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板張りの床の上に等間隔で並べられた木のテーブル。それに対なす木の椅子や赤いソファー。
昼時ということもあり、店内は満席で、従業員達は忙しそうに走り回っている。
そんな店のとあるテーブルで海達は食事をしていた。
熱せられた鉄のプレートの上で、音を立てて歌うハンバーグ。セットになっているライスとスープを、海は両手で囲いながら、むさぼるように食べていた。
ガツガツと勢いよく食べているくせに、意識だけは周りを警戒していて。
その食べる姿を見て、輝達は野生の猫のようだと思った。
「海。そんなに慌てて食べなくても誰も取りはしないよ」
苦笑いを浮かべながらそう言った輝。
しかし海は警戒することをやめず、それどころか輝を睨みつけた。
(この子は、落ち着いて食事をすることも出来なかったんだな……)
輝は想像することしか出来ない。ここまで警戒しないと食事が出来ない環境というのは、いったいどういうものなのだろう。
『普通』という定義は人それぞれによって違う。
お金持ちの家に生まれた人にとってみれば、お金があるのが、欲しいものを好きなだけ買えるのが『普通』だし、貧乏な家に生まれた人にとってみれば、お金がないのが、欲しいものを我慢しなくてはいけないのが『普通』だ。
『普通』の定義は平等ではないし、国によっても異なる。
衣食住において全てを平等にすることなど、神でさえ、出来ない。
だけど、と輝は思う。
(せめてこの子には、目の前にいるこの子には、落ち着いて食事が出来る『普通』を与えてあげたい)
輝は神ではない。世界の全ての人に、彼の思う『普通』を与えてあげることなど出来やしないし、全ての人を救いたいなどと傲慢な考えも持っていない。
けど彼は、目の前の少年一人に彼が思う『普通』を与えることは、出来る。
それはただの自己満足なのかもしれないし、ただの偽善なのかもしれない。
でも、救える力があるのに、本当に苦しんでいる人を見殺しにすることなど、輝は出来なかったし、したくなかった。
それに、と輝は思う。
(悲しみや苦しみを知っている人は、他人に優しくなれる。この子が立ち直った時、この子はきっと周りの人達を幸せにしようとする。自分のように苦しんでいる人を救おうとする。そうやって、この子は幸せの連鎖を作っていくだろう。そうなれば、少なくともこの世界は少しだけ優しくなる)
自分の境遇を嘆き、自分より下がいると他人を見下し生きていくことは実に簡単だ。
下に見られた人は、また他人を見下し、見下された人は自分よりも下を探し。
そうやって無限に続いていく悲しみの連鎖。
今の世界は、そういった負の連鎖が多すぎる。
誰かが、どこかで、それを止めなくてはいけない。
一人では無理だし、とても難しいことだと思う。
けど、いつか。
(まずは自分が。そして、海が)
少しずつでもいい。
悲しみに比べて優しさはとてももろい感情だ。
けど、優しさは人の力になる。幸せの源になる。
そうやって少しずつ。そしていつか……。
「海。僕のチーズハンバーグ、食べるかい?」
チーズのかかったハンバーグをフォークに刺し海に向ける。
海は怪訝そうにフォークの先と輝の顔を見比べていたが、食欲の方が勝ったのか、おずおずと手をフォークに伸ばす。
しかし、海の手がフォークをつかむ前に輝の手が上へとあがった。
睨みつけてくる海に、輝は笑顔を浮かべ言う。
「海。こういう場合は口を開けるものだよ」
「……あ?」
意味がわからないといった表情の海。
輝は笑顔で「こういうことだよ」とフォークを海の隣に座る雫の方へと向ける。
「雫。あーん」
「――っ!」
あーんと言いながら、なんの躊躇いもなく輝のフォークを口にする雫。
それを見ていた海は息をのんだ。
「わかったかい、海。ほら、あーん」
再びフォークを向けてくる輝に、海は声をあげた。
「そんなこと出来るわけないだろ!?馬鹿かお前は!」
突然あがった大声に周囲の視線が集まるが、そんなものを気にするような輝ではなかった。
「なぜだい?親子では普通にするものじゃないか」
眉を微塵も動かさず、変わらない笑顔を海に向け続ける輝。もちろん、フォークもそのままだ。
輝の平然とした態度に、海の方が逆に狼狽する。
「お、俺は……お前らと親子なんかじゃ……」
「海」
海の言葉を遮ったのは雫だった。
怒気を含んだ彼女の声に、海は一瞬、体を震わせる。
雫の手があがったのを気配で察知し、海は目を閉じた。
……しかし、海の予想に反し、雫の手は優しく海の頭を撫でた。
驚き、海が顔をあげると、そこには優しい笑顔。
「あなたは、もう私達の大事な、大事な家族なの。親子じゃないなんて言わないで。悲しくなるわ」
「……」
ね、と笑みを深める雫に、海は肯定も否定も出来なかった。頭を撫でられながら、ただじっと雫を見つめていて。
(こいつらは……なに?こんな大人、俺は知らない……)
罵声を浴びせない大人。
手を繋ぐ大人。
食事を与えてくれる大人。
頭を撫でる大人。
笑顔を向けてくれる大人。
優しい、大人。
海が知っている大人達とは正反対の二人。
初めて見る大人に、初めて体験するやり取りに、海は心の底から戸惑った。
戸惑いを浮かべている海に、雫が優しく言う。
「いきなり、母と呼べなんて言わないわ。あなたがそう呼んでもいいと認めた時、その時に呼んでくれればそれでいいの。私達はそれまでずっと待っているから。でも忘れないで。私達にとってあなたはもう、大事な存在なの。大切な家族なの。そのことだけは、忘れないで」
そう言い、雫は自分の和風ハンバーグを一口分切り、海のハンバーグが乗っているプレートの上に乗せた。
「あーんは、海が私達のことを家族と認めてくれる時まで、楽しみにとっておくわ」
「ふむ。じゃあ僕もそうしよう」
輝も雫と同様に、海の前に差し出していたハンバーグを、彼のプレートの上に置く。
二人の顔を交互に見る海。戸惑いに揺れる瞳を、輝達は優しく見返した。
「……」
自分のプレートの上に置かれた、自分のものではないハンバーグ達。今まで他人の食料を、こんな風に貰ったことのない海は、とても戸惑う。
もう一度二人の顔を目だけで見やり、そしてハンバーグに視線を落とし。
そうやってじっくりと二人を観察してから、海はようやく、彼らから貰ったハンバーグへおずおずとフォークを突き刺した。
同じように二人を観察してから、ゆっくりとそれを口に運ぶ海。
「美味しい?」
雫の問いに、海は無言で、小さく頷いた。




