もう一度仮面の男に向き直る狼君。そして彼は、やや躊躇いがちに、口を開いた。

「……あんたは逃げろ。こいつは、人間がどうにかできる相手じゃない。それに、あんたを庇いながらじゃ戦えない」

 狼君のその言葉はまるで―――自分が人間ではない、と言っているみたいで。けど、彼がそんなことを言うはずはない。……だって狼君は、私と違って、普通の人間、なんだから。

「ほぅ、女を庇いながらでなければ戦えると。……益々面白い。いや、滑稽だと言うべきかな?」

「黙ってろ」

 仮面の男の笑い声を、狼君が一声で遮った。そして彼は、右腕を突き出すと、再び私に視線を向けてから、呟いた。

「こいつを知り合いの前で使うのは気が引けるが……緊急事態だから、勘弁な。もしトラウマになったら、そんときは謝る」

 それと同時に、彼の右腕が、少し離れたここからでも分かるくらいに震えだした。いや、あれは脈打ってるんだ。血管が異様なまでに浮き出て、激しい鼓動を腕全体に伝えている。やがて、その掌が握り締められると、手先の方から黒い何かが出てきて、彼の右腕を覆いだした。ううん、違う。あれは毛だ。大量の毛が、突如として生えてきたんだ。毛はそのままどんどん増えていき、服の部分も破きながら、肩までをも黒一色に染めていく。気がつけば、狼君の右腕はふさふさの体毛に覆われて、しかも、指先からはとても鋭そうな爪が迫り出していた。

「なるほど。ただの人間ではないということか」

「っていうか、人間ですらねぇよ。こんなん、ただの化け物さ」

 よく見てみれば、彼の両足も、右腕と大差ない状態だった。足も一緒に変貌を遂げたのか、それともさっきからこうだったのかは分からない。けど、それは今はどうでもいい。それより、もっと重要なのは―――狼君が、彼の体が、突然おかしくなったということ。より正確には、凄くふっさふさになったことだ。どう見ても、人間のできることじゃない。それはつまり……。

「さて、お喋りはこのくらいにしようぜ。『原始の聖剣使い』さんとやら」

「名乗った覚えはないのだが……まあ、それはいいとして。それではお望み通り、汝から殺してやろう」

 狼君が右腕を、仮面の男が双頭剣を、それぞれ構える。けど、それはたった一瞬だけで、次の瞬間には、戦いが始まりを告げていた。

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