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「ずいぶんと楽しそうですね。私も仲間に入れて頂けないかしら」
そんな声がかかったのは、海が父親の姿にため息をついている時だった。 目の前、秀一がいる方向からかけられた女性の声に、海は顔をあげる。
「輝様、雫様。本日は遠いところご足労をかけ、大変ありがとうございます。 こちらががあなた方のご子息ですか?」
そう微笑む女性は、雫とも圭とも違うタイプの女性だった。
胸元まで伸ばされ、ウエーブのかかった濡れ羽色の髪。
その下で輝くのは、猫のような薄茶色の瞳。
雫よりもボリュームのある胸を強調させるようなデザインのローブ・デ・コルテは、彼女の意志を体現したかのように情熱的な赤だった。
麗人と呼んでなんら差し支えない女性の質問に答えたのは雫だ。
「お久しぶりです、麗華ちゃん。 ええ。この子が私の自慢の息子、海です。 海、こちらは先ほどお話した麗華ちゃん。ご挨拶出来る?」
雫の言葉で目の前にいる女性が麗華だとわかった海は、「なるほど」と内心で頷く。
(この人が秀一さんのお嫁さんか。なんとなく納得)
そんなずれた感想を抱きながら海は頷き、顔を麗華へと向ける。
「初めまして。近藤海です。本日はお招き頂きありがとうございます」
ちょこんと頭をさげる海に、麗華は一瞬きょとんとするもすぐに微笑む。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。秀一の妻、麗華と申します。以後、どうかお見知り置きを。海様」
優しく、穏やかに微笑む麗華。海も「よろしくお願いします」と彼女に微笑み返した。
海の後ろから麗華に次に声をかけたのは輝だ。
「やあ。麗華さん。うん、相変わらずだね」
にやけながらの言葉。
相変わらず、という言葉に輝がアクセントを置いたことに海は気づいたが、なぜそうしたのか、なぜにやけているのかを理解することは出来ず。
首を傾げながらふと麗華を見た時、驚きと共にその疑問は解決した。
(……表情こそ微笑みのままだけど……麗華さん、怒ってる……)
輝の言葉に、麗華は確かに反応した。
しかしそれは、眉が数ミリあがった程度で、普通の人なら、まずそれに気づくことはないだろう。
人の内面を『観る』ことの出来る海だからこそ気づけたのだ。
(麗華さんのことをよく知らないから理由はわからないけど、間違いなくさっきの親父の言葉だ。 ……どうせ調子に乗って、また余計なことを言ったんだろう)
二人の反応からそう結論づけた海。
間違ってないと海は確信しているし、事実その通りだった。
麗華はミリ単位であがった眉を元に戻し、輝に笑顔を向ける。
「おほほほほ……。輝様は本当にユーモア溢れる方ですわね。後ほど、ゆっくりと、お話をさせていただきたいですわ」
「え゛っ……いや……それは……」
「是非とも、お願い出来ませんでしょうか?」
「……畏まりました……」
――海には理解出来た。普段から輝を、彼の反応を見ている海だからこそ見抜くことが出来た。
今の会話の正しい『訳し方』を。
麗華が輝に『あとで面貸せよ』と言っていたことを。
微笑みながら怒っている麗華。
彼女の言葉に引きつった顔でうなだれる輝。
そんな二人を見ながら微笑んでいる雫と秀一。
彼らを見て、海は確信する。
間違いなく、この二人も自分達と『同類』だ、と。
(前に母さんが、類は友を呼ぶ、っていうことわざを教えてくれたけど……どうして俺の周りにはこうも愉快な大人が多いんだ……?)
