暫くこの子のターン?
……狼君たちと別れた後、私はちらりと、後ろを振り返ってみた。そこには、私に背を向けて歩く狼君と闇代ちゃんの姿があった。私の目には、二人がとても楽しそうに映った。―――まるで、邪魔者がいなくなって清々した、とでも言いたげに。
(……やっぱり、私なんかと一緒にいても、楽しくないのかな?)
そう思ってから、何を今更、という言葉が頭をよぎった。……そうだ。私は、普通とは違う。だって―――
(こんな、力があるんだから)
左手を開いて、そこに少し意識を集中させる。すると、手のひらの上で、小さな風の渦が出来た。宙を舞っていた糸くずが混じったお陰で、空気の流れがはっきりと分かる。
今は制御が出来てるからこの程度だけど、もしガタが外れれば、それはたちまち凶器へと変貌する。伯父さんには『不審者相手なら使っておっけー』と言われたけど、こんな危ない力、例え不審者変質者にも使いたくない(幸い、そういうのと出くわしたことないけど)。
(もう、この力で誰かを傷つけたくないのに……)
パパも、ママも、伯父さんも。この力で、みんな傷つけてしまった。これ以上、誰かを傷つけるのは御免だ。大切な人なら、尚更。―――それが、化け物じみた私に出来る、唯一のことだから。
(狼君には、『普通』でいてほしいから……)
彼には、『普通』の人生を歩んで欲しい。闇代ちゃんもいい子だし、二人はきっと幸せになれる。―――だから、私はずっと一人でいないと。恋なんて高尚なものは、伯父さんが作るゲームの中だけで楽しめばいい。そうやって、自分と縁のない世界を妄想して、猥語を連発する残念な女の子であり続ければいいんだ。それが今では素だし。
と、ネガティブな方へ進んでいった思考を振り払うように、私は頭を左右に激しく振った。内容に関わらず考え込む癖を何とかしないと、これから先にも苦労しそうだ。
(それはそうと、さっきのメールは……)
けれど、やっぱり嫌なことを思い出してしまう。さっき、伯父さんから受け取ったメールだ。文面は確かに、狼君に言った通り、早く帰るように促すものだった。けど、正確にはもう一文あった。『明日、パパとママに会うから』という文が。
(……そういえば、もう六年も会ってないな)
あの誕生日以来、私は両親の姿を見てない。向こうは伯父さんから近況を聞いてるだろうし、もしかしたら陰から私を見てたかもだけど、私はこの六年、顔を合わせていないどころか、どこで何をしていたかさえまともに知らない。ああ、そういえばいたな、そんな人たち。って思うくらいにまで、両親の記憶は薄れつつあった。でも、私はそれで良かった。……だって、私を拒絶した人たちだから。今更仲良くなんて、出来るはずがない。唯一受け入れてくれた伯父さんにも、出来るだけ迷惑を掛けたくない。高校を卒業して、適当に就職して、一人で慎ましく暮らす。それが今の目標だ。全然理想じゃないけど、私にはそれくらいしか望めない。だから、仕方ないんだ。
「おい」
さっきよりも輪をかけてネガティブな思考に嵌っていると、誰に声を掛けられた。顔を上げて振り返れば、そこには何かがいた。……うん、違う。多分、人だ。けど、私は今まで、こんな人を見たことがない。髪はくすんだ銀色(燻し銀と言うのだろうか?)で、瞳は黒だけど、若干青っぽい。背も高くて結構綺麗な顔立ちだけど、何故か着ている衣服はボロ布のようだった。そんな、異質な少年が、私の前に立っていた。
「お前、『聖剣使い』か?」
そしていきなり、そんなことを尋ねられた。
「え……?」
突然の、しかも意味不明な問いに私が硬直していると、背後から別の声が聞こえてきた。
「あ、いたいた。まったく、何で勝手に行っちゃうのよ?」
後ろのほうからやって来たのは、ポニーテールの、私と同じ年くらいの少女。ただ、左手の薬指に指輪を嵌めていたり、着ているセーラー服がやたらボロボロだったりと、こちらも少し異様な感じだ。
「『聖剣使い』を見つけた」
「え、ちょっとそれほんと!?」
私を挟んで会話する二人。察するに、この二人は知り合いで、『聖剣使い』なるものを探しているのだろう。けど、それだとさっきの質問がどういう意図だったのかが分からなくなる。
「ああ。そいつがそうらしい」
少年が、私を顎で示した。……って、顎で指さないでほしい。
「ふ~ん。あなたの頭もそろそろ末期なのかしら?」
けど少女は、私を一瞥してから、少年に対して(私に向けた言葉でないと信じたい)そう言った。
「少なくとも、『聖剣』は持っているはずだ」
「これが? どう見てもただの人間じゃない」
「それを言えば、お前も俺も元はただの人間だ」
……凄く馬鹿にされているような気がするが、一つ訂正しないといけないことがある。私は、ただの人間じゃない。いや、人かどうかすらも怪しい存在だ。まあ、隠してることだから、気づかないのは嬉しい限りだけど。ていうか普通は気づかないけど。でも―――そうすると、この人たちは何者なんだろうか? 口振りからすると、少なくとも堅気ではないみたいだけど……。
「まあ、いいや。で、あんた、ほんとに『聖剣』持ってるの?」
それは、私に言ってるんだよね? だとしても、『聖剣』が何かも分からないし……よし、ここは一つ、訊いてみよう。
「あの、『聖剣』って、何ですか……?」
おずおずと手を挙げて、その問いを口にする。すると二人は、静かに互いの顔を見合わせた。
「……よく考えれば、人間に『聖剣』と言った所で、通じないのだな」
「人間と話すの久しぶりだから、すっかり失念してたわ」
そして少女が、肩を竦めながら、ゆっくりと私に近づいてきた。
「な、何ですか……?」
私は思わず身構えたけど、少女は気にした風もなく、私のほうへ手を伸ばし、そのまま素早く、ポケットから何かを抜き取った。
「ありゃりゃ~。『聖剣』をストラップにしてるのは初めてだわ」
取られたのは、私の携帯。伯父さんから貰ったストラップのついた、私のスマートフォンだ。
「か、返して……!」
咄嗟に手を伸ばすけど、少女は飛び退いて、私から離れてしまった。
「ねえ、『聖剣』ってこれ?」
「恐らくな」
少女はスマートフォンを掴んで、金弧のストラップを揺らしている。それは、伯父さんから貰った、大切な物なのに―――
「返して……! 返してよぉ……!」
泣き声を上げながら、必死で手を伸ばすけど、少女はおちょくるように逃げ回る。それが何回も続いて、ついに私は盛大にこけてしまった。
「あ……」
「あまり意地の悪いことをするな」
私は這いずるようにして起き上がり、立ち上がろうとする。けど、足を挫いたのか、うまく立てない。
「それは返してやれ」
「え、いいの?」
「ああ。『聖剣使い』でないとしても、それを持っているということは、それなりに素質があるのかもしれない。いざとなれば、な」
「……まあ、あんたがそういうなら」
少女はそう言うと、私の前にスマートフォンを置いた。
「悪かったわね、大人気ない真似して。―――でも、これだけは覚えておいて。これは『聖剣』って言って、とても危険なものなの。だから、人間が持つのはよしたほうがいいわ」
少女はそう言い残し、どこかへ行ってしまった。少年のほうも、いつの間にか姿が見えなくなっていた。まるで、そんな人、最初からいなかったかのように。
「……帰ろ」
私は返してもらったスマートフォンをポケットに入れ、再び家路に着いた。