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空に想いを…  作者: 洋
First Story ~Yuki~
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 板張りの床の上に等間隔で並べられた木のテーブル。それに対なす木の椅子や赤いソファー。

 昼時ということもあり、店内は満席で、従業員達は忙しそうに走り回っている。



 そんな店のとあるテーブルで海達は食事をしていた。



 熱せられた鉄のプレートの上で、音を立てて歌うハンバーグ。セットになっているライスとスープを、海は両手で囲いながら、むさぼるように食べていた。



 ガツガツと勢いよく食べているくせに、意識だけは周りを警戒していて。


 その食べる姿を見て、輝達は野生の猫のようだと思った。



「海。そんなに慌てて食べなくても誰も取りはしないよ」



 苦笑いを浮かべながらそう言った輝。

 しかし海は警戒することをやめず、それどころか輝を睨みつけた。



(この子は、落ち着いて食事をすることも出来なかったんだな……)



 輝は想像することしか出来ない。ここまで警戒しないと食事が出来ない環境というのは、いったいどういうものなのだろう。



 『普通』という定義は人それぞれによって違う。


 お金持ちの家に生まれた人にとってみれば、お金があるのが、欲しいものを好きなだけ買えるのが『普通』だし、貧乏な家に生まれた人にとってみれば、お金がないのが、欲しいものを我慢しなくてはいけないのが『普通』だ。


 『普通』の定義は平等ではないし、国によっても異なる。


 衣食住において全てを平等にすることなど、神でさえ、出来ない。


 だけど、と輝は思う。



(せめてこの子には、目の前にいるこの子には、落ち着いて食事が出来る『普通』を与えてあげたい)



 輝は神ではない。世界の全ての人に、彼の思う『普通』を与えてあげることなど出来やしないし、全ての人を救いたいなどと傲慢な考えも持っていない。


 けど彼は、目の前の少年一人に彼が思う『普通』を与えることは、出来る。


 それはただの自己満足なのかもしれないし、ただの偽善なのかもしれない。


 でも、救える力があるのに、本当に苦しんでいる人を見殺しにすることなど、輝は出来なかったし、したくなかった。


 それに、と輝は思う。



(悲しみや苦しみを知っている人は、他人に優しくなれる。この子が立ち直った時、この子はきっと周りの人達を幸せにしようとする。自分のように苦しんでいる人を救おうとする。そうやって、この子は幸せの連鎖を作っていくだろう。そうなれば、少なくともこの世界は少しだけ優しくなる)



 自分の境遇を嘆き、自分より下がいると他人を見下し生きていくことは実に簡単だ。

 下に見られた人は、また他人を見下し、見下された人は自分よりも下を探し。


 そうやって無限に続いていく悲しみの連鎖。



 今の世界は、そういった負の連鎖が多すぎる。


 誰かが、どこかで、それを止めなくてはいけない。



 一人では無理だし、とても難しいことだと思う。


 けど、いつか。



(まずは自分が。そして、海が)



 少しずつでもいい。


 悲しみに比べて優しさはとてももろい感情だ。

 けど、優しさは人の力になる。幸せの源になる。


 そうやって少しずつ。そしていつか……。



「海。僕のチーズハンバーグ、食べるかい?」



 チーズのかかったハンバーグをフォークに刺し海に向ける。

 海は怪訝そうにフォークの先と輝の顔を見比べていたが、食欲の方が勝ったのか、おずおずと手をフォークに伸ばす。


 しかし、海の手がフォークをつかむ前に輝の手が上へとあがった。


 睨みつけてくる海に、輝は笑顔を浮かべ言う。



「海。こういう場合は口を開けるものだよ」

「……あ?」



 意味がわからないといった表情の海。

 輝は笑顔で「こういうことだよ」とフォークを海の隣に座る雫の方へと向ける。



「雫。あーん」

「――っ!」



 あーんと言いながら、なんの躊躇いもなく輝のフォークを口にする雫。

 それを見ていた海は息をのんだ。



「わかったかい、海。ほら、あーん」



 再びフォークを向けてくる輝に、海は声をあげた。



「そんなこと出来るわけないだろ!?馬鹿かお前は!」



 突然あがった大声に周囲の視線が集まるが、そんなものを気にするような輝ではなかった。



「なぜだい?親子では普通にするものじゃないか」



 眉を微塵も動かさず、変わらない笑顔を海に向け続ける輝。もちろん、フォークもそのままだ。


 輝の平然とした態度に、海の方が逆に狼狽する。



「お、俺は……お前らと親子なんかじゃ……」

「海」



 海の言葉を遮ったのは雫だった。

 怒気を含んだ彼女の声に、海は一瞬、体を震わせる。


 雫の手があがったのを気配で察知し、海は目を閉じた。



 ……しかし、海の予想に反し、雫の手は優しく海の頭を撫でた。


 驚き、海が顔をあげると、そこには優しい笑顔。



「あなたは、もう私達の大事な、大事な家族なの。親子じゃないなんて言わないで。悲しくなるわ」

「……」



 ね、と笑みを深める雫に、海は肯定も否定も出来なかった。頭を撫でられながら、ただじっと雫を見つめていて。



(こいつらは……なに?こんな大人、俺は知らない……)



 罵声を浴びせない大人。

 手を繋ぐ大人。

 食事を与えてくれる大人。

 頭を撫でる大人。

 笑顔を向けてくれる大人。

 優しい、大人。


 海が知っている大人達とは正反対の二人。



 初めて見る大人に、初めて体験するやり取りに、海は心の底から戸惑った。


 戸惑いを浮かべている海に、雫が優しく言う。



「いきなり、母と呼べなんて言わないわ。あなたがそう呼んでもいいと認めた時、その時に呼んでくれればそれでいいの。私達はそれまでずっと待っているから。でも忘れないで。私達にとってあなたはもう、大事な存在なの。大切な家族なの。そのことだけは、忘れないで」



 そう言い、雫は自分の和風ハンバーグを一口分切り、海のハンバーグが乗っているプレートの上に乗せた。



「あーんは、海が私達のことを家族と認めてくれる時まで、楽しみにとっておくわ」

「ふむ。じゃあ僕もそうしよう」



 輝も雫と同様に、海の前に差し出していたハンバーグを、彼のプレートの上に置く。


 二人の顔を交互に見る海。戸惑いに揺れる瞳を、輝達は優しく見返した。



「……」



 自分のプレートの上に置かれた、自分のものではないハンバーグ達。今まで他人の食料を、こんな風に貰ったことのない海は、とても戸惑う。



 もう一度二人の顔を目だけで見やり、そしてハンバーグに視線を落とし。


 そうやってじっくりと二人を観察してから、海はようやく、彼らから貰ったハンバーグへおずおずとフォークを突き刺した。


 同じように二人を観察してから、ゆっくりとそれを口に運ぶ海。



「美味しい?」



 雫の問いに、海は無言で、小さく頷いた。

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