自身の周りの大人達の『濃さ』にため息をこぼす海。 しかし、そのことをちっとも嫌がっていないのは、彼の口元に小さく浮かんだ微笑みが証明していた。
「雫様。海様。よろしかったら、あちらのテラスで夜風に当たりながらお話致しませんか?」
言いたいこと(?)を言ってすっきりしたのか、輝から視線を海と雫に移し、そう言う麗華。
雫はもちろん、海にも断る理由などなく、二人で顔を見合わせ、頷いた。
将之に連れられテラスへと向かって行く海達を見送りながら輝は秀一へと話かける。
「どうだい、秀一?僕の息子は?」
「想像以上さ」
同じように海達を見送りながら、秀一は同意の返事を返す。
「礼儀正しく、物怖じしない。 それにーー」
秀一は、ゆっくりと輝へと顔を向ける。
「ーーあの子、お前と麗華のやりとりを『きちんと』理解していただろ」
秀一の言葉は質問ではなく確認だった。
輝は目を伏せながら頷く。
「……ああ。海は、人の内面にとても敏感だ。 ……敏感にならないと生きてこれないような人生を、これまで送ってきたからね」
「……の、ようだな」
秀一も人の内面を『観る』目を、当然取得している。企業のトップとして、それは必須だからだ。
だが、それを最初から持っていたかというと、そうではない。 多くの経験と失敗を得て、長い時間をかけて、ようやく手に入れたものなのだ。
それを、それ以上のものを年端もいかぬ子供が持っているというかことは異常以外のなんでもない。
(地獄を見てきた、か……。それも、俺が経験もしたことがない、本当の地獄を……。 だからこそ、あの子の目はあんなにも強く、深い色をしているのだろうな)
海と顔を合わせ、言葉を交わした時、秀一は将之の言葉が正しかったことを悟った。
(確かにあの子なら、本当の孤独を知っているであろうあの子なら、翔の孤独を理解出来る。そして同時に、翔もあの子のよき理解者になれるだろう)
秀一は一度目をつぶり、輝に笑顔を向ける。
「いいコンビになりそうだな。あの二人は」
輝も、子供のような笑顔を浮かべ頷く。
「きっとね。 あ、秀一。もし厄介事が起こったら、対処は任せたよ!」
輝の言葉に秀一は苦笑い。
「おいおい。ずいぶんと無責任過ぎないか?」
「
そんなことは知らん。僕と息子の笑顔のために犠牲になれ」
そう言い切った輝に、秀一は一瞬のフリーズの後、破顏した。
「はは。ずいぶん親バカになったものだな、お前は」
「秀一には言われたくないね!」
「違いない」
秀一は、くく、と笑う。
黒羽グループのトップ、黒羽秀一に、親しい間柄であるとはいえ輝のように馴れ馴れしく接することが出来る人は少ない。
もしも機嫌を損ねたら、そういう怯えが意識の有無に関わらずどうしても距離を開けさせる。
機嫌を損ねたらからといって害を成すような人間では、秀一はない。
しかし、彼らが怯えるだけの力を持っているのも、また事実で。
力を持たない者が力を持つ者を怖れるのは摂理だ。
だから秀一は、これについては仕方ないと受け入れていた。
だからこそ、輝のように微塵の怯えも感じることなく軽口を聞けるような存在が、秀一は嬉しかった。一緒にいれる時間が心地好かった。
(翔にもこの喜びを感じてほしい。立場や地位を気にとめることすらせず接してくれる存在がいることの幸せを、翔にも知ってほしい)
ひとしきり笑った秀一は、不敵な笑顔を浮かべながら言う。
「任せておけ。二人が笑って過ごせるように、厄介事は俺がなんとかする」
「おう!任せた! ……あ、いや、ちょっと待てよ?」
頼もしい親友の言葉に、片目をつぶり実にいい笑顔でサムズアップしていた輝だが、ある可能性に気づき、そのまま視線を斜め上へと向ける。
「秀一に厄介事を片付けさせると、海、秀一のこと、またカッコいいって思わないか……?それで、なにもしない僕のことを、カッコ悪いって……!?」
容易にそんな未来が想像出来たのだろう。輝の顔から血の気が引いた。
「それはダメだよ!じゃあ、僕が厄介事の処理をーーだめだ。それだと海と過ごす時間がなくなる。なら……」
ぶつぶつと打算的な発言を続ける輝に、秀一は冷めた視線を向ける。
だが輝はそれに気づかずぶつぶつと続け。
ある程度ぶつぶつ繰り返した輝はーー
「よし!秀一!三割の厄介事は任せろ!」
ーーと、先程と同様のポーズ、同様の実にいい笑顔でそう言い放った。
そんな言動を受け取った秀一は、小さく微笑む。
「ああ。わかった。最高に面倒くさくて時間がかかるものを三割分用意しよう」
「ーーえ゛?」
固まる輝。秀一は意趣返しとばかりに言葉を続ける。
「本当に助かるよ、輝。自ら進んで、俺でも面倒くさいと思うような案件ばかり担当してくれるなんて」
「いや、ちょ、まっ……!」
秀一は輝に笑顔を向ける。しかし、そんな彼の目は笑ってはいなかった。
「俺だって翔と語り合う時間がほしいんだ。お前にだけいい思いさせてたまるか」
「おまっ……!?最低だぞ!」
「お前にだけは言われたくない」
秀一の本音に、指を指して非難する輝。
そんな輝に、しれっと正論を返す秀一。
「意義あり!」
「却下だ」
「横暴だ!卑劣だ!卑怯だ!」
「その台詞、まとめて返してやる」
ーー目立たせないように会場の隅に案内させたのは秀一だった。
しかし、子供のような言葉を交わし合う二人は、しかも片方がこのパーティーのホストともあれば、目立たないわけがなかった。
後にこの話を聞いた将之は大きなため息をつき。
海は心の底から思った。
五十歩百歩だ、と。




