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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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「海。どうだい?学校には慣れたかい?」



 海が小学校に転入して二週間が過ぎた、梅雨明け間際の七月の土曜日の食卓。

 以前よりも遥かに食欲をそそる彩りと匂いの朝食に舌鼓を打ちながら、輝は海にそう尋ねた。


 海は口に運んでいた厚焼き卵をきちんと咀嚼し、ちょっと出汁が薄かったなぁ、なんて感想を抱きながら輝に笑みを向ける。



「ああ。慣れたよ。前にいたところよりも広くて綺麗で、いい所だよ。でも、授業は母さんに教わっていた方が楽しかったな」



 まぁ、と嬉しそうに微笑みながら頬に片手を添える雫にヤキモチを妬きながら輝は海に再度尋ねる。



「そうなんだ。友達は出来たかい?」



 その問いに対し、海が浮かべるのは苦笑い。 彼はそのまま首を横に振るう。



「想像通り。みんな俺のことが怖いんだろうな」



 海が明日香と出会った時。海は思わず彼女に彼本来の『眼』を向けてしまった。

 あの時、明日香はそれを気にも留めなかったが、海はそれを当然の反応だとは思っていない。

 むしろ異常なことだと受け止めている。

 『あの』信と圭の娘、明日香だからこその反応だと。


 だから海はその反省を生かし、転校初日。クラスメートに挨拶をするとき、自分を隠し、普通を演じてみたのだが……。


 結果は惨敗だった。


 クラスの誰もが海の異常性を敏感に感じ取り、彼に近づこうとすらしなかったのだ。



「それに、みんななんとなく雰囲気で悟ってるんだろうな。へたに俺に関わると孤立するって」



 人は孤独を恐れる。ゆえに孤独になりうる事象に対しての鼻は非常に効く。



「異常な俺に関わることで、自分も異常だと認識され、俺と同じように距離を置かれる。そんな未来を言われなくても理解してるんだ」



 明日香に危惧したことと同じことだ、と海は考えていた。

 関わりたくない海に関われば周りは自然と彼、あるいは彼女からも距離を置く。 そうやって、次第に始まることを、海は知っていた。


 ――幼稚で、無知ゆえの、虐めが。



「海……」

「大丈夫だよ。母さん」



 心配そうな声色の雫に、海は笑顔を向ける。



「俺はもう諦めない。自分の人生も、自分の境遇も。『仕方ない』、なんて言葉で納得なんかしてやらない。 友達を作るのは難しいし時間がかかるだろうけど、諦めずに頑張るよ」



 それに、と海は続ける。



「今の俺には母さんに親父。明日香に信さんに圭さんがいる。俺は一人じゃない。だから、大丈夫だよ」

「……そう。わかったわ。でも、なにかあったら遠慮せずに言ってね。海」

「うん。ありがとう」



 そうして二人は笑い合い、食事を再開する。


 雑談を交わしながら笑顔で食事をする海のことを、輝は真剣な眼差しで見つめていた。



(……海。確かに君のその考えは正しい。人は一人になることを恐れ、自分の意見を押し殺してでも誰かと共に過ごすことを選ぶ、そんな生き物だ。 だから、君の言う通り、海とは関わらないだろう。一人になる可能性が怖いから)



 輝は、近藤夫妻は、自他ともに認める親バカだ。だが、『馬鹿親』になるつもりは更々なかった。


 自分の子供がいくら可愛いからといって、現実を見ず、都合のいいように物事を解釈するような馬鹿親になってしまえば、誰よりも海が傷つくことを、彼らはしっかりと理解しているのだ。


 だから彼らはしっかりと現実を見て、受け止めていた。


 愛しい息子、無償の愛を注げる大切な存在。輝達夫妻からすればそういう存在の海も、事情を知らない世間一般の人達からすれば、自分達とは違う異質な存在だと思われている、悲しい現実を。


 だからこそ二人は、海なら大丈夫と妄信せず、きちんと考え、想像することが出来る。

 このままであれば迎えることになるであろう、息子の悲しい未来を。



(このまま海がなにもしなければ、なにも起こらなければ、おそらく、海は一人きりのままだ……)



 怖いから関わらない。怖いから近づかない。

 そんな恐怖心から生まれた距離感を、時間は解決してくれない。

 そういった距離感を埋めるには、自分から行動し示すしかないのだ。

 自分は怖いものではないと。危害を加えるものではないと。



(……でも、海にはそれが出来ない。自分のことを、怖く思われて当然だと思ってしまっている海には……)



