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クインテット。ナイツ  作者: 恵/.
S―破滅する。ナイツ
108/132

小三元


 ……その頃、海の向こうでは。


「―――ふむ、肩慣らしも程々にするか」

 全てが焼き払われ、文字通り焦土と化した砂漠にて。『原始の聖剣使い』はそう呟きながら、周囲を見回して、その両腕を下ろした。ここは元々、小さな集落があった場所だ。砂漠にあるオアシスを中心に、数十人単位の村が築かれていたのだが、それも今は、ただの焼け焦げた砂地になってしまっている。

「……」

 その傍らで跪く郁葉は、体から湧き出る興奮を抑えるのに必死だった。突然、今までいた神殿を破壊しだしたかと思えば、巻き添えを食わぬよう全力で逃げて、再び合流したときには既に、ここら一帯が真っ黒だったのだ。―――これがあれば、向かうところ敵なしだ。あの目障りな魔女も、軽く瞬殺してくれるかもしれない、と。

「さて、準備運動も済んだことだ。そろそろお前たちの願いを叶えてやろう。早く、そいつのいる場所へ案内するがいい」

 『原始の聖剣使い』はうきうきと、まるで、少しでも強い相手を倒すのが楽しいとでも言わんばかりに、郁葉に命令した。



 ……さて、日本では、と。


「ねえ、エンディング」

 ポニテの『聖剣使い』神宮寺舞は、雑居ビルの屋上から、夜の町並みを眺めていた。Y市の夜は、商店街や住宅街の淡い光と、繁華街の眩い灯りが、まるで星と月のように輝いて、大地を夜空に変えている。

「何だ?」

 対して、彼女の傍らに佇む『聖剣使い』の少年、エンディングは、屋上の柵に背中からもたれ掛かりながら答えた。

「あの魔女、大丈夫だと思う?」

「大丈夫とは?」

 神宮寺舞はやれやれと溜息を吐き、うんざりだとでも言いたげに続けた。

「あの魔女、ほんとに『あれ』を止められるの?」

「知らん」

 即答されて、神宮寺舞は更に不機嫌になった模様。唇を尖らせて、文句を垂れる。

「何よ、あんたの得意な占いで分からないの?」

「『こいつ』はただ、うまくいくとしか教えてくれないものでな」

 エンディングは、右手の人差し指と中指で挟んだタロットカードを示して言った。それは、大アルカナ0番目の札、愚者だった。

「細かい座標は分かるくせに、そういうところはまったく分からないんだ」

「そもそも、占いにそこまでの精度を求めるのが酷というものだ」

 それから、二人の間に再び沈黙が流れる。話すことがなくなったのか、それとも気まずくなったのか。多分前者だろう。

「……ふぅ」

 神宮寺舞がまたも溜息を吐き、左手に嵌めた指輪に目をやった。外周にダイヤモンドが散りばめられたそのリングは、町の灯りに照らされて、きらきらと輝いている。

「あんまり溜息ばかりだと、幸福が逃げるぞ」

 エンディングがそう言うと、神宮寺舞は意外そうな声を上げた。

「あんた、そういうの信じてるんだ」

「まあな」

 そんな返答に、神宮寺舞はくすくすと小さな笑い声を上げる。すると今度は、エンディングのほうが意外そうに問いかけた。

「どうした?」

「ううん。もうかなりの付き合いなのに、あんたのそういう一面を知らなかったんだなって」

「そうか」

 かなり、というのは、もう一世紀近くである。彼ら『聖剣使い』には寿命がない。そして老化もしない。そんな不老不死の代償として、『聖剣使い』は俗世から離れて暮らさなければならない。何せ、不老不死の人間など、一般社会では異様なだけなのだから。

「私が『聖剣使い』になるきっかけはあんただったし、あんた以外の誰かと関わることも殆どなかったから、あんたのことを勝手に家族だと思い込んでいたけど―――まだまだ知らないことだらけなのね」

 それ故に、今まで一緒に生きてきた二人。それでも、まだ互いに知らないこともあると分かり、嬉しい反面、少し寂しさも感じているらしい。

 そんな彼女に、エンディングは首を横に振った。

「別に、家族でも知らないことくらいあると思うが」

「……そうね」

 その言葉に、彼女は少しだけ、微笑んだ気がした。



 ……同時刻、市内のアパート、その一室にて。


「……はぁ」

 風呂の湯に浸かりながら、美也は小さく吐息を漏らした。今は就寝前の入浴時間で、この場には美也一人だけ。まあ、もう高校生なのだから、さすがに伯父と一緒には入らないだろう。

 彼女の脳裏に映し出されるのは、今日会ったいくつもの出来事。朝、登校途中に少年とぶつかって。それが偶然にも、中学時代の後輩、向坂狼で。その後彼と、彼と同居しているという少女、飾闇代と、いっぱいふざけて楽しんで。でもそれは、自分のどうしようもないコンプレックスを再認識させるだけで。そんな暗い気持ちになっていたところへ、突然現れた謎の少年少女。彼らにおちょくられた後、年甲斐もなく、伯父に泣きついてしまったこと。そんないくつもの記憶が、脳の奥から体中に染み出してきそうで、美也は顔を洗うようにお湯をかけて、気持ちを切り替えようとした。

「……はぁ」

 それでも、溜息が止まることなどなく。今度は、手持ち無沙汰な両手を、自身の体に這わせていた。

(……狼君、やっぱり、ロリコンになっちゃったのかな?)

 同年代の女子よりは幾分発育のよいその体は、彼女の密かな自慢であった。しかし彼は、自分とは対極の体型を持つ少女と一緒だった。彼女は、狼に対して好意を抱いていた。そして恐らく、彼のほうも。

(同じ学校に入ったのに、私には全然会いに来てくれなかったし……やっぱり、私なんてどうでもいいんだ)

 そんな思考の蟻地獄に嵌ってしまった美也。こうなると中々抜け出せない。

(……とりあえず、ちょっとのぼせてきたから、出よ)

 と思ったが、意外とすぐに抜け出せたようだ。



 ……風呂から上がった美也は、用意していたパジャマに着替えると、お茶でも飲もうと思い、リビングに入った。

「あ、美也。出たんだ。今日はちょっと長かったから、のぼせてないか心配してたんだよ?」

 リビングでは伯父が、アイスバー片手に突っ立っていた。そして美也の無事を確認すると、隣接するキッチンへ行き、冷蔵庫からもう一本のアイスバーを取り出した。

「食べる?」

「……食べる」

 アイスバーを受け取り、包装を解いてから咥えると、突然幸せそうに表情を綻ばせる美也。そんな彼女を見て、伯父は自分も笑顔になりながらこう言った。

「やっと笑った」

「え? 何か言った?」

 美也はもう既に、アイスバーに夢中になって殆ど何も聞いていない。……ってか、さっきまであんなに悩んでたくせに、何故アイスバー一本で復活するんだ?

「いいや、元気みたいだし」

 そうやって、その夜は二人で、アイスバーをしゃぶっていた。

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