幼児退行
◇
……あれから数分ほどで、私は家に辿り着いた。『家』と言っても、ここは両親の暮らす実家ではなく、伯父さんと暮らしているアパートだ。ここの二階に、伯父さんと住む部屋がある。
階段を上って二階まで行くと、部屋の前に辿り着く。いつもは鍵を使って入るけど、今日は既に開いていた。多分、伯父さんが帰っているのだろう。
「……ただいま」
「おかえり」
部屋に入ると、奥のほうから伯父さんの声がした。やっぱり、先に帰ってたみたい。
私はゆっくりとした足取りで、伯父さんの元へ向かう。廊下の扉を開けてリビングに入ると、伯父さんがソファーに座っていた。伯父さんは私に気づいて振り返ると、少し戸惑ったような声を上げた。
「どうしたの……? 何かあった……?」
どうやら伯父さんは、私の様子がおかしいことに、一目で気づいたらしい。
「伯父さん……」
そんな伯父さんの反応に、私は、心の奥から溢れてくる何かを抑え切れなくなっていた。
「ぅ……」
それが、悲しみなのか、恐怖なのか、安堵なのか、喜びなのか、それは分からない。けど、確かに『それ』が溢れ出て、私の感情を暴れさせる。
「うぇぇーーん……!」
「み、美也……!?」
だから私は、思わず伯父さんに抱きついていた。そしてそのまま、伯父さんの胸に顔を埋めて、子供みたいに泣きじゃくる。気力が尽き果てるまで、わんわん泣き続けたのだった。
◇
「落ち着いた?」
「……うん」
数分ほど経って、私はようやく泣き止んだ。泣き過ぎて、瞼が少し腫れている。
「一体、どうしたんだい? 突然泣き出したりして」
伯父さんの、心配そうな声が、私の心を揺さぶった。―――けど、伯父さんに話すわけにはいかない。だって、あの人たちは明らかに普通じゃなかった。多分、私と『同じ側』に住んでいる人たち。つまり、『人間じゃない』人たちなんだ。なまじゲーム脳で非常識なことを信じやすい伯父さんには、あまり関わらせたくない。
「ううん、大丈夫。ちょっと帰りに転んで、それで泣いちゃっただけ」
実際、あの人たちに何かをされたわけじゃない。スマートフォンもストラップも返してもらったし、転んだのも自分だ。だけど伯父さんはまだ心配なのか、納得してくれそうになかった。
「本当に? 暴漢に襲われたとかじゃなくて?」
「当たり前だよ。私がどれだけ強いか、伯父さん、よく分かってるでしょ?」
「……うん、そうだね」
私には、この化け物じみた力がある。だから、伯父さんはそれを引き合いに出せば、嫌でも納得してくれるはずだ。……伯父さんに嘘を吐くのは心苦しいけど、これも伯父さんのためだと自分に言い聞かせて、どうにか平然を装う。
「じゃあ、私、着替えてくるね」
「う、うん……」
私は伯父さんから離れて、リビングの隣にある和室(私の自室)へ入る。襖を閉めると、途端に不安が込み上げてきた。
「……しっかりしないと、私」
小さく呟いて、私は、着替えを取り出すために押入れを開けた。
「……美也、大丈夫かな?」
その頃、美也の伯父は、彼女のことを案じていた。帰ってきたと思ったら突然泣きついてきたのだから、心配するなと言うほうが無茶だ。
「やっぱり、明日にするべきじゃなかったかな……?」
本来ならこれからそれについて話す予定だったが、美也があの状態ではそれも躊躇われる。
「……うん。やっぱり、美也は今回、家にいてもらおう」
伯父はそう結論付けると、予定の変更をメールで知らせた。相手は勿論、美也の両親だ。
「よし、それじゃあご飯の用意でもするかな」
そして、美也のために夕食の支度をするのだった。