 怖く思われて当然と思っている人間が、どうして、自分は怖いものではないと示す行動が出来よう。



(どうすればいいか教えて行動させても、それは海自身が考えてしている行動じゃない。必ずどこかに違和感が残る。……それで事態が好転するとは思えない。)



 輝は考える。 愛おしい息子がどうすれば楽しい学校生活を過ごせるのか。どうすれば友達と笑い合える、そんな有り触れた幸せを手に入れられるのか。



(……きっかけが必要だ。 周りの子供達に、海は怖いものじゃないと知らしめるきっかけが。海に、周りと打ち解けるにはどうすればのかを理解させるきっかけが。 ……そんな都合のいいきっかけがあれば苦労はしない、と言いたいところだけど)



 輝には当てがあった。


 事態を好転させる、かもしれない、当てが。



(『彼』との出会いは間違いなく海にとって掛け替えのないものになるし、確実とは言いきれないけど現状を変えてくれるきっかけとなるだろう)



 ――突然ではあるが、近藤輝という人間は基本的におちゃらけた性格をしている。

 常日頃、海と接している態度も、わざとではなく彼本来のものだ。


 つまり、なにが言いたいかというと。



(……けどなー。これって海からしてみたら明らかなお節介だよね……。 いや!これは海のため!いや、しかし……。 ええい!弱気になるな僕!海の笑顔を見たくないのか!?見たいに決まってるだろー!きっとめっちゃ可愛いよ!永久保存版だよ! よし。そうと決まれば全力でお節介を焼こう! で、海にそれをさりげなーく、それとなーく伝えたりして。 で、で!海が『……ありがとう、父さん』なんて言っちゃったりして……!)



 彼のシリアスは長持ちしない、ということだ。



(上手くすれば海の中の僕の株は急上昇!尊敬と親愛を込めたキラキラとした目で僕を見つめる様になるのは間違いない!そうして海は、僕のあとをまるでガチョウの赤ちゃんみたいに着いて回るようになるんだ! パパ、パパって! うはー!最高だーーっ!)



 暴走する輝の脳内に広がる妄想の海。現実ではいろいろと有り得ない海が輝の頭の中に溢れるが、それにツッコミを入れられる人間は、残念ながらいなかった。


 そうやって脳内で妄想の海と戯れる輝。そんな彼の表情はだらし無く緩み、えへへ、と気持ちの悪い声がもれる。


 そんな輝が現実に立ち返り、彼を冷たい眼差しで見ている海に気づきへこむのは、もう少しあとのお話し。






 海と雫が工藤に行き、一人家に残った輝はリビングの黒い皮張りのソファーに座りながら携帯電話をいじっていた。


 マナーモードにしてあるため機会音はせず、静かなリビングにカチカチというボタンを操作する音だけが小さく響く。



 電話帳から呼び出し画面いっぱいに表示されているのは、輝の親友の名前とその電話番号。


 落ち着いた頭で考えれば、海を『彼』に会わせることにはわずかばかりの懸念がある。

 確かに『彼』と海を引き合わせば、彼らが抱える問題は、おそらく解決する。 だがその反面、『彼』は特別な立場にいる人だから、『彼』と親しくなってしまえば関わらなくていいやっかいごとに巻き込まれることもあるかもしれない。



(でも、まあ。海は周りの目を気にしないし、『翔くん』も上手く立ち回るだろう。それに、もし厄介事が起きたらなら、僕達大人が対処すればいい。 自由気まま、ってわけにはいかないだろうけど、海達には思うがまま、のびのびと成長していってほしい)



 そんなことを考え、小さな笑顔を浮かべながら、輝は携帯電話のダイヤルボタンを押す。



 出ないかもなぁ、なんてことを考えながら無機質な電子音を聞くこと数回。



『珍しいな。お前が電話してくるなんて』



 輝の予想を裏切り、件の人物は実にあっさりと電話に出た。

 挨拶もそっちのけで軽口を叩く友人に、輝は苦笑いを返す。



「挨拶もなしか?そういうお前だってよく電話に出れたな」

『たまたまさ。あと十分早くても、遅くても出られなかったよ』



 調度会議の合間の休憩時間だと語った友人に、輝は運命的なものを感じずにはいられなかった。



「そうか。ところで秀一。ちょっと息子達のことで話しをしたいんだけど――」

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