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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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「海。今日のご飯はなにがいい?」

「……なんでも、いい」

「そう?好きなものを言っていいのよ?」

「……うん。ありが、とう……」



 決して視線を合わせようとしない海の返事に、雫は顔をしかめる。



 ――遊園地に行ってから、海は変わった。


 常に雫達の顔色を窺うようになり、自分の意見も言わなくなって、あの軽快な毒舌もなりを潜めてしまった。



 海は、雫達に合わせるようになったのだ。


 その変化を、雫は『いい』とは思っていなかった。


 自分を殺し、相手に合わせる生き方。それは、決して幸せなんかじゃない。



 こうなった理由はわかっている。


 おそらく、海は恐れているのだ。



 あの日、海は新しい世界を知った。


 今までの辛く、暗い世界とは正反対の、暖かく柔らかい世界。

 この世界を失うことを、海は恐れている。



 極論でいえば、海がこうなったのは雫達のせいだ。

 雫達が世界の異なる一面を見せなければ、海はこうはならなかっただろう。


 しかし、彼女達は海に新しい世界を見せたことを後悔していない。

 そうすることが海の成長に、幸せに繋がると信じているから。



 だが――



(このままじゃいけないわね……)



 自分達が見たかったのは、こんな海ではない。

 こんな状況では、誰も、幸せになんかなれない。



 海が自分で答えを出し、成長してくれるのが一番だが、今の海は怯え、自分の殻にこもってしまっている。


 とてもじゃないが、自分で答えを出すのは無理だろう。


 だったらどうしたらいいか。

 雫はその答えを知っていた。


 ……だがそれは、もしかしたら海に新しい傷を負わせてしまうかもしれない選択。


 失敗すれば、今度こそ海は、未来永劫誰も信じることをしないだろう。


 だが――



(それでも私は、海の笑顔が見たい。心からの笑顔を!そしてなりたい。本当の親子に!)



 雫は決意をした。


 今日輝が帰ってきたら心の内を話し、そして、海の殻を壊す決意を。



 不安げに俯いている海。


 そんな彼を、雫は強い眼差しで見つめていた。






 その日の夕飯は、寿司だった。


 雫が輝に連絡し、仕事の帰りに買ってきてもらったのだ。


 内容は、あの日のものと全く一緒。

 老舗の寿司店で、一番値段の張るものだ。



 以前は感動のあまり箸が止まらなかった海だが、今日は違った。一々雫達の反応を窺うようにして食べていく。


 彼女達が「おいしい?」と聞けば頷き、「もっと食べれば?」と言われれば箸を伸ばす。



 そうやって海は、雫達に合わせて食事をしていた。



 怖かったから。

 今、この二人に捨てられて、元の世界に戻ってしまうのが。


 だから海は遊園地に行ってからこの一週間、彼らに合わせることだけに神経を費やしてきた。



 捨てられないように。裏切られないように。


 彼らが望む自分で居続けた。


 ……つもりだった。



「……海」



 輝の呼びかけに、海はビクリと肩を震わせる。


 彼のその声は、今まで聞いたことのない、真剣なものだったから。



 なにかしただろうか?

 機嫌を損ねてしまっただろうか?


 そんな不安にかられながら、海はゆっくりと顔をあげる。



「……なに?」



 目線は合わせない。

 彼の、彼らの目を見るのが怖いから。


 そんな海に、輝は言う。



「楽しいかい?」

「え……?」



 一言。

 たったその一言が、妙に、海の胸をざわつかせた。



「人の顔色を窺って、人に合わせて。そんな風に生きて、君は今、楽しいかい?」

「……」



 彼らは自分のことをよく見てくれている。そんな彼らだから、自分の心中など、簡単に見抜いてしまう。



 ……それでも海は、認めるわけにはいかなかった。


 笑顔を、ひどく歪な(本人は自然だと思っている)笑顔を浮かべ、海は言う。



「なに……言ってるの?僕は人に合わせてなんか……」

「海の一人称は『俺』じゃなかったかな?」

「――っ!?」



 輝に指摘され、海は初めて気づいた。自分の呼び方が変わっていたことに。



 それは無意識の行動。


 輝達に少しでもいい印象を持ってもらおうと、無意識に考え実行していた、自分を、新しい世界を守るための行動ルール



 ア然としている海。


 輝は自らの席を立ち、海の側まで歩み寄り、その場に膝をついて彼の手を取る。



「海。僕達は君に、自由に生きてほしいんだよ」

「……」



 輝に手を取られ、海はビクリと肩を震わせた。

 そして自分の目と同じ高さにあった輝の瞳に、不覚にも目を止めてしまう。



「怖くなんかない。僕達は君を決して裏切らない。だから、人に合わせず、自分の好きに生きてほしいんだ」



 ――この一週間。海はそのことを自問自答してきた。



 この二人は裏切らないだろうか?

 本当に信じてもいいのだろうか?


 そう、何度も自分に問い続けた。


 ……しかし答えは出ず。



 信じたいけど、でも……。


 いつもそこで考えが止まってしまう。



 今だってそうだ。輝に言われて、頭の中で自問自答を繰り返す。



(信じたい。でも……。この二人は今までの大人とは違う。けど……!)



 支離滅裂な思考は、海の混乱と精神的ストレスの表れだった。


 二歳の時に両親に先立たれ、親戚中を、虐待を受けながらたらい回しにされ。


 そうして自分の人生に絶望した海。



 しかし。絶望し、自分の境遇を受け入れたからといって、ストレスが溜まらなかったわけではない。



 そうやって溜まり続けたストレスが、希望と不安が入り混じり、不安定になった海の精神が――



「僕達は、もう家族なんだから」



 ――ついに、爆発した。

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