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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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 握られていた輝の手を思い切り振り払い、海は輝を、七歳児がするとは到底思えない冷たく鋭い目で睨む。



「……ふざけるなよ……!なにが家族だ!なにが自由に生きろだ!そうやって言って、どうせお前らも俺を裏切るんだ!」

「海……」

「血が繋がってないんだ!俺達はただの他人なんだ!あんたらにとって俺は邪魔者でしかないんだよ!」

「海。いい加減にしなさい。私達は、本当にあなたのことを息子だと思っているのよ」



 雫の声。


 それは堕天使でも、般若でも、魔王でもない、純粋な怒りの声。


 今まで雫は、一度も海を怒らなかった。

 どんなに汚い言葉を使っても、どんなに冷めた態度をとっても。


 その雫が、今、明確な怒りの表情と声を海に向けている。



 そのことに、海は少し怯む。

 が、長年に渡って溜まり続けたストレスは、止まることはなかった。


 視線を輝から雫へ。

 鋭い視線。


 しかし雫はその視線から目を逸らすことはなかった。



 海は叫ぶ。



「口ではなんとでも言えるんだよ!そうだよ!結局お前らも口だけなんだ!!」

「そんなことはないわ。私達は……」

「信じられるか!信じてたまるかっ!!」

「――っ!海!」



 海は椅子から飛び降り、リビングを飛び出し玄関へ。


 スニーカーに足をねじ込み、そのまま玄関から外へと走る。



 夜の街を、全力で走る。


 頬を撫でる夜風は、とても冷たくて。



 行くあてなど、あるわけがない。彼は一人なのだから。

 ただ、あの空間にあれ以上居たくなくて逃げ出しただけだ。



「はあ……はあ……」



 混乱し、働かない頭ではペース配分など出来るわけもなく。

 海の心臓は、早くも悲鳴をあげ始める。


 それでも、海は止まらなかった。


 止まるのが、怖かったから。



 二人に追いかけられてきても怖いし、追いかけてこなくても、怖い。



 だから海はひたすら走った。


 走って、走って、走って。


 息は切れ、心臓は「もう止まれ」と命令を下す。


 速度も歩くような速さに変わり、足も引きずって。



 それでも、海は止まらない。


 一歩、一歩。前へ、前へ。



 霞む目。混乱し続ける頭。狭い視野。



 その全ての要因が重なり、海は気づかなかった。



 前方の十字路に、左から明かりが『近づいてくる』ことに。



 飛び出した十字路。それと同時に響く、甲高いブレーキ音。


 体を明るい光りが包んだところで、海は初めて気づいた。


 自分に迫ってくる、一台の車に。



 虚ろな視線を車に向けながら、海は、自分はここで死ぬんだと悟った。



(ろくな人生じゃなかった。そんな俺には、こんな幕切れがふさわしいのかもな……)



 自分のこれまでの人生を、海は振り返る。


 ……だが、浮かんでくるのは輝と雫、二人と過ごした日々だけで。



 彼らと過ごしたのは、わずか二週間程度。


 海がこれまで生きてきた七年間の中で、唯一思い出せるのがその二週間だけで。


 海は小さな笑みを浮かべる。



(……そうか。やっぱり俺は、あいつらと過ごすのが楽しかったんだな……。幸せ、だったのかもな……)



