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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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 明日香から向けられる疑問の視線。それを海は『いつものように』見つめ返し。



(……しまった)



 自分の行動のミスに気づいた。



 『人』というものは、自分達とは違うものを排除したがる。


 誰しもそうではないが、差別や区別をし、自分よりも下がいると、そうやって心の安寧を求める人が、この世界には多く存在する。


 それは子供だろうと例外ではない。


 海がかつて、自分の人生を諦めながら学校に通っていた頃。

 その時周りの子供達は、海がまとう自分達とは違う空気を感じとり、こぞって海から距離をおいた。

 海のことを見下し、虐めの対象とした。



 海は、心情が変わった今でも、自分が同年代の少年少女達とは違うことを自覚している。

 事実、海のように大人の心と瞳を持った少年はそうそういないだろう。


 だから海は『いつものように』、雫達に向けるような瞳を明日香に向けてしまったことを失敗だと思ったのだ。


 だが……。



「ねえ。あんただれ?」

「……え?」



 海の『眼』を見たのに、異質さを感じ取ったはずなのに、明日香は平然と海の側に歩み寄ってきた。



 海は戸惑う。


 海を見る明日香の瞳に、彼を見下したり、異物を見るような色がないからだ。



「なにしてんの?うちで?」

「え……?あ……」



 戸惑い、固まる海に構うことなく、明日香は次々に彼へと質問をぶつける。



 そんな子供達の様子を、雫は嬉しそうに見つめていた。



(やっぱり明日香ちゃんは圭ちゃんと信さんの子供ですね。海を見ても動じもしない)



 これならやっぱり海のいい友人になってくれる。そんなことを思いながら雫は明日香に海の紹介とことの成り立ちを説明しようとした。


 が――



「あたしのしつもんに答えなさいよ!」



 それよりも先に明日香がキレ、海の乗っている椅子を思い切り蹴り飛ばす。



 信の性格の良いところ(何事にも動じない)も悪いところ(沸点が低い)も受け継いだ明日香は、間違いなく彼の娘だった。



「うわっ!?」



 脳がフリーズしている最中に急に揺らされた足場。

 思わず落ちそうになるが、海は持ち前の運動神経を発揮し、なんとかバランスを取った。


 心臓が早鐘を打つのを聞きながら、海は明日香を睨みつける。



「お前は馬鹿か!?危ないだろうが!!」

「バカですって!?あんたがあたしのしつもんに答えないからいけないんでしょ!こののろま!」

「なんだと!?」



 今までの、自分の人生を諦めていた頃の海であったなら、この程度の罵声とも言えない子供の戯言に腹を立てることもなく、冷めた眼差しを送っていただろう。


 しかし雫達と出会い生き方が変わった海は、明日香の言動に腹をたてた。

 彼は、今までの反動から、理不尽なことが許せなくなっていたのだ。



 海は椅子から飛び降り、大人でさえ怯むような怒気のこもった視線を明日香へと向ける。



「お前の愚行のせいで、俺は危うく怪我をするところだったんだぞ!?考えが足りないんじゃないか!?」



 しかし、その視線にも明日香は動じない。

 ……まあ、考えてみれば当然と言えた。彼女は毎日、信の顔を見ているのだから。


 自分よりも少し『低く』なった海の顔を睨みながら明日香は言う。



「ぐこうとか、あやうくとか、なにわけのわからないこと言ってるの!?きちんとにほんごを話なさいよ!」

「日本語だ!このアホ女!」

「なんですって!?このチビ男!」

「ちっ……!?」



 海は目を見開く。


 ――先にも述べたが、海は自分の身長のことを気にしている。

 そのことを信に暗に言われた時ですら苛立った海だ。初対面の失礼な態度の少女にストレートに言われ、我慢出来るはずがなかった。



「この……!」



 思わず手を振り上げようとする海。


 しかし、それは雫によって阻止された。


 後ろから抱きしめるような形で海の両腕を封じる雫。

 海がそれに文句を言うよりも早く、雫が海の頭を少し強めに叩く。


 そのことに海は驚きの表情を浮かべ、雫へと顔を向ける。


 わからなかったからだ。なぜ自分が叩かれたのかを。



 雫に手をあげられたのは、これで三回目。



 一度目は、児童養護施設で。海の自棄とも取れる言葉に怒って。

 二度目は、あの日。海のことを心配して。

 どちらの場合もきちんとした理由があり、今だからこそ海はそれを理解出来たし、逆にその行動から愛情を感じた。


 しかし今回。海はなぜ自分が叩かれたのかわからなかった。


 そんな海に、雫はめずらしく厳しい目を向ける。



「海。駄目ですよ。人を、特に女の子をむやみに傷つけたりしては」

「でも母さん!あいつが……」

「気に入らないことを言われたら暴力を振るうの?自分に都合の悪いことは暴力で黙らせるの?海。それは、今まであなたがされてきたことと同じ行為よ」

「――っ!」



 雫のその言葉は、海の血の気をひかせた。



 海の脳裏に蘇る、『近藤』になる前の記憶。



 理不尽な罵声。理不尽な暴力。



 長きにわたり受け続けてきたそれを、自分もしようとしていた事実に海はぞっとした。



「海」



 海が自分の行動を理解したのを悟った雫は、海の肩に手を置き彼の名前を呼んだ。


 海はびくりと体を震わせ、恐る恐る、雫へと顔を向ける。


 雫は海の目を真剣な眼差しで見つめながら口を開く。



「痛みと苦しみを知っているあなたは、うんん、あなただからこそ、人の痛みと苦しみを理解出来ると思うの。だから、海。難しいかもしれないけれど、感情で力を使わないで。よく考えて、本当に必要だと思った時にだけ力を使って。そうやって、相手のことを助けてあげて。出来るかしら?」

「……」



 海は即答しなかった。


 雫の言葉の意味。 『力』の意味。

 それらを考えていたから。



 海は確かに知っていた。


 理不尽な暴力から受ける痛みを。そして苦しみを。


 そして同じように知っていた。


 愛のある『力』から受ける嬉しさを。そして幸せを。



 過去に、海は突き飛ばされ転んだことがある。理由は、おそらくないだろう。 あえて言うなら、邪魔だったからだろう。


 そして海の記憶に新しいあの日。海は輝に突き飛ばされた。理由は海を守るために、だ。



 過去に、海は何度も叩かれた。理由はやはりないだろう。 あえていうならそこにいたから。ストレスのはけ口としての行為だ。


 海のことを引き取りにきた日、あの日、そして今、彼は雫に叩かれた。理由は海のことを心配して。そして、海の間違いを正そうとして。



 二つの行為自体に差はない。 しかし、そこに込められた感情には、天と地程の差があった。



 海は考える。 自分に、雫達と同じことが出来るかどうかを。



 十秒が経ち、二十秒が経ち。


 海はたっぷりと三十秒もの時間を使い、答えを出した。



「……うん。やる。やってみせる!」



 海の瞳に浮かぶ強い意志。 それに伴い、海の瞳の色が深いものへと変わった。


 それを見た雫の口元に笑顔が浮かぶ。 それは息子の成長を喜ぶ母親の笑顔だった。



「海なら出来るわ。もしまた間違いそうになったら、その時はまた私が、私達が止めてあげます。だから、頑張って」

「うん!」



 力強く頷いた海の頭を、雫は優しく撫でた。

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