SHIT!
……その頃、日本では。
「ねえ、今更で悪いんだけど……何で日本に来たの? 奴ら、今は日本にいないんでしょ?」
そう問いかけるのは、艶やかで長い黒髪を後ろで縛ってポニーテールにした少女。古ぼけたセーラー服を身に纏い、そこから覗く左手の薬指には、外周にダイヤモンドが途切れることなく嵌め込まれた指輪―――エタニティリングがつけられていた。他に持ち物らしきものはないので、正しく着の身着のままと言ったところだろうか。
「今回は完全に後手に回ったからな。今から行っても遅いだろうから、奴らの行きそうな場所へ先回りするしかない。まあ、具体的な位置まで分かってるから、そのほうがいいだろうて」
それに答えるのは、燻し銀の髪を生やした少年。黒に近い紺の瞳を気怠そうに開いた彼は、ボロ布のような服を着て、右手の人差し指と中指で、一枚のカードを挟んでいる。そのカードには、剣の絵が描かれている。こちらも、他に何かを持っている様子はない。
因みに、彼らがいるのはとある空港のバスターミナル。人の多い場所ながら、これほどまでに異様な格好の彼らを、行きかう人々は気にも留めない。まるで、その目に映ってすらいないかのように。
「幸い、その場所には魔女もいるらしい。『最強』に対抗しうる戦力だからな。協力を仰ぐのが一番のはずだ」
「ふーん。その魔女、ほんとに戦えるの?」
「さあ、案外平和ボケしてるかもな」
そんな話をしながら、彼らはバスを待ち続けたのだった。
◇
……はてさて、狼たちはもう放課後だろうか。
「狼くーん! 一緒に帰ろっ」
狼の教室に、鞄を持った美也がやって来る。
「断る」
しかしそれを、狼は一蹴してしまう。
「が、がーん……! うぅ、ロリコン魂全開の狼君は、ないすばでぃなお姉さんとは同じ空気も吸いたくないんだね……」
「それは否定するのが面倒なくらい違うと言ってるし、そもそも自分の体格を自分で褒めてもあほらしいだけだぞ」
まあ、否定はしないけど。それでも平均の少し上くらいだけどな。ボン、キュッ、ボン、には程遠い。
「さ、狼君、一緒に帰ろ」
そうこうしている間に、闇代が帰り支度を済ませて、狼の隣にやって来た。
「ああ」
闇代と狼は同居しているので、帰り道が同じだ。故に、この流れはとても自然である。しかし、美也はそんなことなど知らないので(まあ、あまり関係ないが)、大袈裟ではなく本気で驚いた。
「えぇっ! 狼君は、私と一緒に帰ってくれないの!? 少し前までは一緒に帰ってくれたのに……やっぱりロリ一筋なんだね」
「とか言って、結局ついて来るんだろ?」
「うん」
おいおい……。
てな感じで、狼、闇代、美也の三人が揃って帰宅することとなった。
◇
「え、闇代ちゃん、狼君と同棲してるの……?」
「うん」
今し方、闇代が狼と一緒に暮らしていると打ち明けたところだ。これにはさすがに、美也も頬を引き攣らせている。
「同棲じゃなくて同居な。こいつの実家が遠いから、うちに下宿してるだけだ」
透かさず狼が訂正する。そうしておかないと、また変な妄想をし兼ねないからな。
「じゃあ、夜になると―――(自主規制)―――とか、するの……?」
「とりあえず、発言内容を何とかしてくれ……」
何ともなりません。諦めてください。何せ、ポストを赤から虹色に変えるほうが簡単なくらいだ。
「冗談だってば~。狼君、中学時代に私が何言っても全然なびかなかったし。いくらロリに目覚めても、そんなに節操なしじゃないよねぇ~」
全く以ってその通り。さすが、よく分かっていらっしゃる。
「ったく。あんたはほんと、ふざけてるのかどうかが分かりにくいからな」
「え? 私は常時真剣だよ?」
「……ついでに、嘘を吐いてるのかどうかもな」
そりゃまあ、散々茶化した挙句、全部『冗談』の一言で誤魔化された上でのその発言では、そう言いたくなるのも無理ない。
「大丈夫。私が狼君大好きなのは本当だから♪」
「止めてくれ。頭痛がする……」
日々闇代の(時々優の)愛情表現に悩まされているためか、最早彼は、好意に対して拒否反応まで出るようになったらしい。好意や愛情も、度が過ぎれば毒となるのだろうか。
「ぶぅ~。狼君、美也さんと話してばっかり……」
闇代が、頬を膨らませながら呟いた。やきもちだろうか? まあ確かに、彼女にとっては面白くないだろうが。このくらいは大目に見ようよ。
「お前とはほぼ常時話してるだろ」
「それでもやっぱり嫉妬しちゃうの」
繊細な乙女の気持ちなんだから、察してあげなさいよ、狼君も。
すると、美也のポケットに入ってる携帯電話が震えだした。
「っと、メールだ」
着信に気づいた美也は、右手を制服のポケットに突っ込むと、黒光りするスマートフォンを取り出した。それと同時に、取り付けられた弧状のストラップが、鈍い金色の光を放ちながら揺れる。
「そのストラップ、まだ付けてるのか」
「あ、うん。っていうか、覚えてたんだ、狼君」
「伯父さんに貰ったって言ったのはあんただろ」
六年前の誕生日に貰ったプレゼントを、後生大事に身に着けているのだろう。
「ほんと、記憶力いいよね、狼君」
「そうでもないけどな。それより、メールは?」
おっと、危うく忘れるところだった。美也は画面に目線を戻した。
「えっと……え?」
「どうした?」
美也の表情が一瞬曇ったが、狼の声に、すぐ元の顔に戻って、首を横に振った。
「ううん、寄り道しないで早く帰って来なさいって」
「そっか。まあ、丁度分かれ道だしな」
彼らの前方にはT字路があった。右へ行けば『虹化粧』、つまりは狼たちの家が。左へ行けば、美也の自宅。彼らはここで、必然的に別れることとなる。
「うん……じゃあ、またね、狼君。それから闇代ちゃんも」
「ああ」
「狼君は絶対に渡さないからねっ!」
互いに手を振って、美也は狼たちと別れた。