 最後の瞬間にそれを知れてよかった。


 海はそう思い、笑顔を浮かべたまま目を、閉じた。



 近づくブレーキ音にライトの光。



 ――そうして、海の体を浮遊感が包んだ。



 思っていたものとは違う軽い衝撃と、暖かい温もりと共に。



「はあ……はあ……はあ……!」



 地面を転がったはずなのに、全く痛くない体。そして自分を包む暖かい温もり。



 海は知っていた。


 耳元で繰り返される荒い息の持ち主を。この体温の持ち主を。



 だが、あり得ないとも思った。


 ここにいるわけがないと。自分の命を危険にさらしてまで、自分のことを助けるわけがないと。



 おそるおそる、海は目を開く。



 ……そこにいたのは、海の、想像通りの人物だった。



 海のことを上にして、地面に横たわっている輝。


 地面を転がった時に石で切ったのか、シャツの右の袖が切れ肌にも傷を作り。


 荒い息を繰り返しながらも、彼は優しい瞳を海に向けていた。



「はあ……大丈夫かい、海?」

「え……?あ……」



 走り去る車のドライバーからの怒声を無視し、輝は海に笑いかける。


 海はそれが信じられなかった。



「……なんで?」

「うん?」



 笑顔を崩さない輝。


 その笑顔に、海の感情が爆発する。



「なんでお前はこんなことが出来るんだよ!?死んでたかもしれないんだぞ!!」



 輝の上で、彼に抱きしめられながら海はほえる。

 海の瞳には大粒の涙が浮かんでいて。


 海が本気で自分のことを心配してくれていることを悟り、輝は嬉しくなった。


 海の頭を優しく撫でながら、輝は言う。



「気づいたら体が動いてたんだよ。海のことを助けたい、そのことしか考えてなかった。それに」



 輝は、海の体を思い切り抱きしめた。


 今、海に必要なのは、人の温もりだと思ったから。



「それに、息子を守るのに理由が必要かい?」

「――っ!」



 海が息をのんだのを聞いてから、輝は彼の頭を優しく撫でる。



「さっきの続きだけどね、僕の言葉を、僕達のことを信じるかどうかは、海がこの先見定めて決めればいい。だからね、焦らないでほしいんだ」

「……」

「焦って、自分を殺して、人に合わせるような生き方はしてほしくないんだ。僕達はそんなこと、望んでいない」



 海は言葉を発せず、輝の言葉を真剣に聞く。

 彼の言葉の一字一句を逃さないように。



「時間がかかったって構わない。いくら時間がかかっても、僕達は海のことを見捨てない。一人になんかしない」

「……俺は一人だ。あんた達と血だって繋がっていない……」

「そんなこと関係ないんだよ」



 輝はそこで海の体を持ち上げ、自分と目線を合わせる。


 強い意志の込められた輝の瞳に、海は目が逸らせなくなった。



「血が繋がっていなくたって、家族になれる。僕達が海を息子と認め、海が僕達のことを親と認めてくれれば、それでもう、僕達は親子で家族なんだよ」



 真剣な瞳。

 真剣な表情で告げられた輝の言葉に、海の胸は暖かくなり、瞳にさらに涙が浮かぶ。



「もう我慢しなくていい。言いたいことは言えばいいし、やりたいことはやればいい。良いことをすれば僕達は褒めるし、悪いことをすれば怒る。普通の親子みたいにね」

「――っ!」



 海の瞳からは、もう、涙がこぼれていた。

 止めようとするのに止まる気配はなく、それどころかさらに勢いを増して。


 そんな息子のことを、輝は優しく、しかし強く、抱きしめる。



「海は、もう一人なんかじゃない。一人になんかさせない。僕達がいる。ずっと、側に」

「……う……うぅ……」



 海の頭を撫でる輝の顔に、優しい笑顔が浮かぶ。


 それは、紛れもない『父親』の笑顔だった。



「大好きだぞ。海」

「――っ!!ああ……ああーっ!」



 『好き』それは人に愛情を伝える言葉。


 それは人に認められたのを教えてくれる言葉。



(……ずっと、俺は誰かに『好き』って言ってほしかったんだ……)



 輝にそう言われて、海は初めて自分がそう思っていたことに気がついた。



(邪魔でお荷物。なにも出来ない厄介者のガキ。俺はずっとそう言われてきた。俺自身、自分のことをそう思っていた……)



 人間は、特に、『自分』というものをしっかり持っていない子供は、暗示にかかりやすい。


 いや、この場合は洗脳というべきか。


 毎日、毎日。


 お前は厄介者だ。いらない子だ。などと言われていれば、いつしかその子は自分のことをそう思うようになる。


 自分はいらない存在だと。生きていても仕方のない存在なんだと。


 海がまさしくそうだった。



 他人を信じても裏切られる。


 自分はいらない存在だ。


 そんな自分に、明るい未来なんて待っていない。



 そうやって、海は自分の人生に絶望した。


 だけど……



(今、こいつに好きって言われて、すごく、嬉しかった……。生きていていいんだって、必要としているって。そう言われたみたいで……)



 ないと思っていた未来。


 いらないと思っていた自分。



 それら全てが虚像だったと、ただの思い込みであったと教えてくれた人の胸で、海は泣き続けた。


 とても、とても嬉しかったから。




 涙はとめどなく流れ。口は意味を成さない声をあげ続ける。


 それらを全てを包み、受け入れる輝。



(泣けるだけ泣いてしまえばいい。今まで我慢してきた分、全て)



 胸の中で泣きじゃくる息子を抱きしめながら、輝は空を見上げていた。



 澄み渡った空。


 そこには、星が柔らかく輝いていた。

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