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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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「……」



 首都高速を走る輝の車を、高いビル達の光りによってイルミネーションを施された夜景が迎え入れ、そして一瞬で去っていく。


 流星のように流れていく夜景を、海は後部席の窓からひたすら見つめていた。


 目は見開き、口は半開きで。


 最近見せなくなった、『年相応』の姿。



 その姿を隣で見ていた雫は微笑ましさを、そして同時に罪悪感を感じていた。



 海を今のような海にしたのは、雫と輝だ。 ……といっても、彼らは海の世界を広げ、変わるきっかけを与えたにすぎないのだが。


 他人の痛みを機敏に感じ、他人のためになにかをしようとする優しい息子のことを、雫も輝も誇りに感じている。

 ――が、それでも今のように年相応な姿を見てしまうとどうしても思ってしまうのだ。


 もっと子供時代を得てから、ゆっくりと大人になってほしかった、と。



 海の今日までの人生を考えれば、仕方がないのかもしれない。 むしろ、今のように笑っていられること自体が奇跡に近いものなのだ。



 そんなことは雫もわかっている。が、それでも……と考えてしまう雫は、強欲な偽善者だろうか、それとも優しい母親だろうか?



(海はどう思うのかしら……?もしも前者なら、私は……)



「海」



 雫の考えを遮るように、輝が、外の世界に夢中になっている海へと声をかける。

 はっとし顔を輝へと向ける雫。海も同様にはっとし、体勢はそのまま、顔だけを輝へと向けた。



「なに?」

「こんなことを言うのは野暮かもしれないけど、寝ておかなくて平気かい?今日はだいぶ遅くなると思うよ?」



 輝のその言葉は、海のことを心配しての言葉だった。 が、今回はそれが薮蛇となる。



「昼間同じことを言って俺を無理矢理寝かしつけたのは誰だ?しかも一緒になって寝て、俺よりもあとに起きたのは誰だ?」

「……」



 呆れた表情の海の言葉に、輝はかすれた口笛を吹く。 彼も悟ったのだ。藪を突いた、と。


 その後も海の圧力から逃げようと口笛を吹きつづける輝。 無理矢理ごまかそうとしている父親の姿に、海は大きなため息をこぼした。



 そうして再度夜景を見ようと首を動かす直前。今度は隣の雫から声がかかる。



「海。輝さんの頭の中にはお花畑が広がっているみたいだけど、言っていることは正しいのよ?風景に夢中になるのもわかりますけど、明日からまた学校なんですから寝ておいた方がいいと、私は思うのだけれど?」

「……雫?僕のことけなしてるよね?ね?」



 輝の訴えをあっさり黙殺し、海に心配そうな表情を向ける雫。

 海は輝の時とは異なり、体ごと雫の方へと向き直り笑顔を浮かべる。



「心配してくれてありがとう母さん。でも、本当に眠くないんだ。前日になっていきなり今日のことを言ってきたり、無理矢理寝かしつけたりした『人』に多少思うことはあるけど、それでも今は楽しみの方が大きいかな?」

「海。『人』ってなに、『人』って!?いつもみたいに『パパ』と呼んでおくれよ!!」



 雫と同様、輝を華麗なまでに黙殺する海。


 雫はそんな息子に笑顔を見せる。



「わかったわ。でも、眠くなったらいつでも言ってね」

「ありがとう。母さん」

「…………うぅ」



 華麗なスルーをし、微笑み合う息子に母。一人孤立した父は、瞳を潤めながらも、家族のために安全運転で首都高速を目的地である赤坂方面へと走らせ続ける。




 ――再び外の風景を眺めだした海を確認してから、雫は優しい笑顔を輝へと向ける。


 雫は気づいていた。輝が自分を負のスパイラルから救い出してくれたことを。

 罪悪感の中で押し潰されそうになっていた雫の気配を敏感に感じ取り、輝は意図してあのタイミングで海に声をかけたのだ。


 そして雫に改めて教えてくれた。


 確かに海は、急激に大人になっていっている。でも、子供らしい一面もきちんと持っていて。


 現に、輝の問いに対する返答こそ大人のものだが、行動は実に子供のものだった。


 親に言われて昼寝をする大人がいるだろうか?親と一緒の布団で寝る大人がいるだろうか?

