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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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 黒羽グループは日本、いや、世界でも有数の大企業である。

 多くの子会社を持ち、今でも提携したい、傘下に入りたいと言ってくる企業は後を絶たない。


 ――が、もちろん全ての企業が黒羽と関係を持てるわけではない。


 甘い蜜だけをすすろうとする企業、不正を行う企業などは、それをどんなにうまく隠していても黒羽と関係を持つことは出来ない。

 また、どんなに業績を残そうと社員を無下に扱う企業も同様である。


 黒羽と関係を持てるのは、社員を大事にし正当な仕事をする企業だけなのだ。



 そうして眼鏡にかなった企業だが、すぐに黒羽と関係を持てるわけではない。

 その後、黒羽主催のパーティーに招待され、そこで秀一と直に話をして認められた企業のみ、黒羽と関係を持つことが出来るのだ。


 それゆえ、黒羽のパーティーは企業にとって、自分達をアピールする絶好の機会であり、また最大の戦場であった。



 東京でも上位にランキングされる東京タワーとミッドタウンの夜景。それを見渡すことが出来るように建築した、パーティー専用のビル。


 同業者達からも評価の高い会場内では、この日も招待客は我先にと、しかしきちんとマナーを守りながら――そもそも、それを守れない企業は招待されていない――秀一と話をしたり、同業者達と腹の探り合いをしたりしていて。


 そんな企業の思惑を冷静に観察し対処ながら、秀一は親友家族の到着を心待ちしていた。


 ここ最近久しく会っていない、気が置けない友人。同じく、秀一の顔色を窺わず自然体で接してくれる彼の妻。

 秀一にとって、二人は遠慮せず軽口を聞ける数少ない存在なのだ。


 ……そしてなにより。今回は彼ら以上に会うのを楽しみにしている人物がいた。

 彼らの養子、海である。



 雫の体の事情を秀一は知っている。 そして、自分達の子供の代わり、というわけではないが、児童養護施設の子供達との触れ合いを楽しんだり、成長を見守っていることも知っている。


