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空に想いを…  作者:
First Story ~Yuki~
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「ただいま海!いい子にしてたかい?そんな海にはこれをあげよう!」



 海がリビングのソファーに座りテレビを見せさせられている(海としては勉強をしたかったのだが、雫に誘われ、仕方なく見ていた)と、仕事を終え帰宅した輝が一直線に海の元へ行き、テンション高くそう叫び、手に持っていた紙袋を海へと差し出す。



 いきなり現れた輝のあまりのテンションの高さについていけず固まっている海。


 そんな海の姿を見てどう勘違いしたのか、輝は嬉しそうに叫んだ。



「僕から目を逸らさないなんて……!そんなに僕がいなくて寂しかったんだね!僕は帰ったよ!さあ!僕の胸に飛び込んでおいで、My Son!」



 両腕を広げ、いい笑顔を浮かべる輝。

 海はそんな輝に怯え、表情を歪めながら、無意識に隣に座っている雫の方へと体を寄せる。


 海は否定するだろうが、今日ずっと雫と一緒にいた(比喩ではない。雫はずっと海の側から離れなかった)ことで、彼女に心を、もちろん全てではないが、許した。

 これはそれの表れだった。



 雫はそんな息子の坑道行動に表情を緩める。

 そして考えた。

 夫の喜びと、息子の怯え。どちらを優先するかを。



 ――答えを出すのに、一秒もかからなかった。


 海のが体を抱きしめ、輝に非難の視線を送る。



「輝さん。海が怯えています。少し落ち着いてください」



 雫は『母』を、つまり海の感情の方を優先した。



「怯え……?海が?どうしてだい?」

「輝さんのテンションが異様に高いからです」



 怪訝な表情を浮かべ、全く意を得ない輝に、雫は事実を淡々と伝える。


 だが、それでも輝は理解出来なかった。


 首を傾げながら雫に言う。



「確かに普段よりは高いかもしれないけど、怯えるほどじゃあ……」

「怯えているんです。落ち着いてください」

「……はい」



 有無を言わさない雫の怖い微笑みに、輝はようやくその口を閉じた。



 落ち着いた輝を確認してから、雫は海に優しく笑いかける。



「海。もう大丈夫よ」

「…………ありがと」



 雫の顔を見ないまま言った海の感謝の言葉。


 それを聞き雫は嬉しそうに笑い、海を抱きしめる力を、少し、強くした。



「……なんだか、二人ともとっても仲良くなっていないかい……?」

「――っ!そんなこと……」

「はい。もちろんです。今日一日、ずっと一緒にいましたから」



 輝の言葉に、頬を赤く染め反論をしようとする海。

 しかし、そんな海のことを抱きしめながら言った雫の言葉が、それを遮る。



「一緒にお勉強もしましたし、工藤にご飯も食べに行きましたし。それに、帰りにシュクレでケーキを買って、一緒に食べたりしましたから。あ、輝さんの分もありますから、食べていいですよ」



 嬉々と語る雫。

 あまりにも自分をないがしろにした妻の物言いに、流石の輝も非難の声を――



「ずるい!」



 ――あげることはなかった。



「ずるい!僕も海と仲良くなりたいよ!!」



 急激に縮まった(海はそうは思っていないのだが)妻と息子の距離に嫉妬し、発狂する。



「僕も海と一緒にご飯食べたり、出かけたりしたいよ!決めた!今決めた!休む!明日からしばらく仕事休む!!」



 地団駄を踏みながら、子供のように駄々をこねる輝。


 そんな輝を止めたのは、やはり彼女だった。



「輝さん」



 それは朝と同じ、静かな声だっだ。しかし、やはり威圧感が満載で。



 名を呼ばれただけなのに、輝はもちろん、海まで動けなくなる。


 冷や汗をたらしながら、輝は視線だけを、ゆっくりと雫に向ける。



 そこにいた雫を見て、輝は息をのんだ。



(ひいぃぃぃっ!!ま、魔王モードに入ってるーっ!?)



 基本的に、彼女は温厚だ。

 そして、古来より温厚な人間ほど怒った時は怖いと相場が決まっている。


 雫は、その見本のような存在だった。



 雫が怒り出すレベルは、一般の人が『キレる』レベルからだ。

 そこまでは注意こそすれ、怒ることは決してない。


 それゆえ、雫が怒るととても怖い。



 そんな雫の怒りには、三つのレベルがある。


 一番下の、笑顔で怒る堕天使モード。

 真ん中の、表情がなくなる般若モード。

 そして、一番上、いつもの雫からは考えられない、冷たい目と嘲笑を浮かべる魔王モード。



 輝はなによりも、この魔王モード時の雫を恐れていた。


 魔王は言う。



「今、仕事を休むとか聞こえたんですけど、聞き間違えかしら?」

「も、もちろ間違いですっ!!」



 背筋を伸ばし、指先までしっかり伸ばした直立不動の体勢で輝は答える。



「そう?そうよね」



 にっこりと、しかし瞳も口元も一切笑っていない雫の笑顔に、輝の背中を冷たい汗が伝う。



 雫に抱きしめられている海は、間近から発せられている、今まで感じたことのない『鬼気』が自分に向けられないように(もっとも、雫はそれを海に向けるつもりなど、微塵もなかったのだが)身じろぎ一つしなかった。


 雫は続ける。



「人の命を預かる外科医、しかも院長先生からの信頼も厚い近藤輝ともあろうお方が、そんなこと口にするわけないよねー」

「あ、当たり前じゃあないか……」



 なんとか雫の機嫌を直そうと、ごまかそうと頭を使う輝。



 しかし、時は既に遅かった。



「輝さん。ちょっとこっちに来てくれますか?」

「……はい」



 海を抱きしめながら自分のことを呼ぶ雫に、輝はチェックメイトのコールを聞いた気がした。


 重い足を引きずるように雫の方へと、一歩々々動かす。

 が、その牛歩を雫は許さなかった。



「……速くしろよ?」

「イエスサーッ!」



 普段決して外さない敬語雫が外す時、それはすなわち、魔王が『大』魔王へとレベルアップした時だ。


 雫は抱きしめている海から片手を離し、目の前までとんできた輝の胸倉を思い切りつかむ。



「輝さんの手には多くの人の命が預けられているの。そこを忘れるなよ?」

「し、失礼しました!以後気をつけますっ!!」

「その言葉、忘れるなよ?」

「イ、イエスサーッ!!」



 冷や汗をだらだらと流しながら雫に向かい敬礼をする輝。

 その姿を確認してから、雫は輝から手を離し、笑顔を浮かべる。



「はい。じゃあ輝さん。今お茶入れますから、着替えてきてくださいね」

「は、はい……」



 一瞬で魔王モードを解除し、いつもの微笑みを浮かべキッチンへと向かう雫。

 しかし輝は、いまだに恐怖から抜け出せずにいた。



「……海」



 同じように、恐怖のあまり立ちすくむ海に輝は話しかける。



「聡い君だから見ていてわかったと思うけど、雫のことを怒らせるのはやめた方がいいからね……」

「……うん」



 げっそりとしている輝を見て、海は絶対に雫のことだけは怒らせないようにしようと心に決めたのだった。

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