21
海にとって、そこは別世界だった。
見たことのない機械達がところせましと立ち並び、大きな声をあげながら動いていて。
園内の人々は笑顔を浮かべ、それぞれ目的のアトラクションへと向かい、不規則な流れを作り。
いたるところから聞こえる様々な音楽。
機械の唸り声。
アトラクションの音楽。
人の叫び声に笑い声。
それらが見事な和音を作り、一つの歌を歌っているようだった。
憧れの楽園へと繋がる入口のゲートをくぐり、海は再び口をあけ固まった。
その様子を見て、輝と雫は顔を見合わせて微笑む。
持っていた鞄を輝に預け、雫はいつものようにしゃがみ、海の鼻をつまむ。
「海。どこから行きましょうか?」
首を少し傾げ微笑みながら言う雫に、海は目をぱちぱちとさせる。
むろん、鼻をつまむ手ははらったが。
「……どこに行ったらいいか、わからない」
遊園地に一度も来たことがない海は、なにがあるのかはもちろん、名称も知らなかった。
それゆえ、どこに行ったらいいのか、わからなかったのだ。
むろん、そのことを雫は理解している。
理解した上で彼女は聞いていた。
海に、自分の外の世界にもっと興味を持たせるためと、自分で選ばせることを学ばせるために。
雫は笑いながら言う。
「じゃあ、海が興味を持った所から回りましょう。ここから見える所で、あれはなんだろう、って思った所はないかしら?」
「……」
海は困った。正直言って、どれも珍しいもの達ばかりだったから。
一番最初。雫達に引き取られることになった日、あの時もデパートで海は選ぶことを強要された。
あの時から彼女達はことあるごとに海に選ぶことを強要してきたため、少しは選ぶことに慣れた海だったが、今はあの日と同じ気持ちになっていた。
(どれもわからないものばかりだから、選んでくれた方が助かるんだけどな……)
そんな意味を込めた視線を二人に向けるが、彼女達は『あえて』気づかないふりをした。
にこにこと微笑む二人に非難の視線を向け、海は小さくため息。そうして、海は視線をさ迷わせる。
これまでの経験から、こうなったら自分が選ぶまで彼女達はここを動かないということを学んでいたのだ。
顔を右へ左へ。それをもう一度繰り返し。
海は一番近くにあり、一番目立っているアトラクションへと目を止める。
海はおずおずと、そのアトラクションへと指を向ける。
「……あれ」
雫と輝は海の指を追い、そして……。
「まぁ」
「……」
雫は小さく声を上げ、輝は冷や汗をかいていた。
海が指差したのは、身長制限のあるジェットコースターだったから。
「……」
「はは……ははは……」
雫は輝に、わかっているだろうな、という視線を向け。
それに対し、輝は乾いた笑い声をあげて。
「……?」
不可解な行動をする二人に、海は眉を寄せる。
雫は、今輝に向けていた視線が嘘のような、優しく穏やかな瞳を海に向け、彼の頭を優しく撫でる。
「なんでもないわ、海。さあ行きましょう。輝さんも。逝きましょう」
「…………雫。今、もしかしたら『いく』の字が違ったんじゃ……」
冷や汗を垂れ流しながら聞いた輝に返されたのは、海に向けているのとは違う種類の『いい』笑顔だった。
「海。どうだった」
「……すごかった」
無事、一命を取り留めた輝が笑顔を浮かべながら海にジェットコースターの感想を聞く。
それに対して、海は半ば放心しながら答えた。
初めてのジェットコースターは、海の度肝を抜いた。
海の世界に革命を起こしたと言っても過言ではない。
屋根もなく、細いレールの上を高速で走り抜ける乗り物。
坂を登ったかと思えば急斜面を一気に滑り、何度も回転を繰り返す理不尽極まりない乗り物。
それが海がジェットコースターに抱いた印象だった。
「楽しかった?」
ジェットコースターに乗った直後だというのに、雫は普段と変わらないアルカイックスマイルを浮かべながら再び海に感想を促す。
海は考える。
先にもいった通り、海がジェットコースターに抱いた印象は『理不尽極まりない乗り物』だ。
そのことは今でも変わっていないが、楽しくなかったか、というと返答に困る。
怖い思いをしたというのに、また乗りたいと考えてしまう自分が、確かにいた。
散々考えた結果、海は「……それなりに」と答えた。
雫は微笑む。
素直じゃない息子の感想が、想像していた通りのものだったからだ。
降りた時から繋いでいた海の手を優しく握りなおし、雫は彼に笑顔を向ける。
「さあ、海。次はどこに行きましょうか?」
再び自分に委ねられた決定権。
輝にも視線を向けるも、彼も自分に笑顔を向けていて。
(はあ……)
内心で大きなため息をつき、海は次の目的地を定めるため、辺りを窺うのだった。




