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海を養子にする手続きは、意外にもスムーズに行われた。
『意外』というのは他でもない。海が輝達の息子になることにあっさりと同意したのだ。
基本的に養子縁組というのは本人の了承が必要となる。十五歳未満の場合は法的代理人(この場合は院長)が許可するだけでも法的には問題ないのだが、輝達はそうはしなかった。
大人の都合で彼の人生をこれ以上振り回したくなかったのだ。
だから彼らは本人に「僕達の息子にならないか」と尋ねたのだ。それに対して海は「いいぜ」とあっさり頷き。
心に傷を負った海はもっと難色を示すと輝達は思っていたため、驚いた。
あまりにあっさりしていたため、輝は海に聞いた。そんなに簡単に決めてしまっていいのかと。
「俺は自分の人生に期待していない。ただ生きて死ぬだけだ。だったらどこに行こうと、誰が親になろうと関係ない」
そんな海の言葉に輝は悲しくなった。彼の心の闇が予想以上に深いことを知ったからではない。彼のような少年が、未来を夢見ない、夢見ることを諦めてしまったこが、とても悲しかったからだ。
(絶対彼に笑顔を取り戻させて見せる!)
そう、輝は心に誓った。
海が同意してからの行動はとても迅速だった。家庭裁判所に許可を求め、戸籍法に定めてある通り戸籍を届出し。
仕事の合間を縫ったとは思えない早さで、海は法的に『近藤海』となった。
海と輝達が出会って、わずか一ヶ月のことだった。
「近藤さん。海君をよろしくお願いします」
海が近藤家に養子に来ることになった当日、みどり児童養護施設の正面玄関前には院長が海の見送りに出て来ていた。
他の施設は定かではないが、このみどり児童養護施設において、子供の巣立ちには施設内の教職員全員で見送ることになっている。
……しかし、今日に限っては院長一人しか見送りに出て来ていなかった。
理由は、海にある。
彼がこの施設に来て日が浅いから、ではない。彼が拒んだのだ。「俺はお前達になんの感謝もしていない。恩も感じていない。見送られるだけ迷惑だ」そう言って、彼は前日の送別会にも参加しなかったのだ。
そういった理由で、院長以外の教職員は見送りに出て来ていないのだ。
「はい。必ず彼を幸せにしてみせます」
院長の言葉に、輝は力強く、雫は優しく頷いた。
そんな二人の笑顔を見て、院長は頷いた。そして雫の隣にいる海(本人はさっさと車に乗りたがっていたのだが、雫が彼の手を握って離さなかったため、不満そうにそっぽを向いていた)の前にしゃがみ、彼と視線を合わせながら言う。
「海君も、元気でね」
その院長の言葉に対し、海は皮肉な笑顔を浮かべる。
「それはこいつら次第じゃないのか?案外すぐここに戻ってくることになるかもな」
彼の言葉に院長が悲しそうな表情を浮かべるよりも早く、雫が海の頭を軽く叩いた。
彼女の行動に、海も院長も驚いた色が顔に浮かぶ。
雫は海の前にしゃがみ込み、彼に向け優しい微笑みを携え言う。
「海。そんなこと言わないの。私達はあなたを手放したりなんかしないわ」
雫の言葉に、海の瞳が揺らいだ。が、それも一瞬のことで、すぐにシニカルな笑みを浮かべる。
「もう母親面か?ずいぶんと図々しいんだな」
「海君……」
皮肉たっぷりの海の言葉に、顔をしかめたのは院長だけだった。当の本人はニコニコと先ほどよりもいい笑顔を浮かべている。
「輝さん!海が『母親』って言ってくれたわ!」
「……は?」
予想していなかった雫の反応に、海は間抜けな声をあげた。
「あー!ずるいじゃないか海!僕のことも『父さん』と呼んでおくれ!」
「な……なにを……」
急にしゃがみ近づいてきた輝に、海は後ずさりを始める。じりじりと後退する海に合わせて、いい笑顔を浮かべながら輝も彼に近づく。
「『パパ』でもいいよ!さあ!呼んでごらん!My Son!」
「まい、さん……?」
「おっと、英語はわからないか。息子という意味だよ。海」
輝のその言葉に、海の瞳が再度揺らいだ。上下左右にさ迷い、涙が浮かんで。
しかし、そんな表情を誰にも見せないように、海は体ごと後ろを向き慌てて目元を拭った。
「はっ!なにが息子だ!みんな人前ではそう言うんだよ!自分達はこんな子供を引き取って育てています、って社会的尊敬を得たいためだけにな!お前達もそいつらと一緒なんだ!俺はもう騙されない!」
「海。私達はそんなことしないわ。私達は……」
「信じられるか!」
雫の言葉を遮り、海は耳を塞ぎ車の後部席へと飛び込んだ。
そんな海を見て輝は思った。
海は本当は愛情というもに飢えているのだと。
それはそうだろう。まだ七歳。本来ならまだまだ親に甘えたい年頃だ。
彼に罪はないのに、引き取られる先々で幼い心と体をなじられて。
そうやって全てに絶望した海だが、心の奥底では愛情に飢えていると、輝と雫は今の一連の流れから見抜いていた。
(満たしてあげよう。僕達が海の心を)
輝と雫はそう心に誓いながら、院長への挨拶を済ませた。




