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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
S―破滅する。ナイツ
110/132

日本の国会は第一党が甘党だと、七割方の問題は解決しそう

 ……何だかんだで、翌朝。


「……んっ」

 美也は、布団の中で身を捩って、むくりと起き上がった。ぼんやりする寝起き頭で、とりあえず習慣通りに着替えを始めようと、彼女は体を動かす。……のだが、休日にも拘らず、何故か制服を着てしまっていた。やっぱり、習慣で動いたからだろうか?

「……ま、いっか」

 まだ寝ぼけている様子の美也は、制服姿のままで自室(和室だけど)を出て、リビングに入った。

「伯父さん……?」

 そして、そこにいるはずの伯父の姿を探すが、彼は見当たらない。あるのは、食卓の上に一枚のメモ。

「『ご飯、冷蔵庫に入れといたから』、か……」

 伯父が、何をしに行ったかは見当がつく。けど、自分に声も掛けずに出て行ったのかと思うと、やはり寂しくなる美也。まあ、実は既に十時を回っているのだから、起きるまで待てと言うほうが無茶だが。

 ともかく、空腹には勝てそうもないので、美也は冷蔵庫から朝食のおかずを取り出し、電子レンジで温めて、炊飯器に入っているご飯と一緒に食べた。しかし、ただそれだけの動作が、彼女にはとても空虚に思えたらしく、食事中はずっと上の空であった。

 食後、食器を片付けると、やることをなくした美也は、リビングのソファーに寝転がっていた。そこに置いてある熊型のクッションに顔を埋め、ずっとぼんやりしていたためか、気づけば時刻は正午の少し前になっていた。

「……伯父さん、遅いな」

 冷蔵庫の食事が一食分しかなかったことを考えれば、彼は昼までに戻ってくるつもりだったのだろう。だが、一向に帰ってくる気配はない。

「……話、こじれてるのかな?」

 だとしたら、自分のせいで、伯父が辛い目に遭っていることになる。そうでなくても、このまま独りぼっちなのはいい加減寂しいので、出来れば早く帰って来て欲しい。一度そんな風に思ってしまうと、いつもの癖で、もやもやとした思考の迷路に囚われてしまう美也。そんな感じで数分間ほどもやもやし続け、そろそろ脳内がぐちゃぐちゃな雑念のスープで満たされそうな状態になると、彼女は最早発狂しそうな勢いで起き上がった。

「……探してこよう」

 そう呟くと、彼女はさっさと玄関に向かって、施錠もせずに部屋を飛び出してしまった。あまりに考えすぎて、とりあえず行動してしまったのだろうか? だとすれば、実は意外とアクティブな性格なのかもしれない。



  ◆


 ……美也が起きた頃の話。


「よっ」

 Y市の商店街、その端のほうにある喫茶店に入ってきた美也の伯父。一番奥のテーブル席へ向かうと、そこに座っていた男女の向かいに腰を下ろした。

「……美也は?」

 男女のうちに、伯父と殆ど年の変わらない男性の方が、口を開いた。対して伯父は、首を横に振った。

「あの子は来ない。そうメールしただろ?」

「見てないな」

 男性がそう言うと、伯父は呆れたように呟いた。

「メールくらい見ようぜ。社会人だろ?」

「そう言う兄さんだって、学生時代は携帯を携帯してなかったじゃないか」

 たまにいるよね、携帯不携帯者。携帯の意味がないけど。

「それより、どうしてあの子は来ないの?」

 今度は、男性の隣にいる中年女性が言った。……って、面倒だな。この女性は美也の母親で、隣の男性は美也の父親。次からはそう呼ぶことにしよう。実際そうだし。そして美也の伯父は、美也の母親に説明を始めた。

「あの子は今、精神的に色々不安的なんだ。そんなときに、君たちに会わせたらどうなるか、分からないわけじゃないだろ?」

「……まったく、どうして兄さんは、そうも子供を気遣えるんだ? 別に、兄さんの子じゃないのに」

「いや、気遣いなんてないさ。最初は連れてくる気だったからね。本当に気を遣っていれば、そもそも会わせる気すら起こらないはずさ」

「それは謙遜だよ」

 美也の父親は首を横に振って、予め注文しておいたコーヒーを啜る。それを見た美也の伯父は、自分も何か頼もうと思い、近くのウェイターを呼んで、チーズケーキを二皿注文した。

「相変わらずの甘党だね。いい加減年なんだから、太るよ」

「太って早死にしても問題ないくらいには、君たちと美也の関係が改善すればいいんだけどね」

 そう言われて、美也の父親は押し黙ってしまった。にしても、朝からチーズケーキ二皿は重すぎだろ……。

「それで? 今日は何でまた、美也と会いたがったの?」

 ケーキが来るまでの間、お冷を飲んでいた伯父は、思い出したように尋ねた。

「……もう、六年だろ?」

 それに答えるのは、美也の父親。俯いて、搾り出したような声で呟いた。

「あれから、もう六年だ。いい加減、大切な一人娘に会いたいと思わないかい?」

「大切な一人娘、ね……」

 しかし伯父は、その返答に満足していないみたいだ。というか、その言葉を疑ってすらいると思う。だから、ちょっと意地悪をするような口調で尋ねた。

「ほんとに大切なのか?」

「当たり前だろ!? 兄さんは未婚で子供もいないから分からないかもしれないけど、親はいつでも子供が大切なんだ!」

「まあまあ、そう大きい声を出さないの。周りのお客さんに迷惑掛けちゃ駄目」

 急に声を荒げた美也の父親を、伯父が宥める。まあ、確かにそれは正論だが。自分が原因なのは理解しているのだろうか?

「……義兄さん、どうしてもあの子には会わせてもらえないの?」

 今度は、美也の母親が尋ねる。すると伯父は暫し考え、こう答えた。

「まあ、あの子が君たちに会いたいって言えば会わせるつもりだけど。少なくとも、今は駄目。さっきも言ったけど、あの子は今、とても不安定なんだ。今会っても、却って心を閉ざすだけだよ、きっと」

 すると丁度、頼んでいたケーキが運ばれてきた。伯父は一旦話を中断すると、やって来たチーズケーキにフォークを刺して、嬉々としながら口へ運んでいく。

「……やっぱり、チーズケーキは最高だ」

「ほんと、ケーキ大好きだよね、兄さんはさ」

 そんな弟の呟きすら、彼には聞こえていないらしい。そのくらい、伯父はケーキに夢中であった。

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