 そんな彼らに秀一は「施設内から養子をとってはどうか」と提案したことがある。

 しかし彼らはそれを良しとしなかった。差別になってしまうからと児童養護施設から一人を選ぶことが出来なかったのだ。


 そんな理由で長い間養子をとることのなかった近藤夫妻が、急に一人の少年を迎え入れると言ったのだ。 興味が沸かない方がおかしい。


 それに加え昨日の輝からの電話だ。


 海が抱えている問題。そして、秀一の息子、翔が抱えている問題。

 海が輝の言葉通りの人物であれば、という前提にはなるが、彼らが抱える問題は二人が出会うことによって解決される。それも、おそらく、最高の形で。


 だから秀一は心待ちにしている。


 海と会うこと、というより、翔の問題が解決され、生き生きとした顔を見ることが出来るかもしれないから。



 ……秀一もまた、親バカと称される人の一人だった。それを知る人間は少ないが。




「秀一様」



 秀一が愛息子の顔を想像し、頬が緩むのを抑えながら企業のトップ達と会談をしている時だった。待ちわびた一報が届いたのは。


 後ろからかかった将之の呼び声。秀一は話していた数人に席を外す旨を伝え、逸る気持ちを抑えながらゆっくりと振り返る。



「秀一様。輝様方をお連れしました」



 その言葉に反し、そこにいたのは将之一人だった。もしかしたら近くに輝達がいるのかもしれないが、少なくとも秀一の視界には入らない。

 だが、そのことを秀一は気にとめなかった。

 なぜならそうするように指示したのは、秀一自身だからだ。


 秀一は輝達とゆっくり話をしたかった。

 久しぶりに会うのだし、なにより海が件通りの人物であるのか、しっかりと見極めたかったから。


 それには企業の人間は邪魔だった。彼らと一緒ではゆっくりと話すこともままならない。



 そしてなにより、親友の家族が企業に利用されることを秀一は懸念していた。


 輝は秀一の親友だ。そのことを企業の人間が知れば、輝を自分達と秀一の仲介役として利用しようとする者が必ず出てくる。

 もちろん秀一はそんな企業と手を組むつもりなどさらさらないし、また、今このパーティー会場にいるのはそんなことをしないと思い選別した企業だ。


 ……だが、しかし。それは百パーセントではない。

 人の欲望とは、それほどまでに欲深いのだ。



 だから秀一は輝達を企業から離すことにした。可能性を一パーセントでも減らしたかったのだ。



 礼をしながら言った将之に、秀一は言う。



「わかった。それで?」

「はい。彼なら、と私は確信しております」

「ほう」



 将之の返事を聞き、秀一の目が細まり、口元には笑みが浮かぶ。



「お前にそこまで言わしめるほどか」



 将之は、秀一の秘書であり彼の右腕だ。

 それは仕事の面でもそうだし、人を見極める面でも同様である。


 その将之をしてそう評価される海。秀一の期待は、否応なしにも高まる。



「はい。あれ程強く優しい瞳を、私は他に知りません」

「ふふ。そうか。 将之案内を頼む」

「かしこまりました」



 秀一の言葉に将之は一礼をし、主を先導し歩き始める。

 将之に続きながら、秀一は口を開く。



「将之。俺を案内したあとでいいから、麗華と翔を連れてきてくれるか」

「麗華様をお連れすることは承りました。ですが翔様は……」

「翔がどうかしたのか?」



 含んだ物言いの将之に秀一は眉を寄せ、足を止める。


 きちんと説明をしろ、という意が込められたその行動に、将之も足を止め、秀一の目を見ながら答える。



「……翔様は今、水城椿みずしろ つばき様と一緒です」

「……なるほど」



 水城、という名前を聞き、秀一は顔をしかめる。



(あの狸め……まだ翔のことを諦めてないのか)



 先にも述べたが、黒羽グループと関係を築いてきた会社は数多い。 その中には、関係を築いた当初と代表者が替わった会社もそれなりにはある。


 代表者が替わり評価をあげた会社、変わらない会社。そして、評価を落とした会社。


 水城椿の父が代表をつとめる会社は、代替わりし評価を大きく落とした会社だった。



(自分の無能さを省みようともせず、娘と翔を男女の中にさせ、楽に関係を強化しようって魂胆が丸見えだ。 俺は翔に政略結婚させるつもりはない。というより、翔に貴様の娘は相応しいない。そもそも……)



