今も中学時代の担任の先生には頭が上がらないと思う
◇
《なるほど、厄介なことになったね》
その日の夕方、優は携帯で、舞奈と通話していた(イン・ザ・W.C.)。何故家の電話を使わないかといえば、狼たちにバレないようにするためだろう。
「ええ。彼らの言葉を信じるなら、明日のお昼には、この町が戦場と化しているでしょうから」
《それも、相手が言い伝え通りのチートキャラだった日には、この町どころかこの国、ううん、この世界が終わっちゃうよ》
まず最初に話したのは、先程の『聖剣使い』から得た情報。しかし、それもただの前振りでしかない。
「それでなんですが、あなたのコネで、国内にいる魔術師を集められませんか?」
そこまで話して、やっと本題に入ったようだ。てか、集めるほどいるのか、魔術師が?
《この町に? それはちょっと難しいかな。私自身は魔術師じゃないし、あくまでコネを活用しているに過ぎないから。そんなに強い権限はないの》
「そうですか。それなら、魔術師たちの連絡先を教えてください」
そんなことを聞いてどうするのだろうか。直談判でもする気か?
《あのね、お優さん。私、一応刑事だよ? 他人の個人情報を気軽に教えられないの》
「私の個人情報はすんなり教えるくせにですか?」
《え……?》
優の口調が、やや非難めいたものに変わる。対して舞奈は、『あ、やっばーい、バレちゃったのか……』的な声を漏らした。
「お昼に、『吸血夢魔』の件で依頼した調査の結果が、電話で来たんです。確かあなた、魔術師に依頼するって言ってましたよね? そして、その結果が私の元へ直接来た。しかも、向こうは私の名前を知っていました。あなたが教えたんですよね?」
ああ、あの電話の話だろう。ってか、あれって魔術師からだったんか……。
《いや、だってほら、私経由より、直接連絡したほうがいいかなって―――》
「それに、私の携帯番号を無断で教えてましたよね? あなたのお婆様が若かった頃から付き合いがある私の、大切な個人情報を勝手にばら撒いたんですから、私にもそのくらい、教えてくれますよね?」
早口で捲くし立てる優。電話の向こうにいる舞奈は、完全にたじたじだ。
《で、でもさ、向こうの人もお婆様の恩師だし……》
「それなら、私と同じ条件ですよね? あなたのお婆様に魔術を教えたのも、魔術を使えるようにしたのも私ですから」
《うぅ……分かったよぉ。教えるから、ちょっと待ってぇ~……》
降参したとばかり泣き声を上げる舞奈。ごそごそと何かを漁る音がした後、目当ての番号が告げられた。
《くれぐれも、私から聞いたなんて言わないでよ。今度会った時に私が責められるんだから》
「善処します」
この場合の『善処します』は、了解していないという意味だけどな。
優は通話を切ると、教えてもらったばかりの番号にコールする。数回の呼び出し音が鳴った後、しゃがれた男性の声が聞こえてきた。
《はい》
「こちら、牧野優という者です。あの、昼頃うちにお電話下さった方でしょうか?」
《ええ。どうかされましたか?》
何故番号を知っていたかには触れて来ない。普通は着信履歴で辿れるからだろうか。まあ、黒電話にそんな機能ないからな。
「明日の昼頃、あなたたちが仰っていた『聖剣使い』が、この町を襲撃すると分かりました」
《ほう、それは興味深い話ですな》
そして優は、さっき舞奈にしたのと同じ話をした。突然、優の前に『聖剣使い』が現れたこと。彼らが、明日、『原始の聖剣使い』がこの町に現れると言っていたこと。その対策として、町に魔術師を集めて欲しいとのこと。一通りの説明を聞いた後、相手の男性は唸るように答えた。
《確かに、うちは国内で唯一、魔術師で構成された組織です》
ほんとかよ? 組織化するほどの魔術師が、この日本にいるのか?
《ですが、あなたの情報が正しいとは限りません。もしそれが間違っていた場合、対処が遅れてしまいかねません》
「もし正しければ、それこそ一大事では?」
《ええ。ですから、不用意に人員を動かせないんです。それに、その情報は『聖剣使い』によって齎されたものでしょう? それなら、こちらの戦力を遠ざけるために、態と見当違いな場所に仲間をやって、あなたに偽情報を与えた、という推測も成り立ちます。ですから、その信憑性に欠ける情報を信用するわけにはいかないんですよ》
確かに、この情報は不確実だ。向こうがグルで、自作自演だったと言われれば、反論のしようがない。
《そういうわけです。まあ、もし何かしらの騒ぎがあれば、すぐに駆けつけますから》
そう言い残して、電話は切れてしまった。
「……やはり、私たちで何とかしないとですね」
そして優は、通話の切られた携帯電話を握り締め、何かを決意するように呟くのだった。