 答えは――一部の特殊なケースを除き――否である。



 大人の面と子供の面を持っているのが、今の海だと、輝はそう雫に教えてくれた。


 だから罪悪感を抱くことなどないと。大人の面も含め、海は海なのだから、それを受け入れ、成長を見守ろうと、輝は雫にそう、言葉にはせずに言っていたのだ。



 輝に優しく美しい笑みを向ける雫。

 それをバックミラー越しに見てしまった輝は、頬を朱色に染め、しばらくサイドミラーだけで運転することになるのだった。






「……親父。本当にあの建物……?」

「ああ。そうだよ」

「…………」



 目的地である建物が見えたことを輝に告げられた海は、それを雫の助けのもと(ビルが多いため、海一人では探すことが出来なかった)それを見つけ出し。

 ……見つけ出すのと同時に、海は自身の目を、そしてそれ以上に輝の言葉を疑った。雫のことを疑わなかったのは、もはやお約束だろう。



 疑問の言葉と視線に対し、あっさりと頷いた輝。


 輝が自分に嘘をつく必要がないことを、海もわかってはいる。だがそれでもやはり信じられず。

 海は半信半疑な表情を浮かべたまま、もう一度、輝の車に迫りつつある(実際には輝の車がその建物へと近づいているのだが、海はそう感じた)建物へと目を向ける。



 赤坂駅から『車』で数分走ったところにある、周りの風景に上手く馴染みながらも存在感を隠しきれない高く、そして幅もある綺麗な白いビル。


 ビル内部へと繋がるエントランスも無駄に広い。おそらく門から入口まで、二百メートル近くあるのではないだろうか。

 そのエントランスには噴水や、庭園と言っても差し支えがないほどの花々や木々が可憐に咲き誇り。



 初めから『車』で入ることを前提とし建築されたその建物。

 明らかに上級階級の人々、平たく言えば金持ちが集まるであろうその建物に今から自分が行くのだと思うと、海の頭はクラクラした。



(……なんの冗談だよ……いや、冗談であってくれ)



 そう思わずにはいられなかった。そして同時に納得した。 なぜ『このような格好』をさせられているのかを。


 海が今着せられているのは、黒い燕尾服。白いウェストコートに同色の蝶ネクタイ。胸ポケットからは同じく白いハンカチーフが顔を覗かせ。


 手袋さえしていないものの、完璧かつ最高の礼服。


 『パーティーに行く』と告げられ、着せられた燕尾服。なんの知識もない海は、そういうものなのかと思っていたのだが……。



(『ぱーてぃー』がなにかは知らないけど、ぱーてぃーに行くからこういう格好をしたんじゃない。こういう所でぱーてぃーをするから、こういう格好じゃなきゃいけないんだ……)



 今更ながらにそれを知り、海の気持ちはもう一段階、下に下がるのだった。



 ――海が燕尾服を着ているということは、もちろん、彼の両親もそれに準ずるドレスコードをしている。


 輝は海と同じような燕尾服。多少のデザインの違いがあるがあまり海のものと変わりない。


 対する雫は、薄い青色のローブ・デ・コルテ。

 同色で二の腕まである手袋をし、肩からはローブ・デ・コルテよりも少しだけ濃い青色の薄いストールを垂らし。

 髪は珍しく結い上げ、首には真珠のネックレスをしている。


 海と同様、こちらも完璧で最高の礼服だった。



「失礼ですが、招待状はお持ちでいらっしゃいますか?」



 聞き覚えのない男の声に、海は顔を慌てて上げる。


 周囲の確認は簡単だった。

 なぜなら、車はすでに停まっていて、例の建物の門が目の前にあったからだ。

 それだけで確信する。目的地に到着したのだと。


 そのまま視線を声の方へ、輝の方へと向けると、そこには笑顔を顔に貼つけたガードマンがいた。 どうやら先の声は彼のものらしい。


 だが海は不思議で仕方なかった。



(なんでこの人は、こんな『不審』そうな顔をしてるんだ?)



 その男の笑顔は、確かに作られたものだった。しかし、彼は仮にもこの建物の『主』が雇ったガードマン。そうそう心情を表に出すはずがない。


 だが海はその『眼』で、そして輝達は事情を知っているからその笑顔の裏を観ることが出来たのだ。



(そりゃ不審がるよなー。リムジンでもない普通の車で、しかも運転手もつけないで『ここ』にくれば)



 輝は内心でそう苦笑いを浮かべながら、そのガードマンに笑顔を向ける。



「実は昨日参加が決まったので、招待状はないんですよ」



 その言葉に、今度こそガードマンの笑みは消え、不審をあらわにする。


 ……が、それも輝の次の言葉で消え去るのだった。



「近藤輝と、妻の雫。それに息子の海です。『秀一』から聞いてませんか?」

「――っ!?」



 目を見開き、顔を真っ青にするガードマン。


 彼のその反応を見て、海は本当に帰りたくなっていた。



(……目茶苦茶嫌な予感がする……)



 海のその想像は、半分当たりで半分はハズレなのだが、今の海にそれを知るよしなど、どこにもなかった……。

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