 胸中で延々と、呪詛のように文句を言い続ける秀一。許されるなら彼は、今すぐ水城親子をこのパーティー会場から追い出し、金輪際関わりを持ちたくなかった。

 しかし大人として、なにより黒羽グループのトップとして、それは許されない行為だ。

 それゆえに、今は堪えるしかなかった。



「……わかった。では、麗華だけを連れて来てくれ。……またあとで二人を会わせる場所を設けよう」

「かしこまりました」



 まだ見ぬ少年に一縷いちるの希望を託すために、秀一は将之を促し歩き始める。



 海と翔。それに水城椿。


 この三人の因縁が十年近くも続くことになるとは、この時の秀一には知る由もなかった……。









 夜の世界に白い花畑のように広がる、ミッドタウンの夜景。

 そこからそう遠くない場所にそびえ立つ東京タワーは、まるで赤い蝋燭のように煌めき。

 首都高速を走る車達が作り出す一本のラインは、さながら地上の天の川のようだった。



 将之に案内されたパーティー会場の隅で、海は眼下に広がる光りの海に心を奪われていた。


 ガラスで出来た壁に両手をつき口を開け外を眺める海の横で、雫は柔らかい笑顔を浮かべる。



「すごいわね。海」

「うん……。こんなの初めて見た」



 同じように海の隣夜景を見ていた輝が、腰に手をあて無意味に誇らしそうに言う。



「海。夜景っていうのはね、高い所から眺めた方が綺麗なんだよ!」

「ふーん」

「……海。雫と僕とで扱いに大きな差がないかい……?」

「当然のことを何度も言うな」

「……」



 輝は壁の隅で置物と化した。



「おや、輝はどうしたんだい?」



 輝がちょうど置物になった時だった。海と雫の後ろからそんな言葉がかかったのは。


 低く渋い男の声。


 聞き覚えのないその声に、海は驚いて。よく知っている友人の声に、雫は笑顔を浮かべながら振り返る。


 海はその人物を見て固まった。


 短く癖のない黒い髪は、無造作にセットされながらもどこか気品を出し。

 健康的に日焼けした彫りの深い顔。

 上唇の上と顎に生えた髭も、綺麗に手入れが施されていて。



「……カッコイイ……」



 今まで見てきた大人の男とは段違いに渋い、いわゆるダンディーな男の登場に、海は思わずそうこぼした。


 海の呟きを聞いた男――秀一は、海に笑顔を向ける。



「おや、ありがとう。君が――」

「ちょっと待ったーーっ!」



 秀一の言葉を遮ったのは他でもない。置物と化していた輝だ。



「海!今、秀一のこと『カッコイイ』って言ったよね!?」

「え……あ、うん」



 海がいる所から『置物』がいた所まで、二、三メートルはある。

 そして海の『カッコイイ』という呟きは、本当に呟きだった。

 目の前で言われた秀一はまだしも、置物と化していた輝には聞こえるはずがないのだが……。



「僕には一度もそんなこと言ってくれてないよね!?なんで秀一には言うのさ!?ずるいじゃないか!!」



 そう熱弁を振るい海の肩を前後に揺らす輝の耳は、それをしっかりと捉えていたらしい。


 海の肩をガッチリと押さえ、鬼気迫る表情と血走った目を向けながら輝は叫ぶ。



「さあ!海!僕のことも『カッコイイ』と言ってくれ!」



 ――海はガン引きしていた。



 輝の容姿が整っていないかというと、そうではない。むしろ十二分に整っている。

 幼い顔立ちで肌は綺麗で。秀一と方向性こそ違えど、輝も間違いなくカッコイイ男の一人だった。


 ……黙ってさえいれば。


 むろん輝とて真面目な一面を持っている。それは海もよくわかっている。

 だが、ふざけた、というより、『残念な』性格が出過ぎているため、海の中で輝は三枚目止まりだった。



 海は輝に冷めた目を向け一言。



「うざい」



 輝は『定位置』で膝を抱えていた。


 そんな父の姿を一瞥し、小さくため息。 海は気を取り直し、目の前の人物へと視線を戻す。



「父が失礼しました。あなたが黒羽秀一さんですか?」



 七歳児らしからぬ物言いに秀一は一瞬目を見張るも、すぐに笑顔を浮かべる。



「ああ。そうだよ。俺が黒羽秀一だ。君が海君、だね?」



 海は小さく頷く。



「はい。近藤海です。初めまして」

「初めまして。今日は来てくれてありがとう」



 その言葉と共に差し出された右手。それを海はためらいなく握った。


 海の横でそれを見ていた雫が、いつもの微笑みを浮かべながら言う。



「海。招待して頂いてパーティーに出席した場合、主催者様に、本日はお招き頂きありがとうございます、ってご挨拶するのよ。出来るかしら?」



 海は雫の顔を見、「うん」と頷いてから再度秀一へと顔を向ける。



「本日はお招き頂きありがとうございます」



 秀一と握手をしたままペこりと頭を下げる海。秀一の笑顔は深くなり、先の言葉を繰り返す。



「はは。これはご丁寧に。今晩は楽しんでいっておくれ。 雫さん。海君は素直でいい子だね」



 話を振られた雫は誇らしそうに微笑む。



「それはもう。自慢の息子ですから。 秀一さん。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。本日はお招き頂きありがとうございます」

「いや、こちらこそ挨拶が遅れて申し訳ない。突然の招待に応じてくれてありがとう。 雫さん。そのドレス、とてもよく似合っているよ」

「まあ」



 秀一の賛辞に、雫は口元に手を添え微笑みを浮かべる。

 秀一がプライベートでは世辞を言わないことを知っているため、素直に喜んだのだ。



 海と雫に挨拶を終えた秀一は、それまでの笑みを呆れた表情へと変え、いまだに四隅で膝を抱えている輝へと向ける。



「おい、輝。いつまでそうやってるつもりだ?」



 輝は恨めしそうな顔を秀一へと向けぼやく。



「うるさいイケメン。僕は今傷心中なんだ」

「子供か。お前は」

「ふーんだ」



 そんな父親の言動に、海は額を押さえた。



(……おかしい。確か初めて会った時はもっと真面目な大人に見えたんだけど……。いつからこうなった?)



 海は思い返す。


 初めて会った時。自分を引き取った当日はまともだった。

 が、翌日の朝にはすでにおかしくて。


 もちろん格好良く、頼れる父としての面も見てきたが……それより圧倒的におかしい面の方が多かった。



(……俺のせいか……?俺が素直に親父の言うことを聞けば……やめよう。付け上がるだけだ)



 海は今日までの経験から、そう『正しい』判断をくだした。



 子供のようにへそを曲げている輝の姿にため息を一つ。

 そして海はその呆れ顔のまま言い放つ。



「……親父。きちんと挨拶しないと嫌いに……」

「やあ秀一。今日は招待してくれてありがとう!久しぶりだけど元気そうでなによりだよ!アハハ!」



 瞬間移動ともいえる速さで、壁際から秀一の前へ移動し彼の手を握りにこやかな笑顔を浮かべている輝。


 そんな輝を見、海はもう一度大きなため息をつくのだった。

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