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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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 それは、梅雨入り直前の、よく晴れた六月最初の日曜日。

 『あの日』から一週間が経ち、海が輝達を父母と呼ぶことにも慣れ、日常生活にも自然と笑顔を浮かべるようになったそんな日の、朝のことだった。



 食卓に座り、いつものように三人でとる朝食。


 食卓に並ぶのは、食パンに数種類のジャム。それに簡単なサラダといった、近藤家では定番となっているメニューだ。



 しかし、それを前にした海の表情は優れなかった。


 別にメニューに不満があるわけではない。

 時に、ゴミを漁ってまで飢えをしのいできた海にとって、これは充分なご馳走だ。


 飽きたわけでもない。

 商店街で人気のパン屋の食パンはとても美味しく、塗るジャムを変えればいろいろな表情で海を楽しませる。



 今、海の顔が優れないのは、ある意味、『家族』としてのわがままからだった。



「海、どうしたんだい?食が進んでいないみたいだけど……」



 海の正面に座った輝が、息子の変化に気づく。



「海?どこか具合でも悪いの?」



 輝に先を越された悔しさを押し殺して、雫は海に問う。

 ここで言い争っても、なんの意味もないと理解しているからだ。



 二人の優しさに感謝と、心配をかけたことに罪悪感を覚えながら、海は自分のわがままを伝えることにした。


 窺うような上目目線で、雫のことを見ながら口を開く。



「あの、さ……。お願いがあるんだけど……言ってもいい、かな……?」

「ええ!もちろん!」



 息子のお願いに、雫は笑顔で頷く。


 息子に頼られたことが、なによりも嬉しかったのだ。



 ……海の次の言葉を聞くまでは。



「あのさ……俺……母さんの手料理が食べたいんだけど……」



 海がこの家に来て、早一ヶ月。その間、雫が料理を作っているところを、海は見たことがなかった。


 せいぜいトーストを焼いたり、出来合いの料理を盛りつけたり。コーヒーを入れたりしていたくらいだ。



 海のこれまでの境遇を考えれば容易に想像出来ることだが、彼はこれまで、誰かの手料理なんて食べたことがない。


 だから憧れたのだ。親の、母の作る料理に。


 そんな思いから出た願望。


 それに対し輝は「え゛」と声をあげ、持っていた食パンが手を滑りテーブルへと落ち。


 一方の雫は……笑顔で固まっていて。



 訪れた不穏な空気を敏感に感じ取り、海は俯く。


 ……この時、海は勘違いをしていた。不穏な空気は海の申し出が嫌だったからでは、決してないのだ。

 だが、人の悪意には敏感で好意には鈍い海はそのことに気づけない。



 ……それが、『悲劇』の始まりだった。



「やっぱり……嫌……かな……?」



 息子の悲しげな声と表情に、雫は慌てて首を横に振る。



「そんなことないわ!わかりました!じゃあ、昼ご飯は私が作ります!」

「ちょっ……!?まっ……」

「そうと決まれば善は急げ、よ!私、今から買い物に行ってきます。輝さん。申し訳ありませんが、朝食の片付けをお願いします」

「し、雫……っ!?」



 輝の制止も聞かず、雫はそう言って嵐のように家を飛び出した。



 それを海は呆然と見送っていた。

 なにが起きたのか、理解出来なかったのだ。



 雫を止めようと、椅子から腰を浮かし手を伸ばしていた輝が『絶望』の表情で再び椅子に座ったのを見て、海はおそるおそる彼に声をかける。



「お、親父……?」



 輝は、顔を天に向け。目を右手で覆いながら応える。



「海……。君は、知らなかったとはいえ核弾頭のスイッチを押してしまった……」



 核弾頭、という単語の意味を海は知らなかったが、それがなんだかやばそうなものだということは、輝の態度から理解出来た。

 海は息をのむ。



「僕は今から、海でも飲めるような胃薬、下痢止め薬、頭痛薬、吐き気止め薬を用意する。けど、最後に物を言うのは精神力だ。……自分を強く持てよ、海……」



 海が、今更ながら、自分の行動を後悔したのは、言うまでもない。






 ――そこは戦場だった。


 むろん、銃声やら人の死体などで埋もれているわけではもちろんない。



 場所は近藤家のキッチン。

 そこで動いているのは、近藤雫ただ一人。



 だが、キッチンの入口から中を覗いている海には、そこが戦場(むろん実際の戦場など見たこともないのだが)に見えてしかたなかった。



 なぜかはわからないが、『あちこち』からあがっている煙。

 どこからかはわからないが、ゴミを漁った経験のある海ですら鼻を摘みたくなる悪臭が漂い。


 フライパンを振るえば火があがり、鍋を火にかければ必ず吹きこぼし。



「痛っ……」



 そうして雫の指には無数の切り傷が出来ていた。

 ……現在進行形で、今も、なお。



「し、雫……。やっぱり諦めた方が……」



 雫の手当をしながら、輝は優しく、しかし窺うように声をかける。

 そんな彼の顔は、いろいろな意味で真っ青だった。



「なにを言ってるんですか!海が私の料理を食べたいって言ってくれたんです!なら選択肢は一つしかないじゃないですか!」

「いやしかし……人には向き不向きが……」

「そんなもの、息子への愛で乗り越えてみせます!」



 そう言って、再び火を出し悲鳴をあげる雫を見て、輝は天を仰ぎ目を覆った。



(雫……。君の海への愛は認めるけど、愛だけじゃどうにも出来ないこともあるんだよ……)



 嘆く輝は、ふと視線を感じ、キッチンの入口へと顔を向ける。


 そこにいた心配そうな海を見て、輝は苦笑を浮かべて首を横に振る。



 雫を止められない、という意味と、昼食は諦めるしかない、という意味の二つを込めて。



 海はそんな輝を見て、悲鳴をあげながら料理(?)をしている雫を見て。


 そして、出てくるであろう料理を想像して。



 彼は決意した。ある、一つのことを。

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